198.花飾りとボート
それから一週間ほど、何事もなく日々は過ぎていった。
そんなある休日。
風が柔らかく吹いており、いい天気だ。
アナリアがイスカミナとお散歩していると、大樹の塔の前でテテトカに呼び止められた。
「やふー」
「こんにちはーです」
「こんにちはもぐー」
ちょいちょいとテテトカが二人を手招きする。
「んん? どうかしたんですか?」
「ドラムが君達を呼んでるよ」
「なんだかわからないけど、なんかわかるもぐ」
アナリアとイスカミナは顔を見合わせる。
大樹の塔に鎮座しているドラムの花飾りについては、二人とも知っていた。
こういう芸術があるのかと、けっこう驚いた記憶がある。
とことこと二人がテテトカに付いて、大樹の塔に入っていく。
その大樹の塔のリビングには、小さな台がいくつか置かれていた。
「実はねー。この花飾りを外に売り出すことになって……」
「ええ、聞いています」
「ドラムごと芸術祭に出すらしいもぐね」
「それで二人にちょっと花飾りのやり方を学んでもらおうかなーって」
かなり端折った説明である。
いつものことではあるが。
とはいえ、アナリアにはなんとなくそんな予感がしていた。
ドラムが花に飾られているのを目にした日から――いつか自分もやるのではないかと。
ドリアードのなかでは、おそらくドラムを叩くのは別格である。
そして次点が食べマスターという地位だ。
テテトカがドラムを飾り、次にそれを教えるのは食べマスターではないだろうか。
しかし特に嫌ではない。
元よりモノ作りが好きなアナリアは、面白そうだなーと思っていた。
ドライフラワーみたいなものの変形だろうし。
とはいえ、ちょっと突然である。
「……唐突ですね……」
「うん、唐突に思い付いたー」
わたわたと手を振るテテトカ。悪気はない。
マイペースなだけである。
「……私もやるもぐ?」
「出来れば一緒にやってもらえると……」
アナリアがイスカミナに少し助けを求めた。
テテトカもイスカミナにわたわたと手を振る。
「やろうよー」
「むむっ、そう言われると……やるもぐ!」
イスカミナは元々、けっこうなお祭り好きである。
お手製の焼き芋でひと稼ぎしたくらいだ。
それにイスカミナは故郷に仕送りをしている身。お金に繋がりそうなことなら、やってみたいのである。
「……ちょっとした手に職になりそうもぐ」
「そうそう、あなたは頭が良いみたいだし」
何気なくテテトカが指摘する。
へぇ、とアナリアは思った。
おそらくそれは真実である。
高等学院を卒業し、地質学を専攻するイスカミナは単純に頭が良い。
詳細な学力は知らないだろうけど、なんとなくテテトカは察知しているのだろう。
さすがエルトが何かと重用するだけはある。天性の勘の良さは備わっているようだ。
「んじゃー、草だんごを食べながらー」
テテトカはポッケから草だんごを取り出して食べる。
「まずはそれぞれの枝の意味からやってきましょー」
というわけで、大樹の塔で花飾りのお勉強が始まったのであった。
◇
「これが数日前の話なんですが、かなーり面白くてですね……」
「ほうほう」
冒険者ギルドの執務室にて、アナリアが力説した。
今日はステラは早終わりで家に帰っている。
執務室には俺とアナリアだけだ。あとはコカトリスのぬいぐるみが鎮座している。
「剪定で切った枝や葉、花を使うので無駄もないですしね」
「ふむ、確かにあの花飾りのためだけに切ってはいないようだったな」
ドリアードはその辺りで無駄はない――枯らすことはもっての外だし、世話もきちんとやる。
「……それにしても手作業でやるとはいえ、ポーション作りとは違うように思うのだが」
アナリアはポーション作りのためだけに村に移住してきた。
それが花飾りも……?
と、そこで俺はふと思った。
ポーション作りと花飾り。共通点がある。
それも大きな共通点だ。
「植物を加工したりするのが楽しく感じられるのか?」
俺の言葉に、アナリアが少し驚きながら頷く。
「ポーションもそうでしたが、植物が何か別のに変わるのが面白いですね。それにしても、よくお分かりに……」
「君との付き合いも長いからな」
アナリアもこの村では最古参の一人だ。
実際、仕事上でも日常的にやり取りしてるし。
それにアナリアはハマると一直線だ。
食べマスターもそうだったが、草だんごといった植物が関係することにはハマりやすいように思えた。
「それで、イスカミナも花飾りをやっているのか?」
「ええ、あの子も手先でアレコレするのは好きですしね」
アナリアがイスカミナを呼ぶときには、他にはない親密さを感じる。
高等学院の同級生、ルームメイト……今もルームシェアしてるようだし、凄い繋がりだ。
……今のアナリアからは恋愛をしようとしたり、結婚願望みたいのは見えないな。
日々の仕事や趣味で充実しきっているように見える。
「それなら良かった。イスカミナも村に馴染んでいるようだな」
ドリアードに巻き込まれるか染まるかすると、この村に根付いている感がある。
俺の勝手な考えだが。
「仕送りもちゃんと出来ているようですし、大変楽しんでいると思います」
アナリアも嬉しそうである。
そんな風に話しているとき、ノックする音が聞こえてきた。
……ドアの下の方から音がするから、ニャフ族だな。わかるようになってきた。
「どうぞ」
入ってきたのはブラウンだ。
なんだかうきうきしてるような。
「にゃーん、お邪魔しますにゃん! にゃ、アナリア……お邪魔だったかにゃん?」
「いえいえ、大丈夫ですよ!」
ブラウンはアナリアに一応確認すると、とことこと歩いてくる。
「ありがとうにゃん。にゃん、エルト様……ちょっとご相談がありますのにゃん」
「うん、なんだ?」
「この前お見せした、コカトリスボートがありましたにゃん?」
「あったな。完成はもうちょい先だったと思うが」
「それにゃんですが……他の人も作って欲しいと言ってきましたのにゃん!」
にゃーんとブラウンが手を振る。
「ちなみにナールもですにゃん」
「そ、そうか……」
「ナールもやはり船が欲しかったんですね……」
船は船だが……。
ブラウン、きっと色んなニャフ族の人に見せたんだろうな。
値段も高くなかったし、ついでに買う人が出ても不思議ではないか。
「発端がこの私ですにゃん。なので、私が許可をもらいに来ましたのにゃん」
「あ、ああ……皆、ボートが欲しいんだろ? 湖は広いから問題はないが」
この前聞いたからな、商人は船が欲しいって。
「……ちなみに数はおいくつなんです?」
アナリアが念の為、という口調で尋ねる。
まぁ……二つか三つくらいだろ。多分。
ブラウンは手をぱぱっと広げて、元気よく宣言する。
「十個ですにゃ!」
「じゅう!?」
……皆、そんなに欲しかったのか?
あのコカトリスボート……。
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