12 思わぬ再会
ピクニックでの食事が終わり、アリシアは立ち上がると大きく伸びをした。
「アリシア嬢様! はしたないですよ!」
途端にルティアのお小言が出たがアリシアは気にしない。
「ねぇブルーナ、ボートに乗りましょうよ」
そのアリシアの言葉に反応したのはブルーナではなくエルダだった。
「アリシア様、ブルーナお嬢様はボートに乗ることを禁じられておりますので、ご容赦願います。その代わり水辺の散歩はいかがですか?」
エルダは緩やかに反対しさらりと代案を提案した。だがアリシアはニコッと笑う。
「私が漕ぐのよ。それでも駄目かしら? 自慢では無いけれど、私はボートを漕ぐのが上手なの」
「ですが……」
渋るエルダをアリシアは宥めた。
「大丈夫よエルダ、心配しないで、岸に近い所を漕ぐから……ブルーナは乗った事がないのでしょう? あのボートを水に浮かべた時の揺れる感覚は話しても伝わらないもの……面百聞は一見に如かずよ」
「お願いエルダ。私も乗りたいの」
『船の上で発作が起きたらどうするのですか?』
エルダはその言葉を飲み込んだ。エルダの思いはブルーナの瞳を見た時に消えていく。ブルーナは世にも楽しそうな表情をし、その瞳は輝いていた。懇願する二人の表情を見ているとエルダは小さな溜息をつくしかない。
「分かりました。決して遠くへは行かないで下さいね。岸の側だけですよ」
エルダが許可すると、アリシアとブルーナは子供のように喜んだ。
「勿論よ。遠くへは行かないわ」
二人は駆け出しそうになりながら桟橋の方へと行くのを御者の男が跡を追った。
「お嬢様方、お待ちください。一度ボートは湖に浮かべなければなりません。それから壊れている所がないかの確認をしてからでなければ乗るのはいけませよ」
「あぁ、そう言えばそうね。確認はして下さるの?」
「はい、そういう時のために私はいるんですよ」
彼はそう言うと先に立ちボートの側まで行き、ボートを調べ始めた。湖の周りには可憐な野の花が沢山咲いていて、あたりはいい香りに包まれている。ボートの点検を待つ間にアリシアが野の花を摘んで花冠を作り始めた。いろいろな色を使い、大きさも様々あるものをアリシアは上手に纏めていく。
「まぁ……花冠はそうやって作るのね」
アリシアの手の中で花が輪に形を変えていく様を眺めながら、ブルーナは不思議そうに手元を見ていた。
「こうして輪が完成したら端の部分は入れ込むの。こうやって、中の方に……ほら出来た」
そうしてアリシアは綺麗な輪になった花冠をブルーナの頭に乗せた。ブルーナの頭に乗った花冠は良い香りを放っている。
「うん、我ながら良い出来だわ。とても素敵よブルーナ」
アリシアは満足そうにブルーナを眺めると、もう一つ作り始めた。
「今度は私にやらせて」
「良いわよ、教えてあげる」
二人は花冠をもう一つ作り上げると、今度はブルーナがアリシアの頭に花冠を乗せた。金色の髪に黄色と白と桃色と青の大小様々な花の混じった花冠はよく映えた。
「お揃いだわ」
アリシアは満足そうにまた笑った。そうしている内にボートの点検が終わり、御者が湖にボートを下ろした。エルダとルティアも桟橋へとやって来て心配そうに見る中、アリシアとブルーナはボートに乗り込んだ。アリシアが先に乗りブルーナはその手を借りてボートに乗り込む。ボートは底が揺れ不思議な感覚だった。
「ブルーナ、ここに座るのよ。私は反対側に座るわ」
アリシアは揺れるボートの上を上手に移動すると中に入っていたオールをボートに引っ掛けて水面に出し岸を突いた。するとボートは揺れながら岸から離れる。
「漕ぐわよ」
アリシアの声と共に彼女はオールを動かし始めた。少しずつボートは水面を滑ってゆく。次第にスピードが上がって来て風がブルーナの髪を撫でた。
「……凄いわアリシア、とても気持ちの良い風が来る」
馬車とは違い、ボートは水面を流れる。
「気持ちいいでしょう? 水の上は滑るように進むから……」
アリシアは笑いながらオールを漕いだ。岸ではエルダが心配そうにボートをついて来ていた。
「エルダ! 気持ちいいわよ!」
ブルーナはエルダに向けて大きく手を振った。エルダは振り返すもののやはり心配そうに見ている。ブルーナは辺りを見廻した。静かな湖の上にはいくつかの木の葉が浮いている。ゆらりゆらりと揺れるボートはさらにスピードが上がって来た。
「それ以上奥には行かないで下さい!」
