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#1-25 イースターマーケット//第5話

 桃花ちゃんと桜花ちゃんは必死で頼んできているが、私がライブなんて無理だ。

 ライブをしたことはもちろんないが、まともに歌ったり踊ったりしたこともないのだから。

 直輝とくるみんの2人のライブなら、きっと素敵に違いない。

 でも、今からライブをするのは双子ちゃん達のユニットの“Blossoms”なんじゃないんだろうか。


「2人とも落ち着いて。まずはどうしてわたし達にライブをして欲しいのか説明できる?」


 ひどく焦った様子の双子ちゃんの肩を優しく撫でながらくるみんが問いかける。

 桜花ちゃんはこくりと小さく頷いた。


「私達、おねーさ……華先輩と3人でユニットを組んでるんですけど、華先輩がまだ来てないんです。これ以上待つ訳にもいかないし、かといって私達2人でライブをする訳にはいかないし……。」


 早口気味に話す桜花ちゃんのピンクの瞳に涙が滲む。

 隣にいる桃花ちゃんも同じだ。

 そんな2人の顔を見ると、こっちまで泣いてしまいそうだ。


「「ーーーー大丈夫。」」


 直輝とくるみんはほとんど同時にそう言って、双子ちゃんの頭を撫でた。

 私が鞄から出したハンカチを差し出すと、くるみんも同じようにハンカチを取り出す。


「泣かないで。せっかくのメイクが崩れちゃうでしょ?」


「初めてのライブだもん、緊張するよね。トラブルがあったら、不安になっちゃうよね。おれ達も去年、一緒のユニットの先輩が遅れちゃったことがあって、めっちゃ不安だったよ!」


 くるみんはなるべくメイクが崩れないように涙を拭き取りながら優しく笑う。

 直輝はいつものような明るい笑顔で、でもいつもの何倍も真剣に言う。


「でも、ステージはおれ達だけでできてるんじゃない。助けてくれる人だっている。ただ困るだけじゃなくて、行動できた2人は偉いよ!」


「本当は自分達で何とかするべきなんだろうけど、先輩として、2人の力にならせて!」


 私が2人の鞄を預かると、くるみんは鏡で前髪とメイクを軽くチェックして、直輝は簡単なストレッチをする。

 桃花ちゃんが直輝に、桜花ちゃんがくるみんにそれぞれマイクを渡すと、2人は真っ直ぐにステージを見た。


「じゃあ、1曲だけ歌うから、桃花ちゃんと桜花ちゃんはそれまでに先輩を見つけてきてね。私は裏方さんに曲をお願いしてくる!」


 くるみんはそう言うと、先に1人でステージの方へ走り出す。

 双子ちゃんは「はい!」と返事をすると、あてはあるのかマーケットの方へ。

 私も一緒に探した方がいいかな?

