35.ドリアードのスキル
魔法とスキルは似て異なる。
どちらも世界に干渉する技術だが、スキルは魔力を使わない。
魔法は魔力を消費する。
これがもっとも大きな違いか。
次にスキルは、入手手段が限定されているはずだった。
ほとんどのスキルはNPCからのクエストクリアか、ダンジョンクリアのような条件を満たさないといけない。
そのため、これまで俺はスキル獲得を目指さなかった。時間がかかりすぎるからな。
対して魔法は、魔力が高まれば確実に習得できるし……。
時間効率では比べ物にならないのだ。
「このスキルは確か、農業系の生産をアップさせるスキルだったか……」
【ドリアードの力】はゲームの中だと、NPCからのクエスト報酬としてゲットできたはずだ。
つまり俺がここで何かの行動をしたから入手できるようなものではない。
欲しいスキルではあった。しかし、この世界でどうやって手に入れるのか、わからなかったのだ。
ふむ、しかしまさか手に入るとは……。
嬉しい誤算だ。
入手条件が詳しくわかれば、俺以外にもスキル持ちを増やせるかもしれない。
そうなれば、全体的な生産量がアップするだろう。
問題はこれがパッシブスキルということだ。
常に効果を発揮するタイプのスキルなのだが……。
どうやれば効果を確認できるか。
ドリアードのパッシブスキルというと、ひとつしか思い浮かばない。
そう、ヒールベリーの村でお馴染みの光景。
土に埋まるドリアード達である。
「……とりあえず俺も土に埋まってみるか」
◇
風のように駆ける馬車の中。
ステラは武器防具の点検を行っていた。
ウッドは大きいので、別の馬車にいる。
そうしたステラは一人で暇を持て余していた。
「ふぇぇ……静かです……」
最近は日中、一人で過ごすことはあまりなかった。
ひたすらボールを打ち返す練習をしていたからだ。
「……あれは楽しかったですね……」
思い出して、少し笑みがこぼれる。
ひたすらひとつ何かをやるということは、ステラが好きなことだった。
日曜大工しかり、無心に体を動かすのが性に合っている。
それにボールを綺麗に打ち返せると、気持ちいいのだ。
棒に当たる手応え、そして青空に飛んでいくボール。
この攻略が終わってからも、あのボールを打つのは続けたいなぁ……。
冒険者達も楽しんでやっていた。
ステラは、ぼんやりとそんなことを思うのだった。
◇
それから俺はスキルの効果を確かめたくて、大樹の塔へと出向いた。
どういう効果があるのか、すごく気になる。
幸い、まだ人はいなかった。
まだ日中だしな……あともう少ししないと、冒険者も来ないだろう。
とりあえず俺は土風呂に入ることにした。
そしてその横に苗を植えてもらって、実験である。
果たして効果が出るのかどうか。
本当はドリアードと同じく縦に埋まった方がいいのだろう。
しかし、それは上級者すぎる。
俺は初心者だから……。
いきなりそこまでやるのは、やめておこう。
そうして土風呂に入って一時間。
土の温もりに抱かれながら、俺は横になっている。
なぜだろう……こうやって身動きひとつしないでいるのが気持ちいい。
癖になる人が出てくるのもわかる気がする。
だが、苗はぴくりとも動かない。
何かが起きている気がしない。
「うーむ……効果はない感じだな……」
「パワーは感じないですねー」
そこにちょうど現れたのはテテトカ。
じょうろを持っているので、畑の水やりから帰って来たみたいだな。
しかし、効果なしか。やはりそう見えるか……。
「水もかけてみます?」
「い、いや……そこまでは……」
「ざんねんー」
俺に水をやっても、何も変わらないはずだ。
普通の人間が水を浴びてもドリアード気分を味わえるだけ。
この俺の横にある苗に、変化が起きるとは思えない。
「あとドリアードがやっていることはなんだったか……」
「お昼寝ー?」
「言い方が悪かったな、いつもしていることじゃなくて……。そう、ドリアードしかしないことだ」
「鱗を食べるー?」
「それもそうなんだが……。たぶん、農業に関係あること――」
と、テテトカのポケットから草の包みが見えた。
あの中には草だんごが入っている。
ドリアードの大好きなおやつ。
そして、レインボーフィッシュの唯一の餌。
……草だんご。
まさか。
「やってみる価値はあるか」
◇
土風呂を出た俺は体を綺麗にして、大樹の塔で草だんごを作っていた。
まぁ、教えてもらいながらだが。
「こねこね。これが重要ですー」
「ひたすらこねるんだな……」
「そうですー。草だんごがちゃんとこねこねできて、一人前のドリアードなんですから!」
……知らなかった。
割りと重要な文化じゃないか。
それはそれとして、何種類もの草をひたすら混ぜてこねこねする。
こねこね。
こねこねこね。
見ていると、テテトカは真剣そのもの。
小さな手でこねまくっている。
と、そこで動きが止まるテテトカ。
ひょい、ぱくっ。
あ、食べたっ!?
すごい自然な動作でつまみ食いしたぞ。
「……それはいいのか?」
「草だんごはみんなのものですけど、作った人がお腹すいたら食べていいんです」
「ゆるいな……!」
さすがドリアード。
人間の考えを超えた生き方だ。
しかし、作業としてはこねるだけ。
ひたすらこねる……。
「ん……?」
そこで俺は異変に気が付いた。
じんわりと体の中が熱くなる。
何かのエネルギーが、体を通り抜けていく感覚がする。
それは俺の腕を通って、こねている草だんごへと移っていった。
……そして熱はすぐに消えた。
「いいんだよな、これで……」
「なにがでしょうー?」
「何かが通り抜けた感覚がしたんだ。体の中から腕をつたってな。草だんごに移った」
「ほえー。もうコツを掴んだのです?」
「うん? コツだって?」
「そうですー。一人前のドリアードが草だんごを作ると、そうなるのです。それが終わったら、草だんごは完成ですー!」
「……なるほどな。やはりドリアードは無意識に使っていたのか」
「でもすごいですよー。エルト様は草だんごマスターになれます」
「それも悪くないな」
そうして俺はいくつかの草だんごを作った。
ある程度こねると、また力が移る感覚がある。
たぶん、これがスキル発動の瞬間なんだろうな。
今のところは草だんごにしか効果はないみたいだが……。
でも、俺にとっては大いに意味があることだ。
なにせ草だんごはレインボーフィッシュを育てるのに必須だからな。
実に喜ばしいスキル効果だ。
それにしても、どういう条件でスキルは獲得できたのだろう?
やはり鱗か。
みんなで鱗をぽりぽり食べるしかないんだろうな。
しかし、条件は難しくはない。
スキル所持者は増やせるだろう。
草だんごがあればレインボーフィッシュの飼育も格段に進むだろう。
俺はそう、確信したのだった。
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