第318話 決断
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side アレクト
「やっぱり私はダメダメですぅ……」
思わずそんな言葉が口からこぼれたです。
頭では、エドソンくんの言いたいことはちゃんとわかってるのです。
――ギルドを守るために、私はここに残らないといけないって。
でも、心が納得してくれなかった。
これまでずっと一緒にやってきたのに、急に遠くに行ってしまうような気がして。
淋しくて、胸がチクチクして、涙が出そうになったのです。
あの手紙が届く前に聞こえてしまったエドソンくんとメイさんの会話。
――二人は、この街を離れるって言っていた。その言葉が、頭の奥でぐるぐる回って離れない。
「おやアレクト様。その顔、どうかされましたか?」
声をかけられて顔を上げると、そこにいたのはマザー・ダリアさん。
気づけば、私は孤児院の前に立っていた。
「ご、ごめんなさい。その……」
言いかけたところで、ぐぅぅぅ……とお腹が鳴った。
……うぅ、タイミング悪すぎですぅ。
「ふふっ。お腹が空いているのですね。ではこちらへどうぞ」
「そ、そんなつもりじゃ!」
「まぁまぁ。気になさらず」
結局ダリアさんに連れられて、孤児院の食堂に来てしまったのです。
昼時を過ぎたせいか、子どもたちが片付けをしている最中だった。
小さな子が食器を抱えてよろよろ歩くのを、年上の子が手を取って支えている。
パンの香りとスープの匂いが混ざり合い、部屋の空気を優しく包み込んでいた。
「はい、温かいうちにどうぞ」
ダリアさんが差し出してくれたパンとスープ。
湯気がゆらゆらして、匂いだけでお腹が鳴りそうだった。
「貴重な食事を申し訳ないですぅ……」
「遠慮なさらないで。皆さんのおかげで孤児院の経営も随分と安定しているんですよ。
魔導ギルドから寄付していただいた魔導具も、大変役立っています。
このパンを焼くのも、スープを煮るのも――その魔導具のおかげで随分楽になりました」
そう言って、ダリアさんが穏やかに笑った。
その笑顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなったです。
「とっても……美味しいですぅ」
思わずこぼれた言葉に、ダリアさんが優しく頷く。
「フフッ、いい笑顔になりましたね」
周囲の子どもたちも「ねー!」と笑ってくれた。
小さな手が私にパンの欠片を差し出してくれて、なんだか泣きそうになった。
「……私たちの仕事が、ちゃんと役に立ってるんですね」
「ええ。魔導ギルドの魔導具は、この町で暮らす人々にとってもなくてはならないものです」
その言葉が、静かに胸に沁みた。
――私は、誰かを笑顔にしたくて魔導具を作っていたんだ。
気づけば忘れかけていた。
けど、魔導ギルドは今や町を支える大切な存在になってる。
そのギルドを導くのは、今の私。
エドソンくんやメイさんがいなくても、ちゃんとやっていかないと。
きっと、それが私にできる一番のこと。
……それでも、胸の奥では小さな声が囁く。
本当は一緒に行きたいって。
でもそれを言ったら、きっと二人の足を引っ張ってしまう。
だから、私はこの気持ちを閉じ込める。
笑って見送るって決めたんですぅ。
「――マザー・ダリア! ありがとうですぅ!」
勢いよく立ち上がると、椅子が少し軋んだ。
「私は何もしていませんよ。でも、迷いが晴れたようですね」
「はい。きっともう大丈夫ですぅ」
言いながらも、胸の奥で少しだけ痛みが残った。
でもそれを見せるわけにはいかない。
「……そうですか。それなら良かったです。ただ一点言えることがあるなら――自分の気持ちに素直になることも、時には大事ですよ」
「はい! ありがとうですぅ!」
私は元気いっぱいにお礼を言って、孤児院を後にした。
そのタイミングで、ちょうどメイさんが駆け寄ってきた。
「アレクト――」
「メイさん、ごめんなさい!」
「え?」
驚いた顔をするメイさんに、私は早口で続けた。
「私、間違ってたのですぅ! わがままを押し付けてただけでした。でも、それじゃ駄目なんです。この町の為にも、私がここに残ってギルドを守らないと!」
声が震えていた。
でも、それを抑えて笑顔を作る。――泣き顔なんて、見せたくないから。
「……アレクト様は、それで宜しいので?」
メイさんの瞳が、どこか寂しそうに光った。
でも私はその意味を深く考えず、力強く頷いた。
「はい! 大丈夫ですぅ。エドソンくんにもしっかり謝らないとですね! さぁ、メイさん! ギルドに戻るのですぅ!」
「――アレクト様がそう申されるなら。戻りましょうか」
メイさんが静かに微笑む。
その笑顔の奥に、少しだけ哀しみがあることに、私は気づけなかった。
――私はもう決めたのです。
二人を笑顔で見送るって。
それが、今の私にできる一番の“頑張り”なのですぅ。
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