scene7
――7――
カメラクルー、ディレクター、プロデューサー。監督はいないけれど、台本があり、役者があり、なにより観客が並んでいる。なら、これ以上の舞台はないだろう。
最初は私が一人で、芝生の上で演技をする。そうすると、先ほどのっそり現れた、見るからに怪しい黒い布を被った人物が、私を攫いに来るのだという。さて、準備が終えるまでの間、少しだけ、観客席に耳を傾けてみよう。
「妖精の匣の子だ。お姫様なんかできるのかな?」
「え? トッキーの子でしょ? 余裕じゃないの?」
「ツナギちゃんって本当に子供なんだ。CGじゃなかったんだ」
「凛ちゃんかわいい。え? あれっておそろい?」
「あの黒いのなに? こわい」
反応はまずまずかな。私がお姫様の配役と言うことについては――うん、期待半分疑問視半分といったところだ。ふふふ、燃えてきた。
役柄に名前はなく、職業で呼ぶ感じだ。私は姫、ツナギちゃんは勇者、凛ちゃんは魔法使い、悪役はノッポ王。今回はノッポ王というわけにはいかないから、これだけ適当に変えるらしい。
「それではお待たせしました。“正義の味方”のはじまりはじまりー」
内藤さんは中々声の張りが良く、今回はナレーターに抜擢されたようだ。大きな声で幕が上がる。そうすると、私の心もお姫様に変わっていく。
思い出の中の“ピース”にピースサインを向けよう。彼らに、思いが伝わるように。彼らが、どこかでこの場所での日々を美しく思い出せるように。
「――なんて、おそろしい夜なのでしょう」
思い描け。
ここは城。父王の統治する国の中心。
「七度月が変わる夜、私の下に大いなる悪が現れる。予言の日は今日、今宵。ついに来てしまったわ」
視線を落とし、胸の前で手を組み、祈るように口ずさむ。
「ああ、勇者様、どうか私を守って」
守られるだけのお姫様。
愛されて育った女の子。
そんな自分を演じていく。
「――残念だが、勇者は訪れない。我が配下がとうに食べてしまったよ」
「だれ!?」
「今頃は、山より大きく、海よりも暗い目を持つ竜が、勇者の喉を食い破っていることだろう」
そうしてついに、黒い布が剥がされる。同時に巻き起こるのは、観客のざわめき。劇の最中だから自重しているけれど、あからさまに驚く気配が伝わってくる。
黒いマント、黒いステッキ、黒い仮面。それは間違いなく、ロケバスに置き忘れていたあの仮面だ。なるほど、彼女が――桜架さんが、悪役をやるのか! 無意識に彼女は悪役をやらないだろうと選択肢から排除していたよ。先入観に囚われていた。
「ああ、姫、我が姫よ、ともに来てくれるな?」
「いきません。名も名乗らぬ不届き者め!」
「おお、そうであった。まだ、名乗っていませんでしたな」
マントを翻し歩く姿。目元を覆う仮面に手を置き、ニヒルに笑う表情。低めに発声された台詞は、体の中を駆け巡るように響く。
「我が名はくろやみくろ仮面。悪党ですよ」
彼女はまさしく、くろやみくろ……ん? なんて?
