79.最後のピース
……その日の午後。俺はいつもの指揮所にいた。
ひたすら魔法で盾作りをしていたのだが、ついに終わったのだ。
生み出した盾の山。
コカトリス帽子装備のレイアが頷きながら数えている。
「えー……これで盾作りは全て完了になります、エルト様」
「ふう、これで全部か……?」
「はい! ご協力に感謝いたします……!」
途中まで数えてたんだが、集中の邪魔になるのでやめてしまった。
多分、三百から四百くらいは作ったな。
持ち手は順次盾に取り付けるので、その作業はまだあるが――リズミカルにハンマーを打つ音が響く。
他に聞こえるのは、木を削る音。ささっと持ち手を作っているのだ。
とはいえ、それらは熟練の人がやっている。俺の出番はない。
「皆は大丈夫か? フラワーアーチャーを減らす進捗は?」
「どちらも問題はないでござる。敵本陣には近付かず、周囲の撃破を進めているでござるよ」
「敵本陣の動きも想定通りですが……一日ほど決戦は早まりそうですね」
「順調過ぎるほど順調と考えていいんだな」
俺は念を押して確かめる。
まぁ、一週間にそこまでこだわるつもりはない。誰も怪我をせず、確実に倒せる方が重要だし。
「そうですね……。後は敵をまとめながら泉に引き寄せます。それも遅れてはいません」
「……最後はステラが打ち返すと言っているが」
「本当に出来るのでござろうか……?」
首を傾げる忍者の人。
気持ちはわかる。俺もその魔弾は実際に相対したことはないが、ゲームの中ではよく知っているしな。
フラワージェネラルの狙いは正確で、弾は拳よりも小さい。
大体下腹部を狙ってくるとはいえ、打ち落としたりは面倒だ。
正直、レイアの提案してきた計画――盾で防壁を築いて対処する方が合理的である。
だがステラの心はめらめらと燃えていた。打ち返してやるぞという気合いに満ちている。
そして俺もステラの挑戦を後押しした。
【不可視の魔弾】はゲームの中にあっても、打ち返して攻略するものではない。
防御して耐えて勝つものだ。
……だからこそ、俺はステラの思う通りにさせたのかも知れない。
自分の知っている知識を超えるかも――そんな期待を込めて。
「それはわからんが……やれるとしたらステラしかいないだろうな」
「そうですね……。それは間違いないかと」
「とりあえずステラ班の様子を見に行きたいんだが、俺の予定はどうなっている?」
「盾の製作を優先してもらうので、エルト様の今日の出陣はない予定でした。なのでステラ様との合流をされても計画に遅延はありません」
「ふむ……よし、ステラに会いに行くぞ」
「エルト様自ら、行くのでござるか?」
「そういう約束だしな」
不安は不安なのだ。
目隠しをしてカスタネットでエコロケーション……昨夜も出来てはいたが、実戦ではどうなんだろうな。
ステラもあれで結構意固地と言うか、言い出したら引かない性格だし。
今日だけでもどうなのか、見に行かないとな。もし駄目そうなら今回は断念させるしかないだろう。
エコロケーションで見えない弾を打つ方が無謀だったのだ……となるのはおかしくない。
そんなことを思っての言葉だったのだが……指揮所はなんだか盛り上がっていた。
冒険者達が高揚している。
「これだけの盾を作って、なお前線に出るのか……!」
「……ついに領主様が……!?」
「勝ったな……!!」
勝ってないよ。
俺は無茶しないし。
むしろ無茶しそうなのはステラだからな……。
まぁ、彼女に限って下手は打たないだろうが。
そんなことを思いながら指揮所を出たのであった。
◇
俺は忍者の人に案内され、ステラ達がいるところへ向かった。
忍者の人はさすが忍者だな。草や剥き出しの岩のある森をすいすいと走る。
そこそこ早く案内するように頼んだのは俺だが、本当にそこそこ早い。
俺も初級の【強化】魔法で付いていけているが、なんとかだな。
「……かなり急いで移動しているのでござるが、大丈夫でござるか?」
「ああ、これ以上早いと見失いそうだが……」
「やはり貴族は凄いのでござるな。拙者のこの走りに付いてこれるのは、冒険者でもそうは多くないでござるのに」
そんなに早かったのか……。
正直、わからん。
冒険者は村にもいるが、移動速度を観察する機会はほとんどなかったしな。
「それに貴族が前線に出るのを案内するのは初めてでござる。拙者達に任せても事はもう済むと思うのでござるが……」
ふむ、普通の貴族は言ったことを守らないのかな。