岸から見ていたエルダの声がした。見るとボートは岸から離れて行っている。
「大丈夫よ! 回るだけだから!」
アリシアは桟橋にボートを向けようとしていた。それが湖の浅い所に生えている藻でオールが引っかかり、うまく方向転換出来ないでいたのだ。藻の生えている場所を避けようとすると大きく迂回しなければならない。
「エルダは心配性なんだから……」
ブルーナはフフッと笑った。アリシアも笑いながらオールを動かしていた。湖の奥の方は岸辺とは違い水が深く青い色をしている。
「底が見えないわ……」
湖の底を覗き込みブルーナが呟いた。
「この湖は深いのね。深い所だと光が届かないからこうして底が見えないのよ」
アリシアの答えにブルーナは納得した。光が当たらない程深い湖の底には一体何があるのだろう。
「ブルーナ、余り覗き込むと危ないわよ。落ちてしまうわ」
アリシアがまた笑いながら言った。ブルーナは慌ててボートの淵から顔を上げた。でもそっと水面に手を伸ばすと冷たい水が手に当たった。
「水はまだ冷たい……」
「ここは湧水でしょう? 多分雪解け水だから冷たいのよ」
「そうね……」
アリシアは心配するエルダにこれ以上不安を与えないように戻って行った。ボートはそのまま滑るように桟橋へと着いた。到着するとお仕舞いだと分かるようにアリシアはオールを水面から出しボートの中に入れる。御者がボートの縄を掴み引き寄せると、岸の杭に繋いだ。
「到着。ね、ボートに乗るのって楽しいでしょう?」
「ありがとうアリシア、本当に楽しかったわ。私は今まで経験してなかった事をこうして貴女とやれるのが嬉しいの」
アリシアの笑顔にブルーナも笑顔で応えた。
ブルーナはボートの上からもう一度湖を見渡した。その間、アリシアは慣れたもので横付けにしたボートから軽々と桟橋へ降りたつ。少し揺れたが横付けされたボートは引っかかるようになっていた。ブルーナも次に岸へ降りようとしたが、アリシアとは違い体勢が上手く取れない。ゆらゆらと足場の悪いボートの上で立ち上がったまま動けなかった。
「エルダ、手を貸して……」
エルダが笑顔で手を差し出した。揺れるボートの上でブルーナがエルダの手を取ろうと身を乗り出したその時、ブルーナの体重でボートが大きくグラリと揺れた。そしてエルダの手を掴むその前に、ブルーナの身体は湖に落ちて行った。
「お嬢様!!!」
エルダのブルーナを呼ぶ声が叫びとなって辺りに響いた。ブルーナの花冠が水面に浮いている。エルダとアリシアは背筋が凍るような気がした。
ブルーナは瞬時に冷たい水の中にいた。着ていたドレスが水を含み重さの増したドレスで、もがいてもなかなか水面に上がらない。
——息が出来ない……。
呼吸ができないのはブルーナに恐怖を植え付けた。苦しさが何かを呼び起こそうとしている。
——怖い! 誰か助けて!
その時、何かに触れブルーナはそれにしがみ付いた。するとどんどん引っ張られ、気がつくと水面に顔を出していた。
「ブルーナ! そのまま掴まってて! 離しては駄目よ!」
アリシアの声が聞こえた。ブルーナは必死にそれに掴まった。ブルーナが掴まった物はアリシアが差し出したオールだった。アリシアは素早くボートに飛び乗り、オールを取ると陸に戻り水の中のブルーナに向けて差し出したのだ。
冷たい水が身体から熱を奪ってゆく。もともと肉の付いていないブルーナの身体は冷たい水の中で芯から冷え、動きが鈍くなっていった。それでもブルーナは必死に掴んだオールを離さなかった。
「もう少しよ! 頑張って!」
次の瞬間ブルーナの腕が掴まれ、引き上げられた。すぐに布が被せられ包み込まれる。だがブルーナは直ぐに立ち上がる事が出来なかった。冷えた体が重くて仕方がなく、そして、チリチリとする痛みが胸の奥からやって来た。
「あ……あ……」
薬が欲しいと声を上げようとするが唇がガクガクと震えそれも出来ない。だが異変に気付いたエルダが叫んだ。ブルーナの唇が色を失い紫色に変化している。
「お嬢様! 発作ですか?!」
その場に居た者は皆、一瞬エルダを見た。エルダは弾かれたように駆け出した。荷物の中の何処かに薬の袋を入れた筈だ。ブルーナの薬を入れた袋、エルダの頭の中にはそれしかなかった。エルダは急いで荷物の場所へ戻ると、バスケットを開ける。だがそこに薬を入れた袋が見当たらない。エルダは焦った。
——どこ? お嬢様の薬はどこ?!