ああ、いや、そうか。そういえば“さくらちゃん”はネーミングセンスが皆無だった。そういや昔、撮影に登場するウサギ(メス)に“しろまるたまろう”とか名付けていたっけ。
ああ、いや、だめだ。思考が脇道に逸れてしまった。演技演技。
「私は悪の手には落ちません。たとえこの身が奪われようと、必ずや勇者様が助けに来てくれることでしょう!」
「はっはははは、それは楽しみだ! 美しいお姫様を私の嫁にしようかと思っていたが、そういうことならば良いだろう。もし月がもう一度昇るまでの間に勇者とやらが君を助けに来なければ、君は我が供物となる! さぁ、ともに参らん!」
「きゃああああっ」
桜架さんに抱きかかえられ、舞台のくくりの外側に連れて行かれる。一応、桜架さんが被っていた布をスタッフさんが持って、私たちの姿を隠してくれるようだ。
さて、その次はいよいよツナギちゃんと凛ちゃんだ。お手並み拝見、と、いかせてもらおうかな。
「――魔法使いよ。この先で間違いないな」
まず、驚いたのは、透き通った声だった。観客に響き渡るのではなく、遠くに居ても耳で拾えてしまうような、よく通った声だ。
「はい、まちがいありません」
「なるほど。あまたの山を越え、竜を破り、太陽のきらめきに導かれて幾星霜。ついに、かの悪逆の居城に辿り着いたか」
「戻りましょう、勇者。あなたの強さは存じております。けれど、剣は……」
「ならん」
ツナギちゃんはそう、剣を振るように手を上げる。そこに収められている剣はない。本来は小道具があるのだろうけれど、即興だから用意できなかった。木の棒かなにかを多少削って代用するのかと思っていたけれど、ツナギちゃんは素手だ。
そう、素手であるのに、剣を振るような動作は、まるで本当に剣を持っているかのように見える。体が剣に当たらないように動かし、重みを感じているかのように体勢を変える。剣を前に出せば重心を後ろに、振り下ろせば、重心を低くする。きっと観客もまた、彼女の手に剣があるかのように感じていることだろう。
「ぼくが退けば、他の誰が彼女を救うのだ」
「それは……」
「ぼくの剣は、確かにあの山よりも大きな竜によって呪われた。だが、ぼくは未だ傷の一つも負ってはいない」
「わかりました。あなたがそこまで言うのなら――この魔法使い、この身をあなたに預けましょう」
「心強い。ありがとう、我が友よ」
凛ちゃんもまた、うまい。オーディションのときとはまた違う。入れ込みすぎず、けれど役柄がしみこんでいる。本当に短い時間で役作りを終え、それを表現する技術。これが演技中でなければ、思わず拍手の一つでもしていたところだろう。
本当に、すごい。みんなみんな、私の知らないところで、いつしかこんなにも上手くなっていた。それなのに、この程度の演技で満足なんてしていられない。かつてのさくらちゃんが私のライバルであったのなら、今日の桜架さんだってわたしのライバルだ。凛ちゃんだって、ツナギちゃんだって、ともに栄え競う仲間たちだ。
台本に書かれた情報は少ない。
それなら、私が埋めれば良い。
共演者に伝える時間がないのなら、演技で伝えれば良い。
甘やかされて育ったお姫様。きっと今まで困難や苦悩はなくて、愛の中で成長してきた。語り継がれる勇者の伝説に恋をして、寝物語に夢を見て、厳しい現実から守られてきた。
ああけれど、ついに聞かされた予言の話。この身は悪の供物となり、我が純潔は引き裂かれる。勇者を信じて、泣きながら暮らすことは簡単だ。けれど、それでいいのか、と、勇者が描かれた本が語りかけてくるようだった。
「時同じくして、悪の城。くろやみくろ仮面と向き合う姫がおりました」
ナレーションの声が響く。
私の目の前には、舌なめずりをする美貌の悪人が、怯える私を見て笑っている。
本当に約束を守るの? 本当に勇者は来るの? 本当に、このままでいいの?
