241.村の日常
翌日――冒険者ギルド。
ちょうど昼時、ナールはご機嫌に自分の席でお昼ご飯を食べていた。
「にゃんにゃーん」
下の食堂で買ってきた、辛味炒めである。
夏の野菜であるナスとピーマンをふんだんに使った、贅沢な一品だ。
これに薄めのハーブ茶を合わせるのが、最近のナールのお気に入りだった。
辛味の刺激的な香りと爽やかなハーブ茶が、なんとも言えず良いのである。
そこにギルドの外へお使いに行っていたブラウンもお昼ご飯を持って席に戻ってきた。
同じ辛味炒め、しかし紅茶とのセットである。
座りながら、ブラウンがほにほに食べているナールに声を掛ける。
「いよいよ芸術祭が始まりますにゃーん。荷物の用意は大丈夫ですにゃん」
「ご苦労さまにゃ」
「ナナの家にいっぱい運びましたにゃん」
「……大変にゃけど、これも運命にゃ……」
ナールはちょっと遠い目をした。
きっとナナはあの資材に囲まれて眠ることになるんだろう。
収納魔法というのは便利だけど、厳しい条件もあるのだなぁ……とナールは感じていた。
バットを抱えて眠るのである。何か悪いわけではないが、扉が開きそうな気がするのだ。
何の扉かはわからないが。
「今週の休み、また湖に行きますけどナールはどうしますにゃーん?」
「にゃ。私も行くにゃー」
「わかったですにゃーん」
最近は職員も慣れて、仕事もうまく回っている。
その分、余暇にも力を入れているのだ。
こんな風な余裕のある生活を送れるのも、エルトのおかげである。
北部から決死の思いで南下してきたときには、これほどすぐ楽になるとは思いもよらなかった。
奇跡のような出会いで、今こうして暮らしていけるのだ。
「ぴよっぴー!」
「ぴよぴよ!」
窓から見ると、冒険者ギルドのすぐ横をコカトリス達がどたどたとダッシュで走っている。
特に深い意味はない。運動で走っているだけなのだ。コカトリスはブレーキもうまいので、衝突事故は皆無である。
これもまた、この村の日常だ。
この村の根幹は大樹と農業とぴよなのだから。
「そろそろ春にゃー」
ハーブ茶をすすりながら、ナールが感慨深げに呟く。
芸術祭が終われば、また村の名前は一段と響き渡るだろう。
この村に来る商人も増えてきており、ザンザスのついでだけはなくなりつつある。
それだけ急速に発展してきているのだ。
とてもいい傾向である、とナールは思った。
お昼ご飯を片付け、ぐぃーとひと伸びする。
「さて、午後はもうひと頑張りにゃー!」
◇
同時刻――大樹の塔近くの土風呂。
そこでは夜の採集から戻ったアラサー冒険者が疲れを癒やすために土風呂に入っていた。
「へぇ、良かったじゃないですかい。ララトマちゃんとウッド様が良い感じになって……」
「そうそうー。良い感じになったんだよー」
近くでドリアードが入った植木鉢に水やりをしているのはテテトカである。
じょばじょば……。
まだ二月だが、容赦のない水やりである。
「たはー」
「きもちいー」
しかしドリアードにとってはまさに天国。
エブリデイ水やり歓迎なのである。
「……かける?」
じょうろを持ったテテトカが、すちゃっと構えながらアラサー冒険者に問いかける。
「ばっちこいですよー!」
「わーい!」
じょばじょば……。
冬場といえど水やりを受ける人は、ドリアードを除けば数人しかいない。
それほどの選ばれし者しか選ばないコースなのである。
「わぁーお……やってますねぇ」
そこにやって来たのはアナリアである。
荷物の搬送でお昼が遅くなったので、ついでにちょっと土風呂を満喫しようかと思ったのだ。
お昼時間中は自由なので、この程度は完全にセーフである。
「新人冒険者に夜中の採集を教えて、この時間さ……。ザンザスのダンジョンじゃ練習にならないからなぁ」
「あそこは環境が固定されてますからねぇ」
ザンザスのダンジョンにも夜はあるが、普通の森とは違いすぎる。
なので実地練習としては、この村の近くの森の方が都合がいいのだ。
「それで芸術祭に出すのはだいたい作り終わったのかい?」
「ええ、なんとか……テテトカのおかげで!」
むぎゅーとアナリアがテテトカに抱きつく。
「いやいやー。さすが食べマスターですよー。立派なものができましたー」
「ありがとう……!」
「じゃあ、ついにアナリアも次のステップだねー」
「次……?」
アナリアが首を傾げると、テテトカがすっとじょうろを差し出す。
「えっ……まさか……!」
アナリアはドキっとする。
このじょうろはテテトカのマイじょうろ。他の人が触ったところを見たことがない。
それに土風呂に水やりをするのは……アナリアが知っている限り、テテトカとたまにララトマだけである。
ドリアード同士が水やりをすることはあるが、ドリアード以外の人間に水やりをするのは、テテトカやララトマの仕事なのだ。
なので、アナリアにはその重みがわかった。
まさにドリアードの重責と言っていい。
「そう、その水やりだよー」
にこーとテテトカが微笑む。
とても大切な仕事であると、その笑顔が言っていた。
「そ、そんな……私が?」
「そだよー。今のアナリアなら、その資格があると思うんだ」
「で、でも……! 私なんかが……」
「いいのいいのー。ほら、じょばーとやってみて。水はまだ入っているし」
「……ちょっといいですかい? なんか怖いんすけど」
「ほら、ここに土風呂に入った人が……水やりを待ってるよー」
「本当に……!? いいんですか!?」
「ちょっとちょっとー!?」
アラサー冒険者が抗議する。
テテトカに水をかけられるのは構わない。
実を言うと、テテトカは鼻や口にうまくかからないよう細心の注意を払っている。
なので水だけを浴びてリフレッシュできるのだが……。
多分、アナリアにそんな芸当は無理である。
冒険者の本能がささやいていた。
「駄目ですか、私じゃ」
「怖いんすけど! テテトカみたいに上からどばーっじゃなくて……横から少しずつ……」
「じーっ……」
テテトカがじーっとアラサー冒険者を見つめる。
……不服らしい。
その瞳には千年生きたドリアードの深い闇が……。
「うっ、そんな目で見られてもですぜ……」
「じーっ」
「アナリアまで……! わかりましたよ、どうぞどうぞ!」
「やったー! では、いきますよー!」
じょばじょばじょばー!!
アナリアが勢い良くアラサー冒険者に水やりをする。
むしろ勢い良すぎである。
……案の定。
アラサー冒険者はちょっとだけむせた。
「ぶふっ!? ちょっとちょっとーー!」
「ああ、ごめんなさい!」
「いや、いいんすけど! もうちょい練習が……」
「必要だねー」
うんうんと頷くテテトカ。
ひと呼吸おいて、三人が笑い合う。
これもまたこの村の日常なのだった。
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