201.旧き友、ルイーゼ
ルイーゼの叫びにホールドは呆れながら、
「来て早々、なんだそれは……。従者も連れずに」
「だって一人で飛んできた方が早いからな!」
えへん、とルイーゼが胸を張る。
服装と魔法以外はまるで貴族らしさがない。
「まぁいい。ここにいられては迷惑だ。中で話を聞こう」
「ありがとう! ついでにお腹空いたから、食事もくれ! お、ところで横にいるのはオードリーか!?」
びくっ。
獰猛そうなルイーゼの目がオードリーに向けられる。
しかし怯んではいけない。
オードリーはきゅっと唇を引き結ぶ。
腕に巻かれたディアの金色の毛が風に揺れる。勇気だ、勇気を持て。
「お久しぶりでございます、ルイーゼ様」
「おうおう、大きくなったなぁ! ははっ、目元がホールドによく似てる」
快活にルイーゼは笑うと、オードリーに近付く。
ふよふよと空に浮かびながら。
ホールドはすっとルイーゼとオードリーに割って入るようにして、
「……話にはオードリーも同席させる。構わないな?」
「んむ? 別にいーぞ」
それでルイーゼの興味は移ったようだ。屋敷の応接間に三人で移動する。
その間もルイーゼは魔法を解くことなく、浮いたまま喋り続けていた。
会話しながら魔法を維持するのはかなり難しい。
内心、オードリーは舌を巻いていた。
魔法の使い手として、やはり大貴族の血を引いているだけはある。
身近でこんな真似ができる貴族は誰もいない。
ルイーゼがやっと宙に浮くのをやめたのは、応接間に着いてからだった。
どかっとルイーゼが我が物顔でソファーに腰掛ける。
不遜――しかしホールドは眉を少し釣り上げるだけで何も言わない。芸術サロンを率いているだけあって、その辺の度量はあった。
「それで金を貸してくれ、とはどういう訳だ?」
「またリヴァイアサンが出てなー、航路を封鎖した」
あっけらかんとルイーゼが言い放った。
リヴァイアサン……。オードリーは魔物図鑑の記載を思い出す。
Sランクの魔物で気性が荒く、しばしば大きな被害を出すと書いてあった。
「あの魚めー……。ま、人的被害はなかったけどな。海コカトリスが追い払ってくれたが、金銭的には大損害だ」
「なるほどな。それで金がないのか?」
「そう、だから貸してくれ!」
そう言って、両手を差し出すルイーゼ。
ふうとホールドが息を吐く。
「……俺に金を借りに来なくても、ザンザスと取引すればいいだろう」
「知ってんのか?」
「年末にザンザスに行ったからな。その時に少しツテを作った――どうやらザンザスは水運に参入したいようだが?」
「油断ならない奴だなー」
ルイーゼがからからと笑う。
「だけど、ヤダ」
オードリーはテーブルの下で拳を握る。
ルイーゼから、冷気にも似た魔力が放たれていた。
「あいつらは頭も良いし、金も持ってる。だから油断できない。水運はウチの命綱だ。そう簡単には売れないなぁ」
「ナーガシュ家の俺から金を借りる方がマシか」
「ホールドは私から【半身の虎】を買ってくれた。私にベットしてるんだろ? レイズしてくれよ」
オードリーは早口のルイーゼの考えを、なんとか読み解こうとする。
ルイーゼはライガー家で家督争いの最中のはず。
父ホールドは大金を払って、間接的にルイーゼを支援しているのだ。
だけど反面では、ルイーゼも安値でホールドに【半身の虎】を売ったと聞いた。
もちろんホールドも【半身の虎】を切り札に、北で芸術祭を仕掛けようとしている。
二重三重のやり取り、他の貴族家同士の交渉。
それが錯綜している。
「ウチも芸術祭を前に、懐に余裕はない」
「えー? 手ぶらで帰れねぇよー」
「わかっている。【半身の虎】の分割払い、それを前倒ししよう」
おっ、といった顔でルイーゼが前のめりになった。
「四回! 四回分を払ってくれれば楽になる!」
「二回だ。金がないと言ったろう」
「じゃあ三回だ。三回分、先にくれ」
「……いいだろう」
「よっしゃ!」
ぱちんと指を鳴らすルイーゼ。
「それで決まりだ!」
◇
それから大広間に移り、簡素な食事会になった。
ルイーゼはほくほく顔で、ステーキにかじりついている。
……もう三人前は食べただろうか。
背丈は小さいのに、実によく食べる。
ホールドもサイコロステーキを食べているが、オードリーは正直緊張して肉の味もよくわからなくなっていた。
「そーいえば、ヴィクターの兄貴がウチの縄張りにきてたぞ」
「ヴィクター兄さんが?」
「新しい論文がどーたらって言ってたな。相変わらず従者を連れずに一人で歩き回ってるみたいだった」
貴族院の頃から、ルイーゼはヴィクターを兄貴兄貴と慕っていた。
魔物学の学者であるヴィクターは知性派だが、真逆なルイーゼと仲が良かったのだ。