「さぁお姫様、勇者は来ない。泣きわめく姿を見せておくれ」
突きつけられる黒い杖。たくさんの呪いが施された魔剣。近づけられるだけで足が震え、心臓は張り裂けそう。
ああ、でも、私は誓ったのだ。ただ守られるだけの、ただ愛されるだけの、ただ泣きわめくだけのお姫様ではなく、この国の王女として悪と立ち向かうと。
「お断りします」
たとえこの身が朽ち果てようと。
「なに?」
心だけは砕けない。
「たとえ、最期の瞬間であったとしても、我が心は奪えぬと知りなさい」
さぁ、力なきお姫様を始めよう。
ただちょっとばかりこの姫は、丈夫にできているのだけれど、ね。
――/――
晴天の芝生の上、覚えた台詞を脳内で反芻する。ツナギにとって“演じる”という行為は物心ついたときから身につけてきた技術ではあったが、こういった場で演じるのは初めてだった。
モニターの向こうに観客がいるのではない。今は、劇場よりもはるかに近い位置に客席がある。緊張を、また、演技の仮面でごまかした。
(運良く主役の座を得られた。あとは、私が一番目立つだけ)
ツナギには目的がある。成せねばならないことがある。そのために、足掻きながらも得た舞台だ。ここで大失敗でもしたら、目も当てられないことになる。
役者は四人。夜旗凛は脅威だ。そのポテンシャルは計り知れない。空星つぐみは警戒対象だ。同年代ではずば抜けているが、見ている限り、押さえ込めないこともない。問題は、霧谷桜架。目的に幾度となく立ち塞がってきた強敵だ。ツナギは桜架>凛>つぐみの順に、脅威度を並べる。
(幕は上がった。剣はないけれど、演技の実力を見せつけるのなら、ないほうがいい)
手首の動きを見せるように動きを大きく。重心の位置、体幹のバランス、そして視線。まるで、手の先に剣があるかのように見えていることを、観客の視線から把握する。
ツナギは己を凡人だと認識している。故に、一挙手一投足において何一つとして、妥協することはない。
つぐみと桜架のシーンが終われば、ツナギは勇者として姫を助けに舞台に上がる。凛はツナギのサポート役だ。桜架にさえ呑み込まれなければ、ツナギの勝利は見えていた。
だから。
「たとえ、最期の瞬間であったとしても、我が心は奪えぬと知りなさい」
つぐみの発した声が胸に響いたとき、ツナギはただ一人の観衆のように、息を呑んでいた。
守られるだけのお姫様のはずだ。台本と台詞は変わらないが、コピーであってもわかる、ペンの字が滲むほど書かれたのであろう注釈には“弱々しく、無理してるように!”と書かれた台詞だ。だが、どうだろう。今の一言は、そんな、か弱い言葉だったか。
(あ)
見ている。
冷たい石床に膝をつき/(違う、ここは芝生だ)
夜風に震える肩を庇い/(違う、今は昼間だ)
ドレスが汚れることも厭わず/(違う、違う、違う!)
(見誤った)
例えば、膝が痛むような表情であったり。
例えば、肩を撫で寒さに耐える仕草であったり。
例えば、ドレスの汚れを恥じ入る所作であったり。
「……気丈だね。ああ、そうだ。私は君が強く気丈であるからこそ」
霧谷桜架の声が届く。ツナギの胸中に満ちるのは、焦りだ。勇者が主役の物語にしなければならなかったのに、今はもう、姫を中心に物語が動いている。勇者の活躍を見たいのか、勇者に救われる姫が見たいのか、この差は大きい。
「その心をへし折って、真っ赤な血で喉を潤したいと思ったのさ」
姫の顎を手で持ち、首筋を大衆に晒す。箱入りのお嬢様に対する辱めだ。その陵辱を、勇者は許してはいけない。許してはならない。
だからツナギは気持ちを切り替える。己に課した鎖を緩め、リスクを呑んで、実力を引き出すことを決意する。
(どうせ)
どうせ、あとには退けないのだから。
「もう我慢はできない。どうせ勇者は来ないのだ。おまえを先に食ってしまおう」
ツナギは己の奥底に潜り込む。
