200.規格外
「すみません、突然押し掛けて……」
ステラは申し訳なさそうにディアを撫でながら言う。
「エルト様からお聞きしました。こちらでレイアがボートのデザインをしているとか」
「……うん、奥にいるよ。まぁ、まずは入って」
ナナがステラとディアをリビングに招く。
家全体からトマトの匂いがするが、ステラとディアはスルーした。
ごちゃっとなったリビングに通された二人は、装いを正したレイアと向き合った。
ディアがじーっとレイアを――レイアのコカトリス帽子を見つめる。
「ぴよ。ぼーとやさんもやってるとは、はたらきものぴよ……」
「ええ、レイアはよく働いてますからね」
「恐れ多いことです、ステラ様」
こほんと咳払いし、レイアがいくつかの紙を取り出す。
「これはニャフ族向けのものですが、デザイン案は色々とあります。ぱっちり目が開いているコカトリスのボートと眠そうなコカトリスのボート、羽が広がっているタイプとか……」
「どれがいいぴよ、かあさま?」
「えっ?」
「ぼーとがほしいのは、あたしじゃないぴよ。あたしのぼーとは、かあさまがつくってくれるぴよ」
さも当然、とばかりにディアが言う。
それにステラも頷く。
「手のひらサイズでいいなら、すぐに作れますからね」
「かあさまはてさきがきようぴよ」
「……それじゃボートが欲しいのは、ステラの方?」
少し嫌な予感がナナを襲う。
なんだろう。ついちょっと前にもこんなことがあったような。
「そうです……!」
ずずいっとステラがレイアに近寄る。
「たとえば、私にはそこそこの貯金があるのですが……」
「ええ、まぁ……当然、お持ちでしょうね」
エルトはステラにもちゃんとお金を渡している。
正確には雑なステラに、報酬を押し付けているのだが。
とはいえ、ステラはそれらの報酬をあまり使っていない。
野菜や果物は最高級品をエルトが用意するし、バットはエルトが作るし……。
というわけで貯金は上積みされる一方であった。
「それで……大きなボートが欲しいんですが、金貨五十枚でどこまで大きくできます?」
「五十枚ですか!?」
貴族としてもそう簡単に出せない金額、一個人としては破格である。
なにせ庶民の年収で四年分くらいだ。
「な、なぜそんな大きなボートを?」
「家族皆で、湖でのんびりしたいなぁと思いまして……」
「とつぜん、おもいついたらしいぴよ」
「思い付きました。お金も貯め込むだけは駄目だとエルト様も言ってましたし……」
ナナがじとーとステラを見る。
今回のことでナナは確信した。
「あなたって、割とノリで生きてるね?」
「やっと気が付きましたか? そうです、私は割とフィーリングとノリで生きてます……!」
「いきてるぴよー!」
この娘にして母親ありか。
なんとなくナナは納得した。
「それでどうですか……? ウッドも乗せるとなると大きなボートが必要ですし」
「おにいちゃん、おっきいぴよ」
「……なるほど」
「家族一緒、ね」
レイアはふうと肩で息をする。
「無理ではありませんが……ウッド様も一緒となるとかなり大きくしないと無理ですね」
「このボートは三人乗りくらいだしねぇ」
「ニャフ族向けなら、私達でいうと子どもサイズです。必然的にかなり小さくなります……」
「おにいちゃんはめちゃめちゃおっきいぴよ」
「村一番ですからね」
ウッドの身長は二メートル。体重も木なのでかなり重い。
一般的なニャフ族の三倍は重いだろう。
「私達家族で――ニャフ族十人分は見ないといけないでしょうか」
「概算で、そのくらいですね」
乗る人数が多くなると、指数関数的に材料が必要となる。
もちろん工賃も高くなってしまう。
レイアはコカトリス帽子に包まれた頭をフル回転させる。ぴよぴよぴよ。
「金貨五十枚は掛かりませんが、二十枚くらいは掛かるでしょうね……」
「なるほど。やはりそれくらいですか……。では、よろしくお願いします」
「承知しました……。しかしそれなりに時間は掛かりますが」
「もちろんです。他の方の後でいいので……」
「ぴよ。これでみずうみのまんなかで、スイングれんしゅうできるといいぴよね!」
「ええ、そうですね……こほん」
ステラが咳払いして、
「さて、それではお邪魔いたしました。ボートの件、よろしくお願いいたしますね」
「よろぴよ!」
そう言うと、嵐のごとくステラ達は帰っていった。
トマトジュースを作りながら、ナナがつぶやく。
「ふむ……さすが規格外の英雄。発想と行動力も規格外だね」
◇
ホールドの屋敷。
その屋敷では一騒動が起きていた。
メイドや執事が右往左往し、当主であるホールドを探している。
「旦那様はどちらに!?」
「工房の方へ……!」
「すぐにお呼びしてくれ!」
オードリーが部屋から顔を出し、メイドに確認する。
「ど、どうかしたのですか?」
「ライガー家です! ルイーゼ様が突然、門の前に……!」
「ライガー家の方が……?」
ルイーゼ・ライガー。
オードリーも彼女のことは知っていた。
五大貴族の一角、ライガー家の嫡流。
今現在は家督争いをしている一人のはずだ。
父ホールドと同年代で、貴族院から付き合いが続いているはず。
オードリー自身、何回か会ったことがある。
とはいえ間隔が開いているので、ぼんやりとした程度だが。
そんなことを思い出している矢先に、執事を連れたホールドが足早に歩いてくる。
「旦那様、お早く……!」
「やれやれ。ヤヤが外交にでている時に……」
ぼやきながら、ちょび髭をいじるホールド。
そこでふと、ホールドとオードリーの目線が合う。
ちょこんとオードリーが頭を下げる。
「父上、私は部屋でおとなしくしています」
「……いや」
ホールドが足を止め、天井を見つめる。
その様子に執事がいぶかしむ。
「どうかされましたので?」
「ふむ……オードリー、いい機会ではないが来なさい」
「旦那様……!?」
「ルイーゼは私と同年代。礼儀作法にうるさい人間でもない。これも訓練だ、同席しなさい」
「……は、はい!」
オードリーは慌ててメイドに服装を整えてもらい、ホールドを追いかける。
屋敷の門前は、すでに人だかりができていた。
ルイーゼがあぐらをかきながら、空中にふよふよ浮いていたからだ。
その姿を認めたオードリーはぎょっとした。
短く切り揃えた金髪に、金をあしらった燕尾服。
八重歯に釣り上がった獰猛な目。
背丈は小さく、女性というよりは少年貴族のようである。
服装も雰囲気も振る舞いもめちゃくちゃで、自分が教えられてきた貴族とはかけ離れている。
オードリーが小さくホールドに呼びかける。
「……父上」
「正装してきただけ、まだマシだ」
「そ、そうなのですか」
オードリーが目をしばたかせる。
これは容易ならざる人物だ。オードリーは自分が呼ばれた理由がわかった。
いきなりこんな人物と接したら、まともに応対できないだろう。
父と同席した方がいいに決まっている。
そんなオードリーとホールドの姿を、ルイーゼも認識したらしい。
まだ浮かびながら、右手を大きく振る。
とてもイイ笑顔で。
「おーい、やっときたか! 金を貸してくれ!」
……ごくり。
とんでもない人が来た!
オードリーは素直にそう思ったのだった。
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