91.出自よりもコカトリス
ホイコーローらしき料理はあっという間に食べ切ってしまった。
特にディアとマルコシアスは大量に食べていた。マルコシアスも普段は少食なのだが、人並み以上に食べていたと思う。
もしかしたらディアもマルコシアスもピリ辛の油物が好きなのかも。
確かにこの世界では、そうしたピリ辛料理は珍しい。フランス風の料理が主体なので、せいぜいニンニク、たまねぎ、塩コショウしか辛味がないのだ。
「……ところでこの料理はなんという名前なんだ?」
「オジギソウ炒めです。触ると葉っぱが畳まれたように小さくなる植物にちなんで……」
「ああ、具材を鍋から出して戻すことに引っかけたのか」
俺は納得して頷く。
ホイコーローも直訳すると『鍋から出して戻す肉』だからな。
同じような発想というわけだ。
「ご明察の通りです。……エルト様も料理に興味がおありで?」
「ん……まぁな。植物魔法と料理は切っても切れない関係にある。実家に居たときにある程度は本で読んだり、実践もした。エルフ料理じゃないが、辛い料理も食べてたからな。このくらいの辛味は大丈夫だ」
今説明した辛い料理とは中華のことだ。
この辺りは虚実織り交ぜて話すしかないが……それなりに辻褄は合っているだろう。
「なるほど……! あのオジギソウ炒めもアレンジしたので多分大丈夫だとは思っていましたが……」
「もしかして、本来はもっと辛いんじゃないか?」
本来の四川風ホイコーローにはトウガラシも入っている。実は相当辛い料理なのだ。
それに比べると今のステラのオジギソウ炒めはかなりマイルドになっている。恐らく、ステラが調整したのだと思う。
「ええ、ええ! その通りです! 木像になる前、そのまま冒険者に振る舞った時はどうも辛すぎたみたいで」
「そうだろうな……」
「オジギソウ炒めだけは、あんまり辛くないように練習しましたから……はい」
ステラの苦労が身にしみる。
……故郷の味か。思い入れがあるゆえに、それが受け止められないと悲しいものだ。
俺もこの世界で和食を再現するのは諦めてしまったからな……。
ステラの気持ちはある程度、わかるつもりだ。
「ぴよー、おなかいっぱいぴよー」
「我もたくさん食べたぞー……」
「ウゴウゴ、おいしかった!」
「食べ切ってくれたみたいですね……」
感慨深げなステラ。
もちろんステラ自身の料理の腕前もあるが。
どう考えてもプロの料理人クラスだ。
そんな人物が中華料理を作れることは、本当に幸運だった。
ステラからエルフ料理のことを聞き出してみよう。うまくすれば村の名物にもなる。
他人にも共有できれば、ステラも本格エルフ料理をもっと食べられるようになるだろう。
いいこと尽くしだ。
「まさに神に感謝を、だな」
俺の言葉に、ステラは笑顔で頷いたのだった。
◇
一方その頃、レイアは家の書斎で魔法具を起動させようとしていた。
その魔法具は一見、何の変哲もない水晶玉。そこにケーブルが何本も付けられ、魔力源の魔石が大量にセットされている。
同席している忍者の人がごくりと喉を鳴らす。忍者の人は知っている。
その水晶玉はグランドマスターにしか所持も起動も許されない国宝級の魔法具である。
古代遺跡でごく稀にしか見つからず――同じタイプの水晶玉同士で遠隔通信ができるというぶっ壊れた性能ゆえ、仕方ないが。
そして大変、魔力の消耗も激しい。一分で金貨一枚の魔石が必要なのだ。
だが必要とあれば使うしかない。
「……時間通りじゃのう、マスターレイア」
水晶玉に恰幅の良い、白髪の男性が映る。
解像度は高くないがこれが水晶玉の力である。
この白髪の男性は、冒険者ギルド本部のグランドマスター・ゼム。
その影響力は小国の王にも匹敵すると言われている人物だ。
水晶玉越しではあるが、確かに威圧感がある。忍者は自身の心拍数が上がってきているのを自覚していた。
「久し振りです、マスターゼム」
レイアは特に気負うこともなく、気軽に応じる。同格の冒険者ならば、この程度の気遣いで良いとレイアは思っていた。
もちろんコカトリス帽子も被っている。
そして水晶玉の死角では、コカトリスぬいぐるみを両手でもみもみするスタイルだ。
ブレない。
一切、ブレない。
「……その奇妙な帽子には触れないでおく。水晶玉は魔力の消費が激しい。早速本題に入ろう。お主から諸々の書類は受け取ったのじゃが……」
「何か不備がありましたか?」
「不備はない。そこは問題ではないのじゃよ」