自分は勇者だ。数多の涙を掬い、人々を救い、悪を倒し、ただ人に語られるようになった勇者だ。勇者は折れず、挫けず、負けない。膝をついてはならぬものだ。
(だって、私は――ぼくは、勇者だから)
そう、自己暗示によって、ツナギは意識を切り替えた。
「待て!」
「ちっ、もう来たのか。やはり竜ごときでは、足止めにならんな」
桜架はそう、ツナギを見下し言い放つ。自らの配下であっても情はないのだろう。どうでもいい、と、言わんばかりの表情だ。
「姫を返して貰うぞ、くろやみくろ仮面!」
「勇者よ。おお、おお、光の勇者よ。神より賜った剣は呪われているようだ。それでどうやって私を打ち破る?」
剣は呪われている。
万全の体勢とは言いがたい。
「正義と、友の力で」
それでも、ツナギはそう言い切る。頼りになる友が居て、救うべき弱き者が居る。そんなとき、悪に負けることなく颯爽と正義を執り行うことが、ツナギにとっての“正義の味方”だった。
(姫は泣いていない。けれど、きっと、その心で涙している)
ツナギは颯爽と乗り込んで、ついに、悪と対峙したのだ。
「はっ、はははははは! 正義と友の力? それがなんになる!」
「なんにでもなるさ。なにせ――」
悪の居城、蹲り、祈り、それでも視線を外さない姫の姿。
「勇者様――あなたを、信じていました」
ああ、この言葉があれば、ツナギは何度だって立ち上がることができるだろう。
信じてもらえるということは、何よりも幸福なことなのだから。
「さぁ、姫が欲しくば私を打ち倒せ!」
「魔法使いよ! ぼくがアレを引きつける。その間に!」
「わかった。だが、無茶はするなよ。守りの魔法よ、勇者に要塞の力を!」
友の力で勇気が滾る。ツナギは大きく踏み出すと、凛を片付けようと杖を振り上げた桜架に立ち向かった。踏み込み、剣を振り上げ、桜架のステッキと打ち合うように演出する。
大きく弾かれれば体勢も後ろに崩し、大きく踏み込めば、桜架もまたその方向に引き下がる。あとでエフェクトでもつければ、完璧に打ち合っているように見えることだろう。
「おまえの相手はぼくだ!」
「小癪な真似をッ!!」
満月。
宵闇。
石城。
芝生の上?
踏み込む度に、石床に代わる感覚。
晴天の空?
月光が城の窓から差し込む。
観客?
いいや、見守るのは、気丈な姫だけだ。
「何故、彼女を助けようとする! 地位か? 名誉か? それとも、あの女が欲しいからか?!」
「いいや、違う」
「ならば、何故!」
答えを。
激しい剣舞の中で、まっすぐに、自分を信じて見守る姫に。
「彼女が、勇者を信じてくれたから。信じるひとを救うのが、ぼくの役目だから――だからぼくは、おまえを打ち倒す!」
人々から語り継がれる勇者ならば、絶対に、負けない。負けてはならない。
「勇者! 姫は助けたぞ!」
「なに?! 貴様、いつの間に!」
「うぉぉぉぉッ!」
ツナギの気迫に押し込まれた桜架の脇を通り抜け、凛がつぐみを救い出す。すると、自然と、観客の声がツナギの耳に飛び込んでいた。
「頑張れ」
「頑張れ、勇者!」
「負けないで!」
「勇者、がんばれ、がんばれ!」
子供の、大人の、男性の、女性の、若者の、老人の。
ツナギたちの演技に魅入られて、劇の一部となって、物語の一節になったかのように心からの声援を上げる。
「人々の心が伝わる。誰かの声が、ぼくに力をくれる。だから、勇者は戦えるんだ!」
「脆弱な人の心が、まさか、こんな!? ぐ、しまった!」
拮抗。だが、脚本のままに、運命のままに、天秤は勇者に傾く。ツナギの振る剣がステッキを弾くと、桜架は大きく仰け反った。ツナギは落ちてくるステッキを、身を翻して手にすると、それを桜架の胸元に突き立てるように演じる。
桜架もまたそれに応えるように、突き立てられたステッキを、まるで抵抗しているかのように掴み、ツナギの動きをサポートした。
(悔しい)
ツナギはその、桜架の演技にそう、胸中で思う。
「ぼくの勝ちだ」
「弱い、人間、てい、ど、に――」