「早く! 早く持って行かなくては!!!」
エルダの瞳が涙で曇り、視界を奪って行く。だが袋が見当たらない。
そしてエルダは気付いた。あの時、バスケットに入れるものを用意した時、サイドテーブルに袋を置いた。そして、クッションを沢山持って行こうと思い長椅子に置いてあるクッションを抱えたのだ。
「あぁ!!!」
エルダは焦った。
——置いて来てしまった……お嬢様の大切な薬を置いて来てしまった!
その時、茫然と立ち尽くすエルダの耳に馬の足音が聞こえてきた。見ると騎士らしき三人が三頭の馬に乗り、道を行くのが見えた。
エルダは彼等に向けて叫んだ。
「助けてください! お願いです! お嬢様を助けて!!!」
エルダは彼等に向けて走り出した。先頭を行く騎士がエルダに気付き、馬の歩みを緩める。エルダはそのまま彼等の前に立った。
「お願いです! 助けてください! お嬢様が湖に落ちて!」
エルダの声を聞いた騎士達は湖の辺りに目をやった。そこに数人の人が見えている。
「あそこか?」
「はい!」
二人の騎士が馬に乗ったままそちらへ動いた。
「貴女は私の馬に乗りなさい」
一人残った騎士がエルダの腕を掴み自分の後へ引き上げた。そして彼等の後を追って行く。
アリシアは中々エルダが戻って来ないのに業を煮やしていた。
「あなたは近くまで馬車を持って来て下さい。ルティア、私達はブルーナの身体を摩って温めて、フィア、あなたは温かい飲み物を用意して!」
アリシアは御者に馬車を持ってくるように言い、その指示に従おうと皆がそれぞれに動こうとした時、二人の騎士が到着した。
「湖に落ちたというのは貴女か?」
その声にアリシアは騎士を見上げた。
「あっ! 貴方は、城でお会いした……」
「アリシア嬢、貴女か?! では落ちたのは……」
「ブルーナですわ! お願いです。早く屋敷に連れて帰りたいの! お力をお借りする事は出来ませんか? ごめんなさい、私、貴方のお名前を思い出せなくて……」
「アルヴァンです。良いのですよ、気が動転しているのだから当然だ」
「では直ぐに……」
彼が後ろにいた騎士に合図を送ると、後ろにいた騎士は馬を降りアリシアの傍に来た。
「彼女を抱き上げますが良いですか?」
「あ……えぇ」
騎士はブルーナを軽々と抱き上げると、そのままアルヴァンにブルーナを渡した。そこへエルダを伴ったもう一人の騎士が到着する。アルヴァンはエルダを見ながらアリシアに聞いた。
「ブルーナ嬢の侍女は彼女ですか?」
「そうです。それで、私も一緒に連れて行って下さいますか? ルドヴィーグ伯爵にこの事をお話ししなくてはなりません」
「分かりました」
ブルーナを渡した騎士がアリシアの手を取った。
「私の背後の方が掴まりやすいと思いますが、良いですか?」
「えぇ、構いません。その代わり貴方に掴まらせて頂きますわ。よろしい?」
「構いません」
アリシアが馬に乗った所で、彼等は出発した。
「ルティア! ここは貴方に任せます。私は先に戻るけれど、片付けて安全に戻って来て!」
馬上でアリシアはルティアにそう叫んだ。
「お任せ下さい! お気をつけて!」
ルティアの返事が遠くなる。三頭の馬はそれぞれ騎士以外に女性を乗せ街道を走った。
アルヴァンは自分の腕の中のブルーナを見た。ブルーナの顔は青白く、何より痛みを堪えるような息遣いと表情が痛々しく感じる。先に行く側近の背後に乗るエルダが振り向いてブルーナの様子を窺おうとしていた。
「キリアス! お前は一刻も早く侍女殿を連れてルドヴィーグ伯爵家へ行け!」
アルヴァンは前を行く側近に叫んだ。ブルーナが到着した時、速やかに対処出来るよう侍女は先に行っていた方が良い。
「分かりました! 先に行きます!」
キリアスは直ぐに返事をするとスピードを上げる。エルダは一瞬ブルーナと離れたく無いような素振りをしたが黙って従った。次にアルヴァンは背後の側近に声をかけた。