 そう思ってついて行こうとすると、直輝に手を掴まれる。


「待って!折角のステージだから、みなみんに見てほしい!」


 真っ直ぐな目でじっと見つめられ、2つ返事で頷いてしまう。

 直輝は嬉しそうに目を輝かせ「いっぱい応援してね!」と言うと、ステージの方へ駆け出した。


 ステージの前まできた直輝が、跳び箱のように軽々とステージに飛び乗った。

 ほぼ同時に大型スピーカーから曲が流れ出す。


「こんにちはー!!おれは気陽 直輝、今日は“Blossoms”の前座できたんたよ!」


 いつにも増してハイテンションでステージの上から手を振っている直輝。

 全ての言葉に“!”がついていそうだ。

 横の階段からくるみんが小走りでステージに上がってくる。


「こっちはくるみん!2人でいっぱい盛り上げちゃうよ〜!」


「関 繰来です!よろしくね。」


 2人はぺこりと一礼すると、曲に合わせて踊り出す。

 くるみんは1つ1つの振り付けを丁寧に、とびきり可愛く踊っていて、直輝はくるみんと比べると多少の荒っぽさはあるもののダイナミックで迫力があるダンス。

 個性はあるけどちゃんと揃っていて、2人とも自分の魅せ方をよくわかっているのがわかる。


 前奏が終わり、直輝が口を開く。

 明るい声でリズミカルに歌詞を歌いだすが、ダンスのステップは乱れない。

 ポップな曲調と直輝の元気な声がよく合っていて、耳に心地よい。


 直輝とくるみんがパチンとハイタッチすると、今度はくるみんが歌いだす。

 やや小柄な体を大きく動かして踊りながら、可愛らしい声でメロディをなぞっていく。


 ステージの上で歌い踊る2人は、まるで直輝とくるみんとは別人のようだ。

 顔も声も服もさっきまで隣にいた2人と全く同じなのに、何倍も格好良く・可愛く輝いている。

 2人はいつでも格好良く・可愛かったけど、それ以上に輝いて見える。


 そう、まるでーー画面の中のアイドルみたいに。


 さっきまですぐ近くにいたはずなのに、急に遠くなってしまったようだ。

 勿論対等だとは思ってなかった。横並びだなんて思ってなかった。

 でも、ほんの数メートル先、顔がはっきり見える距離にいたはずなのに。

 大きな声で呼びかけなくても振り向いてくれて、2人の声ははっきり聞こえたはずなのに。


 マイクやスピーカーを通さないと聞こえないくらい遠くなってしまった。

 視界がぼやけてステージの上の顔がよく見えない。


 私は自分でも気がつかない内に思い上がっていたのだろうか。

 直輝とくるみんは違う世界に住んでるって、初めから分かっていたじゃないか。

 こんなに素敵で眩しくて最高のステージなのに。

 なのになんで私は純粋に楽しむことができないの?


 2人の傍にいたい。手が届くところに行きたい。

 その一心で、無意識にステージに向かって手を伸ばしていた。

 指の間から見える直輝と目が合った気がする。


『後悔させないよ、こっちにおいで!』


 最後の歌詞を直輝が語りかけるように歌い上げる。

 歌より話し言葉に近いほどはっきりとしていて、直輝が話しかけて来ているみたいだ。

 曲が終わり、直輝とくるみんがビシッとポーズを決める。

 私の気のせいなんかではなく、私の方を真っ直ぐに見ていた。

 輝く陽光が私を照らしている。

 その光は私には勿体無いほど強く眩しくて、私まで輝いていると錯覚しそうになる。


 直輝は私が伸ばした手に自分の手を重ねるように手を伸ばす。

 ほぼピッタリ重なった手をぎゅっと手を繋ぐように握ると、直輝は初めて会った時と同じ太陽のように眩しくて優しい顔で微笑んだ。


 み な み ん


 マイクはOFFになっていて聞こえないけれど、直輝の唇がそう言った気がした。

『後悔させない』『こっちにおいで』

 勘違いだと分かっているのに、この言葉が私に向けられているものだと思えてしまう。


 ーー2人の傍に行きたい。

 ーー手が届くところに行きたい。

 ーーーー私も2人と同じステージに立ちたい。


 かなり欲張りな思考が頭に浮かぶ。

 普段の私なら絶対無理だと諦めるはずなのに、できるとは到底思えないのに、なんでだろう。

 やるだけやってみたい。


 アイドルの笑顔には不思議な力があって、私達を笑顔にしてくれる。

 アイドルの歌には不思議な力があって、私達に元気と勇気をくれる。

 アイドルのダンスには不思議な力があって、私達に最初の一歩を踏み出させてくれる。


 2人のステージには確かにその力があった。

 短い1曲分の時間が私を前向きにしてくれた。


「「ありがとうございました!!」」


 直輝とくるみんが深々と一礼してステージを降りる。

 走ってこちらに戻ってきた2人は、私を見ると驚いたように目を見開いた。


「どうしたのみなみん!泣いてるじゃない。」


「そんなに俺達のライブ、ダメだった?」


 慌てて心配してくれる2人にぶんぶんと首を横に振る。

 目に浮かんでいた涙がポロポロとこぼれ落ちていく。

 自然に溢れていく涙と同じようにすっと自然に言葉が出た。


「ーーーー私、アイドルになりたい。」


 困ったように眉を下げていた2人の目がまんまるになる。

 自分でも驚いているくらいだから当然かもしれない。

 多分今の私は、今までで1番いい笑顔をしていると思う。

 直輝のように眩しい笑顔でもない。くるみんみたいに可愛い笑顔でもないだろう。

 泣いてるのに笑っているなんて変だな、と思いつつもう1つの言いたい言葉を重ねる。


「直輝とくるみんと同じステージに立てるような、アイドルになりたい!」


私がそう言うと、直輝とくるみんは顔を輝かせて私の手を取った。

右手から伝わってくる直輝の、左手から伝わってくる直輝の温かさが、私を『絶対できる』と勇気づけてくれた。

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