270.クリムゾンスープ
大聖堂にて。
正式には今日から設営が始まり、事前の交流会やパーティーも本格化する。
というわけで、昼食会もかなりの人がいた。
ステラとしては今回もビュッフェ形式で自由に食べられるので、気は楽だが。
日中なのでヴァンパイアは着ぐるみ装備である。
「ぴよ。今日もいっぱい、きたのぴよがいるぴよね」
「会場もなんだかキラキラ度が上がってるんだぞ」
ディアを抱えたオードリーが説明する。
「今日から人がどっと増えるんだって」
マルコシアスを抱えたクラリッサも補足した。
「出展されない人も来られるとか……。ばいやー? と言うんでしたっけ」
「合ってるんだぞ」
ぐっとサムズアップするマルコシアス。オードリーもディアを撫で続けている。
ステラは良い友達関係が出来ていると感じる。
「んー? レイアがきたんだぞ」
すんすんと鼻をきかせたマルコシアスが言う。
「ははぁ……あちらから来ますね」
ステラの超視力が会場入りするレイアを捉えた。
薄い黄色のドレスに、白色の意匠。普段の冒険者用の服とは全く違う。
「ぴよー……きれーぴよ!」
「う、うん……そうだね」
オードリーがどもったのは、そんなレイアの頭の上にやはりコカトリス帽子があったからだ。
全身黄色に近いレイアは、遠くからだとより一層コカトリスのように見えた。
「……合法コカトリスドレスなんだぞ」
「そ、そうですね……」
クラリッサも何とコメントしたらいいか迷っているようだ。
レイアもこちらに気が付いたのか、ツカツカと歩いてくる。
……ヴァンパイアの人達は特に反応しない。
自分達が着ぐるみを着ているとき、帽子で咎める人がいるだろうか?
ヴァンパイアは服装には寛容なのである。
「こんにちは、やっとご挨拶が……!」
「いえいえ、お気になさらず」
「ぴよ! ぜんしん、きいろでいいぴよね!」
「ありがとうございます。このために新調しましたので!」
そんな感じで、軽く歓談をするステラ達。
と、そこで会場の入口から、イグナートが料理とともに現れた。
移動式テーブルの上には銀のスープボウルが並んでいる。その中では真っ赤なスープが揺れていた。
イグナートが大声で会場に呼びかける。
「お集まりの諸君、我が家のクリムゾンスープだ。ぜひご賞味頂きたい!」
短い言葉だが、それだけで十分であった。
わっとヴァンパイア達がクリムゾンスープへと殺到する。
「ぴよ……。すごいいきおいぴよね」
「クリムゾンスープ……ヴァンパイアの伝統料理でしたっけ」
ステラが読んだ資料にはそう書いてあった。
トマトと海老やホタテ、海産物を煮込んだスープのはずである。
「そう、僕達の伝統料理でも一際特別なものだよ」
すっと現れたのは着ぐるみ姿のナナであった。
その後ろには数人のウェイターぴよがいる。彼らはそれぞれ、クリムゾンスープを持っていた。
「クリムゾンスープを持ってきたよ。君達はある意味、お客様以上だからね」
「ありがとぴよ!」
「ありがとうございます……!」
スープが行き渡ったところでナナが解説する。
スプーンで飲むのが作法なので、それも付属していた。
ディアとマルコシアスもテーブルの上に移動している。
「クリムゾンスープは開拓団を連れた時の王が、しなびたトマトしかない嘆きのなかで作ったんだ……。僕達にとっては、苦労の時代を振り返る料理なんだよ」
「なるほど……。それでとことん煮込んだんですか?」
「うん。半日以上の時間をかけるのが決まりだからね。あとは香辛料もたくさん入れるね」
スープはその名前の通り真っ赤であり、かなりの香辛料の匂いがする。
とはいえ香辛料はエルフもたくさん使うので問題ではない。
「具材は海老とホタテがメインかな。あとはそれぞれの貴族家でアレンジされてたりするけど」
ナナの言う通り、切られた海老とホタテが具として浮かんでいた。
「おいしそうなんだぞ……!」
くんくんとマルコシアスが匂いをかぐ。海産物と香辛料、そしてトマトのハーモニーだ。
「ええ、頂きましょうか……!」
「いただきますぴよー!」
スプーンでひとすくいをし、ゆっくり口をつける。
酸味とほんのり辛味、それに濃厚な海老とホタテの味が舌を突き抜ける。
「おいしいですね!」
「いけるぴよ!」
お野菜が苦手だったオードリーも、ふんふんと頷く。
「トマトスープなんだけど、違うね……!」
「うん、魚介類のスープみたいな……!」
「おいしいんだぞ! ん!?」
勢い良く飲んでいたマルコシアスが、真っ先に気が付く。
「……もにゅもにゅもにゅ」
もごもごと口を動かすマルコシアス。
少しの間、そのまま噛んでいる。
「どうかしたのぴよ?」
「もにゅもにゅ……ごくん。なんだか噛めないのがあったんだぞ」
レイアも同じ具材に行き当たったらしい。
「もにゅ……もにゅ……」
そしてごくんと飲み込むと、眉を寄せる。
「これは、もしかして……」
レイアの言葉にナナが頷く。
「ああ、気が付いた? そう言えばザンザスでも、アレが食べられるんだっけ」
ステラももにゅもにゅとその具材を噛み、すぐに把握した。
「……パズルマッシュルームですね、これは」
「そうそう、当たりだよ」
ナナも嬉しそうにスプーンでスープを飲む。
着ぐるみマスターのナナは、この状態でもスープを飲むのに支障はない。
「ウチのご先祖がある時、パズルマッシュルームを退治したんだけど……これって食べづらいでしょ? なんとか食べられるように、クリムゾンスープに入れ始めたんだ」
「なるぴよ」
言いながら、ディアもパズルマッシュルームに当たったらしい。
もにゅもにゅ……。
「ちなみにけっこう、パズルマッシュルームを入れている家は多いからね……。苦労の時代の料理だから」
「そうですね……。伝統というものですね。もにゅもにゅ……」
もにゅもにゅ……もにゅもにゅ……。
「ごっくんぴよ。ふしぎぴよね、これ!」
「気に入ったかい?」
「あじがしみこんでるぴよよ! それにこの、もにゅっとしたしょっかんがいいぴよね!」
ディアにとって、噛みづらい食べ物は初めての経験であった。ガムみたいな感じなのである。
なんだか癖になる食感をしているのだ。
それはマルコシアスも同じであった。
「新鮮なんだぞ……。味が染み込んで、いい感じなんだぞ」
ディアがスープを次々と飲んでもにゅもにゅしながら、羽をぱたぱたとさせる。
「このスープ、おうちでものめるといいぴよね……!」
「そうですね、村に戻ったら取って来ましょうか?」
ステラがディアに尋ねる。彼女にとっては苦労のうちに入らない。
「ほんとぴよー!?」
……ディアはまだ知らない。
まさにエルト達が、パズルマッシュルームと戦っていることを……。
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