「コルト! アリシア嬢は大丈夫か?!」
「私は大丈夫ですわ!」
アルヴァンが声を掛けたのはコルトに向けてであったが、返事はアリシア本人からだった。それを少し頼もしく感じながら、アルヴァンは腕の中のブルーナに視線を向ける。
「少しスピードを上げるぞ!」
ブルーナの呼吸が早くなっていた。このままでは不味い。アルヴァンは馬のスピードを上げた。
アルヴァンがルドヴィーグ家に到着した時、既に玄関に数人の従者とルドヴィーグ伯爵が待っていた。アルヴァンはブルーナを抱いたまま、何の説明もなくルドヴィーグ伯爵と対面してしまったのである。
「あ……貴方は……ディ……」
驚いたルドヴィーグ伯爵が彼の名を呼ぼうとした時、アルヴァンは鋭い視線でそれを制し、そしてにこやかに笑った。
「ルドヴィーグ伯爵、私の事を覚えておられますか? 一度リナレス城でお世話になったリングレントの騎士、アルヴァンです」
「あ……あぁ……よく覚えております……」
ルドヴィーグ伯爵は狐につままれたような表情をしていたが、お忍びである事を察し話を合わせた。アルヴァンことディオニシスは更に笑みを深めた。彼は機転の利く者を好んでいる。
「それは嬉しい。今日は偶然ご息女が困ったことになっているのに遭遇しまして、こうして助けた次第ですが……」
「それは……本当にお世話になりました。も、もしよろしければ、どうか我が家で休息なさいませんか?」
「いや、我らは……」
「屋敷が慌ただしいのはお許し願いたい。ですが恩人をこのまま返す訳にはいきません」
ルドヴィーグ伯爵の顔は真剣であった。娘を助けてくれた隣国の王子を何ももてなす事なく返す訳にはいかない。だがディオニシスは笑った。
「たまたま通り掛かっただけなのでね。それに我々は直ぐに立たねばならない。心を病む必要は無い」
アルヴァンはそう言いつつ気付くとアリシアの姿がなかった。
「アリシア嬢はどちらへ行かれたのか?」
「あぁ……多分、娘の部屋でしょう」
「ふむ……彼女と少し話をしたかったのだが……」
「ならば暫く一息つかれては……娘が安定すればアリシア嬢も顔を見せるでしょう」
ディオニシスは後ろの側近二人を見遣った。彼らは小さく頷いている。ディオニシスはルドヴィーグ伯爵に向き直った。
「……では少し世話になろう」
「恐れ入ります。ではこちらへどうぞ……」
ルドヴィーグ伯爵は先に立ち客間へと入って行った。
その後到着した医師によりブルーナの容態は安定の兆しを見せた。
アリシアは中庭のベンチでブルーナが落ち着くのを待っていた。自分がボートに乗ろうと言わなければ、こうなる事はなかったのだ。アリシアは後悔のただ中にいた。
エルダはブルーナに付いたまま部屋を出て来ていない。一体ブルーナの容態はどうなのか……安心出来なければ何も手に付かない。湖畔から戻ったルティアがアリシアにお茶を進めたが、アリシアはそれにも手をつけていなかった。
「アリシア嬢……」
長椅子で気を揉みながら待っていると、近くで男の人の声がした。見るとアルヴァンがベンチの傍に立っていた。
「あら……アルヴァン様、申し訳ありません。気が付きませんでしたわ」
アリシアは笑おうとしたが上手く笑えない。その姿をアルヴァンは好ましく思った。友人の状態を心配し、お茶すら喉を通らない。
「心配ですか?」
「えぇ……ブルーナがボートから落ちたのは私のせいですもの」
アリシアは俯いた。
「……ふむ、私はそうは思わないがな」
「いいえ、貴方はあの状況をご存知ないからですわ。私がボートに乗ろうと誘ったのです」
アリシアをアルヴァンは不思議そうに見ていた。
「貴女は自分を良く見せようとは思わないのか?」
「……それは、どう言う事です? 私は事実を述べているのです。自分を良く見せる事を話しているのではありませんわ」