そう言われて、レイアは一瞬口を閉じる。
そしてすぐに問題がありそうな箇所に思い当たる。
「……エルト様に何か?」
「まさにその通りじゃ。そちらの王都の上位貴族では、かなりの騒ぎになっておるらしい。これは確かな情報じゃよ」
「話が見えません。要点を言ってください」
もみもみもみ……。
コカトリスぬいぐるみを揉む手が早くなる。
「ふむ……エルト・ナーガシュ様の母君については知っておるか」
「書類上では軽く。エルト様を生んですぐにナーガシュ家からいなくなったとか……。文字通り、名前も残さずに消えていますね。恐らく、他の訳あり貴族令嬢が母親なのでしょうが」
レイアはこの推測にかなりの確信を持っていた。
貴族の生まれだと、片方の親の名前がぽんと消えていることはたまにある。
この時に考えられるのは二つのパターン。
平民との子どもか、あるいは許されぬ貴族間の子どもかのどちらかだ。
だが十五歳で領地を任される以上、母親もそれなりの血筋だろう。もしそうでなければ、このような采配は周囲が認めない。
となると、記録に残せない貴族令嬢がエルトの母親の可能性が非常に高い。
一切名前を残せず、正式な夫人にも出来ない……かなりの訳ありではないかというわけだ。
ライバル関係にある他の五大貴族か、あるいは外交問題にもなりかねない他国の姫か。
いずれにせよ、エルトの出自には謎がある。
「概ね、その通りじゃ。エルト・ナーガシュ様の母君は――」
◇
マスターゼムの話を聞き終えて、レイアはため息をついた。
忍者はこの話に同席して、心底後悔していた。出来れば、記憶を消したいくらいだった。
なぜそんな重大情報を冒険者ギルドが掴んでいるか。それは問うまでもない。
それほどの力と広がりがある――めまいのするほどに。最上級の貴族に食い込めるほどの力があるだけなのだ。
「……それで、私にどうしろと?」
「今回の地下通路の調査。仮に何かが見つかっても上位貴族は手を出すまいの。この出自の件があるからのう。だが、事情を知らぬ他の中位貴族や下位貴族はわからぬのじゃ。しかし一切、引いてはならぬ」
「こちらで全て対処しろと? まぁ、それは構いませんが……」
「無礼な輩には手荒な対応もやむ無し。そう心得るように」
「わかりました。それが本部の方針なら」
「お主は変わっているが、冒険者の矜持がある。それでは――」
「お待ち下さい」
そう言うと、おもむろにレイアはコカトリス帽子の紐を引っ張った。
ぴよー。
和やかな声が響き渡る。
「な、なにをしておるのでござるっ?」
思わず忍者の人が声を上げる。
明らかに場違いなコカトリスの鳴き声。
当然、水晶玉の向こうにいるゼムからも呆れと怒りが混じった声が飛んできた。
「……なんじゃ、ふざけておるのか?」
「いいえ、よくできているでしょう?」
「コカトリスの鳴き声か。それが……いや、まて。本当によく出来ていた」
ゼムは水晶玉の向こうで顎に手を当てて、考えている。
数秒そうしていたかと思うと、実に興味深そうに頷く。
「再現できたのかの? コカトリスの鳴き声を」
「まだパターンは多くありませんが」
「……コカトリスは穏やかだが強い魔物じゃ。鳴き声だけで逃げたり、行動パターンを変化させる魔物はかなりいる。人工的にコカトリスの鳴き声を出せれば……魔物の行動に影響を与えることもできるのう」
「ええっ……?!」
「ご明察、ありがとうございます」
「本部にサンプルを送るように。そちらだけでは検証は難しかろう」
「はい、お話が早くて助かります」
そこでゼムは深くため息をついた。
首を振りながら諦めにも似た声音で、
「ちなみにその鳴き声、オルゴールのように箱から出すのは駄目なのかのう……?」
「駄目です。では、通信終わります」
レイアが水晶玉に触れると、ゼムの姿が消える。
通信が終わって、レイアはコカトリスのぬいぐるみに顔を埋めた。
「……ふむ。思ったより大事だったな」
「拙者、もう胃薬が欲しいでござる」
「これから面白くなるんだぞ。冒険者ギルドの支部作りを手伝い、コカトリスグッズを増やしたり……。ふふふ」
レイアは実に楽しそうだ。
忍者の人は呆れながらも、これがあるから皆レイアを慕うのだと知っていた。
何があろうと、前に進む。
時代が違うステラでさえそうなのだ。
これこそが冒険者のあるべき姿なのだから。
お読みいただき、ありがとうございます。