崩れ落ちる桜架。苦悶の表情、自然に倒れたように見せる体捌き。観客の歓声の最中、ツナギはステッキを落とし、凛に支えられて立つ、つぐみを見た。
――見させ、られた。観客も同様だ。見せ場には介入せずツナギを立て、クライマックスでは一歩踏み出した。駆け寄りたいのを我慢して、相手を気遣い、己の足で立つ女。そう、観客も感じ取ったのだろう。歓声に包まれていた舞台が、静まりかえる。
(悔しい)
ツナギはその観客の期待に応えるように、一歩、つぐみに歩み寄った。
「遅くなりました、姫」
「いいえ……いいえ。あなたを待っていました。勇者」
雲間から差し込んだ陽光が、つぐみの顔を照らす。そこで初めて、ツナギは彼女の頬に涙の筋が残っていることに気がついた。
(悔しい)
声を上げなかったのだ。恐怖に震え涙しても、決して、声を上げて泣き叫ばなかったのだ。その矜持に、ツナギは、なんと応えれば良いのか。つぐみの頬に手を伸ばし、けれど、それが彼女の矜持を傷つけてしまうような気がして、躊躇った。
(あ)
躊躇って、気がつく。涙の筋は観客には見えない。今、ツナギが手を伸ばしたことで、泣きそうであった、もしくは泣き痕があったということに、観客は気がつくことだろう。
そこで初めて、周囲の人間は気がつくのだ。気丈な王女が、理不尽に見舞われても弱みを見せることをよしとはせず、誇り高い意思のみでここに立っているのだと。
どう行動するのかわからないツナギの演技を、含めて、完成する演出。
つぐみの演技に誘導されたことを、自分の意思だと、思い込まされていた。
(悔しい、悔しい、悔しい)
つぐみの側に近寄り、彼女の手を取る。一歩近づいて覗き込んだ瞳は、空よりも鮮やかで。
「ぼくと、かの国へ帰りましょう」
「はい――ありがとう、勇者。ほんとうに、っ、ありがとう。ああ、なにか、お礼を」
そこに、雫が満ちたことが、悔しかった。ツナギの力がもっとあれば、この空に雨は降らなかったのだ。そう思うと、胸が張り裂けそうだった。
(悔しい、悔しい、けれど)
ツナギの演技は多くの人を魅せられるものだった。けれど凛の完璧なサポートがなければここまでうまく立ち回れなかったことだろう。桜架の禍々しい悪役の演技がなければここまで際立たなかったことだろう。
そしてなにより、つぐみがああも観客を引き込まなかったら、ここまで、真に迫ることはなかったのではないか。
「いいえ。あなたに、雨は似合わない。ぼくに何か賜れるのだとすれば、どうか笑顔を」
「――はい」
跪き、見上げれば、つぐみが柔らかな笑みを浮かべてくれていた。
(けれど――演技って、楽しい)
ツナギの、生きるための演技に亀裂が入る。
水を得た魚のように、ツナギの胸の中には歓びが満ちあふれていた。肩で息をするほどのめり込んだ演技に、今更になって手が震えてきたことに、ツナギは気がついた。
「これにて、“正義の味方”の演目は終了となります。ご観覧、ありがとうございました」
ディレクターのナレーションで、ツナギはただ促されるままにつぐみに並び立つ。彼女の温かな手に握られていると、心強かった。けれど、ツナギはその感情を無視する。
(だめだ、ぬくもりなんか求めちゃ)
頭を振り、気持ちを追い出し、そうしてやった目の前の光景に、気がつく。
「すごかった!」
「良かった、勇者、間に合った!」
「演目は平凡なのに、役者がすごいとこうなるのか!」
「放映日っていつなんだろう? 録画しなきゃ!」
「うぅっ、姫様、良かったね」
歓声。
歓びの声だ。
ツナギたちの演技に、誰かが、笑顔を咲かせてくれた。
(完敗だ。うん、はは、負けたよ。でも)
一緒に頭を下げる少女。その耳に届くように、ツナギは一つ、言葉を残す。
正真正銘、一番の脅威であり、敵であり、敬意を払う一人の役者として。
「次は負けないよ――つぐみ」
そう、ツナギは、どこか今日の空のような心持ちで、小さな宣言を打ち立てた。




