85.四役
もちろん即断即決できる話ではない。なにせ俺以外も関係する話だ。
でも俺の中では大分乗り気になっていた。
法的な保護と組織。
それらが俺の今後の課題であるのは明らかだからだ。まとめて解決できるなら、その方がいい。
いずれ、どうにかしなければいけないのだから。
今ならレイアの力を借りて前に進むことができる。
ふむ……必要な四人か。俺を除いた三人からオッケーさえ貰えれば……。
「……話はわかった。提案通り前向きに考えよう。だけども数日、時間をくれ」
「わかりました。これに優先する案件はないので、ザンザスへは戻らず村に滞在いたします」
「悪い……手間をかけるな。だが助かる」
「いえいえ。コカトリスの姉妹と時間を過ごす許可を頂ければ、暇にはなりませんし……」
それは社交辞令か……?
なんとなく半分くらいは本音のような気がする。
「このコカトリス気分を味わえる防寒具も改良していきたいですし……」
「……そ、そうか。やることがあるのはいいことだ」
コカトリス気分もなにも……。
頭の上にコカトリス帽子があって、さらにコカトリス気分を追求するのか?
レイアの中ではまだコカトリス気分が不足しているのだろうか。
これ以上コカトリス気分を増したら、それはもうほとんど着ぐるみじゃないのか?
わからん……。
レイアの微笑む顔の上に、コカトリス帽子のつぶらな瞳がある。
……きらきらと淀みない瞳だ。
まぁ、ディアもコカトリス姉妹も確かにかわいいが。
うん、気にしないことにしよう。
◇
レイアが去っていった後。
残されたのは俺とステラとナールだ。
紅茶を飲みながら、俺は思案していた。
概略は一緒に聞いていたが、この二人にどう言ったものかな。
人選としてはやはり副支部長にステラ、文書管理役にナール。
これでいいように思う。
さっきの反応だと、この二人から断られる可能性は低いと思うのだが……。
いや、ナールはなんだか意外そうな反応だったな。
と、そこでステラがおずおずと手を上げた。
「……私はエルト様が望むならやりたいです。差し出がましいかもしれませんが、この村に根を下ろした証が欲しい……ので」
「それはとてもありがたいが……」
「しっかりとした立場とお仕事として、やりたいんです……。うまく言えないのですけど」
ステラの事情は少し複雑だ。
世界的な英雄であり、有名人。
そしてディアの母親であり、マルコシアスの保護者。
一言でステラの今を語るのは、確かに難しい。ステラ自身も言葉にしづらい面があるのだろう。
でもステラとはここ最近、ひとつ屋根の下で過ごしてきた。普段のクールさの中に、様々な面があると知っている。
たとえば……ディアを大切に思っていることとか、バットで打つこととか。
ステラはよくやってくれていると本当に思うし、それに報いたい。
もし副支部長という肩書きでそれが叶うなら、俺はそうすべきなのだ。
「わかった、ぜひこれからも頼む」
「……! はいっ、頑張ります……!」
嬉しそうに、長い耳を揺らすステラ。
喜んでくれたらしいので、俺もほっとする。
俺は次にナールに向き直った。
彼女は一番最初の住人で、今も物流面や財政面でこの村を支えてくれてる。
村に公的な組織を作るなら、ナールにも参加してもらいたい。
「聞いて貰った通り、俺としてはさっきの冒険者ギルドの話を前に進めたい。……ついてはナールにも文書管理役をお願いしたい」
「んにゃ……あちしでいいのですかにゃ?」
「うん? 他に適任はいないと思うが……」
「冒険者ギルドの支部長は、結構な割合で地元の有力者がなりますにゃ。それはあちしの知る限りでも、その通りですにゃ」
「……ふむ」
「それで四役は普通、支部長の親族か筆頭家臣が務めるものですにゃ……。商売上がったりで北部から流れてきた商人がやるものではないのですにゃ」
なるほど。それは認識の違いがあったな。
考えれてみれば当たり前か……。
地元の有力者が支部長をやるなら、その他の必須役職も支部長の周りが固めるのが当然。
信頼できない人間を置くわけがないからな。
家臣団があればその中から選んだり、家族で有能な人間に任せるのだろう。
でもどちらも俺にはない。
これから俺自身の組織を作らないといけない。
その時、やはり金銭的な事はナールに任せたい。これまで俺の欲しい物は全て揃えてくれたし、余裕ある生活が出来るのもニャフ族のおかげだ。
さて、それをうまく伝えるしかないわけだが――ナールは自身にはふさわしくないと思っているわけだな。
この役目にはナールしかいない、それを言葉にしないといけないのだろう。
「……俺にも事情があってな。あまり実家は頼れない。一からやらないといけないわけだ」
「大変な務めですにゃ……。その若さでとてもご立派ですにゃ」
「だから力を貸して欲しい。この村はこれからも大きくしていく。地下通路が有益なら、この村はさらに何倍にも大きくなれる。でもお金や文書の管理なしには、何事も限界がある。ゼロから始まったこの村、どこまで行けるか一緒に見届けて欲しいんだ」
この言葉は嘘偽りない本音だった。俺はじっとナールを見つめる。
ややあって彼女はおずおずと、
「……んにゃ。本当に魔力もないあちし達でいいのですかにゃ?」
「もちろんだ」
そう言うとナールがぱん、と自分の顔を叩いた。
……気合いを入れたのかな?