アリシアも不思議そうにアルヴァンを見た。
「……まぁ、そうだろうな……だがアリシア嬢、例えば野菜を買った者が居たとする。その者は街路樹に綺麗な花が咲いていてそれに気を取られていた。そこへ大層急いだ馬車が通る。その馬車には病人が乗って居たとする」
「はぁ……」
「病人を乗せた馬車は急がねばならんな?」
「えぇ、確かにそうですわね」
「その馬車が野菜を買った者の傍を通った時、街路樹の花を見ていたその者は気付くのが遅れた。それで、それを見ていた者が大声で『危ない』と叫んだのだ」
「はい……」
「野菜を買った者は驚いて野菜を落とし、その野菜は馬車に潰された……さて、誰が悪いのか分かるか?」
アリシアはアルヴァンを見つめた。
「……誰も、誰も悪い訳ではありませんわ。ただ不運だっただけです」
「そう、不運だっただけだ。今回の事もそうであろう。貴女は自分が悪いと言い、侍女も自分が悪いと言う。そして恐らくブルーナ嬢も同じように自分のせいで楽しい時間がなくなったと思うだろう。ならばどうすれば良い? 貴女がやらなくてはならない事は何だ?」
アルヴァンの言葉はアリシアの胸に深く入った。そうしてアリシアはアルヴァンに笑って見せた。今度はちゃんと笑えただろう。
「アルヴァン様……ありがとうございます。でも、貴方の例え話は複雑ですわ。出来れば少し簡単にして頂きたいと思います」
「何を言う。複雑にした分、それぞれの立場がよく分かっただろう?」
「まぁ……そうですね。では私はまず謝る所から始めますわ」
「それが良かろう」
アルヴァンは笑った。
「所でアリシア嬢、一つ貴女に提案があるのだが、聞いていただけるか?」
「はい、何でしょう?」
「一度、リングレントに来てみないか?」
「……リングレントにですか? 何故そのような事を?」
「以前貴女は竜を見たいと言っていただろう? ちょっとコネを使ってな、見せてやりたいと思ったのだ」
アルヴァンは爽やかな笑顔を見せた。アリシアは一瞬喜んだが直ぐに眉間に皺を寄せる。
「何か怪しいですわ。何を企んでおられるのですか?」
「何も企んではおらぬ。ただ純粋に竜を見せたいと思った。それだけだ」
「腑に落ちませんわ……」
「では止めるか?」
直ぐに引かれてアリシアは一瞬口籠った。竜は見てみたい。だがこの目の前の騎士を信用して良いのかわからない。迷った挙句アリシアは口を開いた。
「……父に尋ねて、従者を大勢連れてでも良いのなら考えますわ」
「あぁ、勿論好きにするが良い。では竜を見にくるか?」
「父の許可があれば参ります」
所がアルヴァンは何かを含んだ笑みを見せた。
「では決まりだ。既にパルスト辺境伯からは許可をもらっている」
「何ですって? 父に会ったのですか?」
「まぁね。自分でも手紙を出し確かめたら良い。ルガリアードの王宮からも許可を得ている」
アリシアは目を丸くした。一体この目の前の騎士は何者なのか。王宮が許可を出すとはどう言う事なのか?
「急ぎ父に連絡いたします。でも、もし少しでも怪しい所があれば私は行きません」
「あぁ、構わぬ。一刻も早く手紙を書き確かめれば良い。ついでにルガリアードの王宮にも確かめよ。私は嘘は言わぬ」
アルヴァンはそう言うと立ち上がった。
「私はこれでリングレントに帰るが、次に会えるのを楽しみにしている。ではな……」
アリシアの返事も待たずアルヴァンは立ち去って行った。後に残されたアリシアは眉間に皺を寄せたままアルヴァンの後ろ姿を見送った。
それから五日間ブルーナは寝込んだが、元気になってからアリシアと数日過ごし、アリシアはパルスト辺境伯領に帰って行った。その時の様子が慌てた様子だったのが気になり、ブルーナは何通も手紙を出した。
何故あの時アリシアが慌てていたのかはそれからひと月後に理由を知る事になる。




