276.進みゆく先に
ナナの言葉に、ステラはずいっと身を乗り出した。
「今、なんと? こーしえん、と言われましたか?」
「言ったよ」
野菜ジュースをティスティングしながら、ナナが続ける。
「兄さんがもしかしたら――と言っていたんだよね。知ってるかどうか、まずはそれを知りたかったらしいけど……その様子だと知っているみたいだね」
「ええ、あぁ……失礼」
すっと座り直すステラ。
「ナナになら大丈夫でしょう。こーしえんは、正式には甲子園と言います。どうやら訛ったようですね」
「甲子園……古語みたいな響きだ」
「私からしても、そうですね。古い言葉のように思えます」
「それで、どういう意味なの? 兄さんは『運命の座標』とか大仰なことを言っていたけど」
「む、なるほど……。『運命の座標』とは素晴らしい言い回しですね」
うんうんと頷くステラ。
「甲子園、コー・ティ・エン、こーしえん……それはどうやら、バットを振り続けた先にある、偉大な未知なる領域のことなのです!」
「…………」
「どうしたんですか。眉を寄せて渋い顔して。真面目な話ですよ」
「ちょっと野菜ジュースの渋みでね……」
「そうですか。まぁ、つまりは野ボールを極めることによって到達できる素晴らしいナニカなわけで……」
「…………」
「どうしました? また渋い顔をして」
「いや、なんでもない。うん……。なるほど、そっち方面の話か……」
ナナも野ボールを楽しんではいる。けれどその彼女からしてもステラの野ボールへの入れ込みようは大変なものであった。
「でもわかった。ありがとう。兄さんにも伝えておくよ」
「そうしてください。エルト様も喜ぶでしょうから」
「ん……? そのこーしえんもエルト様の知識なの?」
「ええ、そうです! むしろ野ボールについてはだいたい、エルト様の知識が出どころ。まさに博識の賜物です!」
えっへん、とステラは胸を張る。
実際、ステラの目から見てもエルトは大変よく物を知っていた。十五歳とはとても思えないのである。
「そっか、なるほどね……。ううん、最近芸術祭の準備で体なまってるしなぁ。ちょっと本腰入れて、野ボールをやろうかな」
「大歓迎ですよ……!」
ステラはにこーと微笑む。
「特製ユニフォームも作っちゃいます!」
「いや……。僕は日中、着ぐるみでプレーするんだけど?」
野ボールは太陽が出ている間に行う。
それゆえヴァンパイアは着ぐるみ着用が原則になるのだ。
だが、ステラはにこーと微笑んだままだった。
その答えは想定内だったらしい。
「もちろん、着ぐるみ用のユニフォームです!」
◇
ヒールベリーの村、第二の地下広場。
お昼ご飯を食べて一休みした俺達は、さらに地下通路を進むことにした。
ちなみにブラウンは村への途中だったので、連絡を任せて村へと帰ってもらったが。
「お気を付けて、ですにゃーん!」
「ああ、村への連絡は頼む」
「はいですにゃん!」
こうして再び冒険者と進むことになる。
パズルマッシュルームの索敵範囲は広くない。
なので障害物の向こうにいきなり大群がいる可能性は低いはずだった。
「……音はしないでござるな。障害物の向こうには何もいなさそうでござる」
「ウゴ、それなら行ける?」
「そうですねぃ、あいつらは一旦興味をなくすと、さまよい歩くだけになりますからね。もう大丈夫ですぜ」
やはりこちらでもそのようだな。
障害物をゆっくり片付けて……警戒しながら進んでいく。
雰囲気は前と変わりないな。
スタート地点の森から変化なしだ。魔力が濃いのと――壁に生えている小さなパズルマッシュルームを別にすれば。
「ぴよぴよ、ぴよ」(あっ、また壁にキノコ。食べちゃえ)
ひょい、ぱく。
コカトリスがパズルマッシュルームを見つけるたびに、壁からひょいぱくしていく。
「ぴよぴー」(この辺いっぱいあるね)
「ぴよぴよ……ぴよ」(もにゅもにゅ……そうだね)
「……明らかにパズルマッシュルームが増えてるな」
俺の言葉にアラサー冒険者が頷く。
「ええ、ざっと数倍というところですぜ。この雰囲気、第三層に似てきやしたね」
「ウゴ、向こうもこうなの? 壁にパズルマッシュルームが生えてる?」
「目をこらさないといけないでござるが、そうでござるな。隅や割れ目によく生えているでござる」
ふむ……この小さなシメジがやがてあの大きなパズルマッシュルームになるわけだな。
「第三層に比べてこの小さな奴は多いのか? まだ少ないのか?」
俺はコカトリスがつまんだパズルマッシュルームを指差した。
「ぴよ?」(食べる?)
コカトリスがすっ……とパズルマッシュルームを差し出してくるが、丁重にお返しする。
「まだ断然少ないですぜ。うん……第三層には小さな泉もあったりして、そこにはたくさん生えているんですが、ここにはそれがないんでね」
「水分も重要かもしれない、と」
キノコだしな……。
そのままコカトリスのぺかーに照らされながら、俺達は地下通路を歩く。
小一時間くらいだろうか。
まっすぐ南下し続けても、パズルマッシュルームには出くわさない。
壁に小さなシメジはあるんだが……。
「意外と成体は少ないのか……?」
「かもしれませんぜ。地下広場には川がありやしたが、ここはないですからねい」
「通路にいないとなると、幸運でござるな」
そんなことを話していると、再び魔力が濃くなる気配がした。
……ふむ。
「ウゴ、また……?」
「ああ、そうだな。距離的にもいいところじゃないのか?」
俺の言葉にハットリが察したように頷く。
「ちょうど村の地下広場から第二の地下広場までの距離、それと同じくらい進んだでござるよ」
イスカミナも声を上げた。
「もぐ、ということはやはり……もぐね」
そう、どうやら地下広場は等間隔で造られているらしい。
そして第三の地下広場へ近付きつつあったのだ。
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