「わかりましたにゃ……! 全身全霊を込めてやりますにゃ!」
よし、伝わってくれたようだった。
一安心だが、四役にはあと一人いる。
最後は……アナリアだな。
彼女もまぁ、ポーションを作れるなら断らないと思うのだが……。
◇
それからアナリアを探していると、大樹の塔にいるらしかった。
……ふむ、ということは草だんごか生産の打ち合わせか。
今日は宴会後なので特に仕事はしないようにと言ったが……。
どうしたものかと一瞬思ったが、この許可を貰うのは早い方がいい。
俺は大樹の塔に向かうことにした。
大樹の塔の近く、ドリアードが埋まっているのも慣れっこだな……。
気温が下がっていても元気なものだ。多分、森にいたときからこのライフスタイルなのだろうな。
土風呂も相変わらず盛況みたいだな。
むしろ宴会後にさっぱりするため、人が多いような気さえする。
そう言えば外は寒くなってきたが、気にならないのだろうか?
あるいは意外と土の中は暖かいのか……。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていると、不意に声を掛けられた。
「あ、エルト様も土風呂ですか?」
「ん……? ああ、ここにいたのか。いや、俺は違うが……」
そこには土風呂に入っているアナリアがいた。地面に藁を敷いて、そこに首から上を乗せている。
これなら暖かそうだ。というか重装備で満喫してるな。
「ちょっと昨日は食べ過ぎたり騒ぎ過ぎて……。ちょっと前からはまっているんです。はぁ、リフレッシュです~」
アナリアはほわほわとしていた。
……ちょうどいい。保安責任者の件を言ってみるか。
いや、タイミングはよくはないのかも知れないが。
だが、あまりかしこまって聞くと色々と頭をよぎるのかもな。
さっきのナールで少し学んだ。
あまり深く考え過ぎて辞退されても……だし。
アナリアも最初期からこの村で働いて貰っている。ある意味、それを明確にするだけとも言えるしな。
うん……このまま一気に言ってしまおうか。
「実はレイアから冒険者ギルドの支部を設立しないかと言われてな……」
「そうなんですかっ!? おめでとうございます!」
「それで突然なんだが、保安責任者になってくれないか?」
「ええっ!? それを今、確認されますか!?」
「ポーション作りには配慮しよう。他の三役は俺、ステラとナール。ふむ……こうして聞くのも、この村らしいかと思ってな」
「それはそうかもですが……わかりました。この村はすごーく気に入っていますし……私で役に立つのでしたら!」
「ああ、頼りにしている」
そこへテテトカがじょうろを持って歩いてくる。
「はーい、ぬるいお湯がいるひとー?」
「あっ、お願いします!」
「……えっ?」
「これがいいんですよー……。最近、目覚めまして!」
じゃばじゃば。
ふむ……心の底から村を楽しんでいるようだな……。
ならばよし。
……こうしてヒールベリーの村に、冒険者ギルドを設立することになった。
書類関係はまた整理してレイアが持ってくるらしいが。
ともあれ、俺は新しい第一歩を踏み出したわけだ。
領地情報
地名:ヒールベリーの村
特別施設:冒険者ギルド(仮)、大樹の塔(土風呂付き)
総人口:155
観光レベル:D(土風呂)
漁業レベル:D(レインボーフィッシュ飼育)
牧場レベル:D(コカトリス姉妹)
魔王レベル:F(悪魔を保護)
お読みいただき、ありがとうございます。







