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悪魔との契約


 しちゃったよね。たぶん。分かんないけど。


 召喚はしてないけど、きっと契約しちゃったんじゃないかな、悪魔と。知らんけど。



 終わってしまえば笑い話だね。



 自分の命と引き換えに、なんてさ。



 こういうときだけ神様にすがろうとしてさ。


 でも普段神様なんて崇拝してないやつだから、もしかして神様は助けてくれないんじゃないかなんて心配に思っちゃったりしてさ、いっそのこと悪魔でもなんでもいいから助けてくれよってなっちゃうんだよね。


 なんか悪魔の方が、対価を払えばなんとかしてくれそうなイメージがあるんだよね。


 捧げる何かがあるなら、神様より悪魔の方が話が早く済みそうな、そんな感じ。



 あなたの命が助かるなら死んでもいいなんてさ。


 私は死んでも構わないから、なんてさ。



 本当にそんなこと、頭によぎるもんなんだね。




 でもその後すぐに冷静になって、やっぱタンマってなる。



 今すぐ死ぬのはやっぱナシだった。

 やっぱ寿命全部じゃなくて半分くらいでなんとかしてくださいってなる。



 命が惜しいとかじゃなくてさ。



 まだ学費の積立が終わってないぞ、とか。


 生命保険の受け取りで遺族に税金発生するんだよな。そこの対策と準備まだしてないぞ、とか。


 遺族年金のルール変わってから、結局いくらぐらい出るのかの試算をまだしてないぞ、とか。



 すごい打算的なことばかり頭を巡っちゃって、燃え上がってた命を懸けた決意がどこかに行っちゃったんだよね。



 そんで結局、悪魔さんに命全部あげられない代わりに、なんかしばらく運が悪くなってもいいからとか、すんごいきっつい目に遭ってもいいからとか、どんどん条件が甘くなっていったりする。


 あーあ、こういう時に潔く命を張れないヘタレなやつなんだなー、自分って。


 そんなことで少し自己嫌悪になったりした。



 人はパニックになると非現実な思考に陥るものらしい。

 真剣に神だの悪魔だの考えていたことに、今思えば呆れてしまう。



 でも頭の片隅では受容プロセスの『取引』の段階なんだなーなんて冷静に分析している自分がいる。


 まあでもパニックってそういうもんなんだろう。



 結果的に悪魔に私の寿命がどれだけ持って行かれたかは知らないけれど、あなたが無事で本当に良かった。


 笑い話にすることができて本当に良かった。




 神様に感謝して。

 悪魔にも感謝して。

 ご先祖様にも感謝して。

 守ってくれた(と勝手に思っている)歴代のじいちゃんばあちゃんたちに感謝して。


 偶然とか必然とか、運とかそういうのにも感謝して。



 結局、私たちが今生きてることって、たまたまの確率の積み重ねなんだよなってことを痛感する。



 たまたま戦争の起きていない土地で生まれて。


 たまたま自立するまで養育してくれる親の元で生まれて。


 たまたま命に関わるような疾患にならずに済んで。


 たまたま車に轢かれずに済んで。


 たまたま犯罪者に殺されずに済んで。


 たまたま地震や火事の災害に遭わずに済んで。


 たまたま熊と鉢合わせずに済んでいる。




 そんな偶然の重なりで私たちは生きている。

 



 たいしたことなんか何もない毎日かもしれない。

 でも、たいしたことがないなんて感じているその一日の中にも、実は結構それなりに幸運が消費されているのかもしれない。



 そんなことを思った。



 何もない一日だったと感じて一日を終えること。



 それは実はとっても幸せなことなのかもしれない。


 そんなことを思った。


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