「変わらないな、ヴィクター兄さんは」
ホールドがちょび髭に触れながら言う。
屋敷から抜け出す方法に長けていたのも、ヴィクターだった。
ルイーゼが今も一人で色んなところに突撃する癖は、ヴィクターから引き継いだようなものである。
逆にベルゼルとは同じ肉体派なのか、馬が合わなかったが。
「……あともう一つ、聞いておきたいんだけどさー」
「なんだ?」
「ザンザスの話に戻るんだけど、最近羽振りがいいみたいだ。水運の話も、額は悪くなかった」
「ふむ……祭りも盛況だったな」
「今ナーガシュ家の奴と仲が良いって、マジなのか?」
ルイーゼは豪快に食べるが、音は鳴らしていない。
汁も飛び散らさないで食べている。
その食事する瞳の奥に、鋭い眼光が走っていた。
「アイツら――ザンザスは戦乱期にもうまく立ち回って王家に取り入ったくらいだ。そのおかげで今も好き勝手やってるけど……」
ルイーゼの言葉にホールドはコーヒーを飲みながら頷く。
「ゆえに、どこにもなびかない。王家よりも地元の英雄ステラとコカトリスに傾倒してるほどだ」
「それがなぜなんだ? ザンザスが欲しがるような奴、ナーガシュ家にいたか?」
「俺の弟、エルトだ」
ぼそっと、ホールドが言う。
「ヴィクター兄さんも一目置いていた。……ベルゼル兄さんも俺も」
「……いたっけ? 記憶にない」
「オードリーはどういう印象を持った?」
いきなり話を振られて、オードリーが飛び上がりそうになる。
「ええっと……しっかりとした叔父さんでした。十五歳とはとても思えませんでした」
「魔力は、魔力はどうなんだ?」
ルイーゼがずいっとオードリーの方に身を乗りだそうとしてくる。
「どうだ、私より強いのか?」
「え、えっと……」
オードリーは言葉に詰まったが、ホールドはちょび髭をいじりながら静観の構えだ。
率直に言っていいらしい。
「……エルト叔父さんの方が、強いと思います」
「はぁ!?」
ルイーゼがどかっと椅子に座り直した。何かにつけてリアクションが大きい。
だけどせめて、目はそらさないようにする。
「やられた。そいつがお前たち――ナーガシュ家の切り札か?」
「正確には俺達兄弟の、な」
「なるほど……面白い」
にやりとルイーゼが八重歯を見せた。
綺麗で子どもっぽいけど、それゆえオードリーは鋭利に感じる。
「オードリーもよく私から目をそらさなかったな、偉いぞ。息子ができたら嫁に来るか!?」
「ええっ!?」
オードリーが素っ頓狂な声を上げる。
「……気が早すぎるぞ」
「あはは、私は本気だぞ!」
冗談めかして言っているが、確かに本気の気配がする。賢いオードリーにはそう感じられた。
ホールドが眉を少し動かし、話題を変える。
「そう言えば……ナナが東の国で活躍したみたいだな」
「ううー!? アイツ、今は東の国なのか?」
「現在位置は知らんが。そういう話は把握している」
「ぐぅ……そうか」
ナナの話題になってから、ルイーゼの勢いが猛烈に削がれていた。
まるで天敵に会ったかのような……。
反応のえらい違いに、オードリーは驚く。
その様子にホールドがくっくっと笑う。
「まだトラウマは消えないのか」
「潰れたトマトにされかけたんだぞ、そう簡単に忘れられるか」
「あいつのトマトをぶちまけたからな。しかも着ぐるみに……」
肩を震わせ、貴族院の事件を思い出すホールド。
上機嫌にトマトを運んでいるナナを風の魔法で巻き込んで、大騒ぎになったのだ。
それまで決闘で負けなしだったルイーゼは、ぽっきりとナナにへし折られた。
それからルイーゼはナナを怖がっている。
今日もナナがいたら、右に回れで帰って行っただろう。
「静かそうな奴だと思ったら、アレはとんだ怪物だ。互角に決闘できたのは……結局ヴィクターの兄貴だけだったし」
「そうだな。勘に頼るとナナには勝てない。本能的に読み取ってしまう」
個体として優れるヴァンパイアは、様々な癖を見抜くらしい。
実際、同年代では無類に強かった。
ルイーゼが悔しさを隠さずに、
「……都合が悪くなると、アイツのことを話し始めるのはお前の欠点だ」
「なに、いきなり娘をくれなんて言うからな」
そこで二人とも顔を見合って、くすくすと笑い出す。
「ワインも飲んでいくか? 面白そうな話はまだあるぞ」
「情報を引き出そうってんだな? 私は強いぞ!」
「別にそんな大したことではないのだが」
なんだかこれまでの雰囲気が一変して、楽しそうに二人は話し出す。
……ドキドキしながら、オードリーはそれを見つめていた。
まるで自分とクラリッサみたい、と思いながら。
歳をとってこそ、友人はかけがえの無いものです。
お読みいただき、ありがとうございます。