恐らくうやむやにしてしまうのだろう。
だが少なくともナーガシュ家だと嘘はご法度だったと思う。
俺も認める数少ない長所だが……。
蛇を自覚しているからこそ、吐いた言葉には責任を持つ。そうでなければ他の貴族から信用されない。
……立派ではあるが、逆に言えば一言だろうと計算ずくで口に出せということだ。
出来る限り責任を持たず、絡めとるような言い方を心掛けろ。
親兄弟や家族であってさえ、軽々しく約束したり言質を与えるな――要はそういうことだ。
あるいは何か勘ぐっているか。まぁ、そういうこともあるだろうな。
しかし俺はちゃんと言い訳を考えている。
「不安にさせたらすまない。やっぱりウッドが心配なんだ。彼は俺が生み出した存在だし――こういう戦いは初めてだからな」
「ザンザスのダンジョンでも活躍したと聞いているでござるが……」
「あれは正味、数時間の戦いだからな。何日も移動しながらじゃない。戦闘力では足りていても、継続的な戦闘はどうだろうな……」
ということにしておこう。
実際のウッドは全然大丈夫だけど。毎日顔を合わせてるしな。
「なるほど……従者思いにござるな」
そこで忍者の人が空をちらっと見る。
樹木の切れ目から狼煙が上がっていた。
「この先にフラワースナイパーが現れたようでござるな……」
「ふむ……もしかしてステラ班に?」
「それもあるでござる。正直、遠目だとフラワースナイパーは分かりづらいでござるからな。回り道をするでござるか……?」
「それには及ばないぞ」
フラワースナイパーなら問題ない。今の植物魔法でも楽勝で倒せるからな。
その程度の自力はある。
回り道をするよりステラ達と合流して倒した方が早いだろう。
「相手はBランクの魔物でござるが……!?」
「魔法の特権というやつだな」
「……その豪胆さ、さすがでござる」
俺はそれだけ答えて、案内するように促した。
忍者の人もそれ以上は言わず、走るのを再開する。
少し進むと森の中に音が響いてくる。
カッキーン……。
……ステラのバットが種を打つ音かな。
まもなくフラワーアーチャーの一隊とステラ達が交戦しているところに出くわした。
アラサー冒険者達も戦っている中にウッドの大きな姿が見える。
ウッドは遠くから石を投げながら戦っていた。
何発か投げるが、命中率は結構なものだな。当たって出来た隙をアラサー冒険者が活かしている。
なかなか上手い。ちゃんと連携できてるな。
「ウゴウゴ、きてくれた!」
「ああ、どんな感じだ……?」
「ウゴウゴ、すてらがすごい! めかくしして、あててる!」
……うん?
「あれでござるな……。うあ、本当に目隠しをしているでござる……!」
それに答えたのはアラサー冒険者。
「……いやー……本当に人間、ああいうことが出来るもんなんだな」
その反応も仕方ない。ああ、本当に目隠しはしたまんまか……。
フラワーアーチャーとの戦いの先頭にステラがいる。
目隠しをしながら、打ち返しているのだが……それもう人間業じゃない。
出来てるからいまさらなんだろうが。
「エルト様……前線に来られたのですか!?」
「……盾作りも終わったからな。というか、ちゃんと打ててるのか……?」
「ええ、ですがあのフラワースナイパーにはちょっと手こずっていて……」
あの奥にいるフラワースナイパーか。
頭一回り分、大きい。
確かに他のフラワーアーチャーの種は打ち返しているが……弾速の違いか、フラワースナイパーはうまく打ち返せないようだな。
明後日の方向に打ち返しているな。ちょっとだけ遅れているというか当たりが悪い。
野球で言うとファールボールだな。
ふむ、魔法で援護することも容易だが……。というかそうしたらすぐに片付くが……。
俺の中の虫がうずいた。
ステラの打ち方はいわゆる普通の打ち方だ。
だが目隠し状態だと反応が遅れて打ち返せないのだろう。
あるいは微妙なタイミングを合わせられないか。
それなら対策というかやり方はある。今やることじゃないかもしれないが……。
だが、ステラに危機感はない。少なくとも打ててはいるのだ。
それだけでも大分凄いんだがな。
「……ステラ、身体をスライドさせながら打てるか?」
「へっ……?」
振り子打法。
……ステラなら物に出来ると思うのだ。
フラワーアーチャー討伐率
冒険者による撃破+4%
ステラ・ウッドによる撃破+8%
46%
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