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冬の樹海――ロナの想い(*ロナ視点)


「ぐぅ〜かぁ〜すぅ〜……」


 木の下でマンドラゴラのベラは枯葉を布団がわりにして盛大ないびきをかいていた。

しかし枯葉の間からは小さな爪先がちょこんとのぞいている。ここ最近、空気が急激に寒くなってきたので、冷えてしまう。


 ロナはベラの爪先へ枯葉を振りかけて覆った。暖かさが増したことで、ベラは眠りながらも頬を緩ませた。


「はにゃ……ねえ様、クルス、遊ぶのだぁ……」


そんな愛らしい妹分へロナは笑顔を送って、自分の住処へ戻ってゆく。


 道中、ぴゅうぅっと、葉を落とした寂しい木々の間に冷たい風が吹きこんだ。枯葉が舞い上がる中ロナは身震いをした。

フェアが作ってくれたゴッドラムゥの毛のマフラーがなければ、凍えてしまっていただろう。これを頂けたことに、ロナは心底感謝をする。

 そういえば、ここ最近ラフレシアのセシリーと、マタンゴのフェアの姿をみていない。彼女たちも、ベラと同じく、低活動期に入っているのかもしれないと思った。


 季節は冬――植物は休眠期に入り、ロナたち植物系魔物は休眠さえしないものの、活動が急激に低下する季節である。

しかしそれはあくまで、ロナたちの都合でしかない。


「お帰り。でかけてたのか?」


 伸ばした根を伝って、樹海の深奥にある住処へ戻ると、火を囲んだ人間のクルスがロナを迎えた。


「ただいま戻りました。少しベラの様子を見に行ってまして」

「ベラの? そういえば最近姿をみないが元気にしているのか?」

「はい。冬は私たちにとって低活動期ですから、眠っていることが多いんです」

「なるほど。君は良いのか?」


 クルスの言葉にロナは胸を鳴らす。彼の声音に、気遣いが感じられたからだった。


「私は良いんですよ。あなたが側にいるんです。できるだけ一緒にいたいんです」

「そ、そうか……ありがとう」


 彼は頬を赤く染めた。赤い炎に照らされていても、はっきりとわかった。

彼は案外恥ずかしがり屋で、こうして思ったことはすぐに顔に出る。そんな分かりやすさは、きっと心が純真だからなのだろう。

そんな彼こそが、ロナの愛する彼だった。クルスという男性の、人間の良いところで、素晴らしいところであった。


 だからこそ、ここ最近ロナは思うところがあった。


――果たして、今のこの生活が、彼という人間にとって、良い事なのかどうかと。


 秋頃、彼は樹海に迷い込んだという"魔法学院の一年生たち"を暖かく指導し、そして成長させた。

 道中でも旧知の仲らしい"妖精の血を引く魔法使い"や"他種族の戦士"に頼りにされていた。


 特に"妖精の血を引く魔法使い"は、彼を特別視していた。それが今、自分自身が抱いている、彼への気持ちと同種のものだとわかってはいた。


 彼が自分以外の誰かに欲されている。少し悔しさはあるものの、それ以上の喜びがロナの中にはあった。


 初めて出会った日、彼は人に裏切られ、そして絶望していた。その思いをロナは受けとめた。支えたいと思い、今日まで時間を共にしてきた。結果、彼は心を癒し、本来の良さを、彼らしさを取り戻した。その結果が、秋頃のことだとロナは考えていた。


(クルスさんはきっともう、人の世界でもやって行けるはずです……)


 それは彼もわかっているのかもしれない。それでもここを離れないのは、たぶん自分の存在があるからなのだろう。


 彼の愛はしっかりと伝わっている。自分も彼を心の底から愛している。

ずっと側にいて欲しい。自分も側にいたい。


 相反して愛する人にはもっと幸せになってほしい。もっと笑顔になってほしい。可能性は樹海以外にもあるのではないか、とも思う。


 もしかすると、彼の可能性を封じ込めているのは、自分の存在しているからではないか。

樹海から出る事が叶わない自分自身が彼を樹海に縛りつけ、もっと幸せになれる可能性を潰しているのではないか。


「ロナ……?」

「あ、いえ、なんでも……ご飯用意しますね!」


 ロナは努めて笑顔を浮かべて、彼に背を向けた。


 自分が彼を樹海に縛っている自覚はある。しかし彼にはもっと広い世界で幸せになってもらいたい。だけど、離れ難く思う自分がいるのも確か。


 季節は冬――植物にとっては眠りの時期で、人にはないサイクルの中。


 タイミングなのかもしれない。


 近いうちに彼に話してみようと、ロナは思うのだった。


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