177.スティーブンの村の危機
エルフ料理の弁当を食べ終わり、少しのんびりする。まだお昼休みだからな。
今日、冒険者ギルドにいるのは午後早めくらいまでか。それくらいには書類仕事も終わるし。
冒険者ギルドの仕事はおおよそ、早めに終わるようにしている。
というのもナールやブラウン、アナリアも他に仕事があるからな。
統合したことでスムーズにはなったが、仕事量自体は増やさないようにしているのだ。
ブラウンも俺も紅茶をまったり飲んでいる。
爽やかな後味が体にしみる。
「そうだ。そういえば、ボートを買うんだって?」
「にゃん! ですにゃん!」
ボートの話を振ると、尻尾がぶんぶんと揺れる。
……ブラウンからも話をしたかったらしい。
「買うのはかなり大きいやつか?」
「それほど大きくしないつもりですにゃん。数人乗りのやつですにゃ」
「ほうほう……」
「うちの商会のつてだと頼りないので、レイアに相談しましたのにゃん。いいボートが買えそうですにゃん」
「もう決めたのか」
「はいですにゃん。でもまだ形とかは決まってないですにゃん」
うっきうきなブラウン。
よほど楽しみみたいだな。
この前のナールの話から考えてみたのだが、今の俺には船は作れなさそうだ。
イメージが付かなくて、うまく行かない。
前世でも船に詳しいわけでもなく、旅行でボートやフェリーに乗った程度。
この世界の船とは構造が全然違う。
そしてこの世界に生まれてから、俺は船に乗った記憶がない。
物心ついてからはないはずである。
なので植物魔法で船を作れないのだ。
ひそかに船の模型を買ってイメージしてるが、なかなか難しい。
「でも早ければ今月中にも来ますにゃん」
「結構早いんだな……」
「川遊び用ならそれなりに早いみたいですにゃん。交易用の船はとんでもなく手間が掛かりますにゃん」
そうだろな。
数十人が乗る船は、言わばお屋敷が水に浮いてるようなもの。
桁外れの手間とお金がかかる。
「それでですにゃん、ボートが届いたらまた釣りでも一緒にいかがですにゃん?」
「おっ、もちろんいいぞ」
ブラウンがわきわきとしている。
最近忙しくて、あまり釣りに行けてなかったな。
気分転換にはちょうどいいかもだ。
「あとは、またボール投げをしてくれると……嬉しいですにゃん」
「それはこの後、できるな……。わかった、ウッドやディアと一緒に遊ぼうか」
ニャフ族的にはボール遊びはやはり重要か。
目がきらきらしている。
ニャフ族も増えたし、親睦会みたいなものだな。
俺も楽しみだ。
◇
一方、スティーブンの村。
赤く重々しい夕陽が村を照らし出していた。
魔物密集地域の狭間にあるこの村は、鉱山と魔物素材で生計を立てている。
生活は楽ではないものの、反面かなり豊かに暮らしていた。リスクに見合ったリターンはあるのだ。
……ときおり起こりうる、魔物の大発生を除けば。
今、スティーブンの村には重々しい雰囲気が蔓延していた。
魔物の大発生の兆候が見られたからだ。
大発生の兆候が見られると村は騎士団を招く。
幸い、近くにいた黒竜騎士団が対応することになった。
村の広場で、黒竜騎士団のマッチョな騎士――ラダンは部下を前に訓示していた。
ラダンの前に並んでいるのは十二人の騎士達だ。
「今夜はこの村に泊まる。明日、朝早くに出発して魔物を掃討する。……魔物の掃討は初めて、という者もいるだろうが、出来る限り体を休めるように」
「「はっ!」」
黒竜騎士団の本隊は、別件によりすでに別れている。ここにいるのはラダンと十二人の騎士のみ。
ちょっと太って白髪混じりの村長が揉み手をしながら、ラダンに近付いて挨拶する。
「騎士様、どうかよろしくお願いしますだ……」
「任せてくれ。事前の報告からして、数日で終わるだろう」
「へへぇ……! さすが精鋭の黒竜騎士団様ですだ。心強い限りで……」
そう言うと、村長は懐からずっしりと重い皮袋を取り出した。中身は上等の金貨である。
「今回の謝礼ですだ……」
ラダンは中身を確認して、懐にある領収書を渡す。
すでに話は詰めてある。
「うむ……。しかと受け取った」
スティーブンの村は悲惨な寒村ではない。
むしろ周囲に比べて遥かにお金がある。
この村長もやり手であり、いち早く黒竜騎士団へ連絡を付けたのだ。
並の村長では決してない。
なにせ魔物に囲まれた土地で数百年も生き抜いてきたのだ。住民は屈強であり、生命力に満ち溢れている。
それでも今回は危機的状況と言えた。
一方、騎士団の最優先は王命の遂行だが、それ以外の空いてる時間は好きにして良い。
ほとんどの騎士団にとって、魔物退治は実戦訓練を兼ねた小遣い稼ぎである。
それは黒竜騎士団も例外ではない。
今回の件は双方にとって渡りに船だったのだ。
村長の案内で、ラダン達は宿屋へと向かう。
「……俺達が来るまでに、変わった事はあったか?」
「魔物は冒険者で抑え込んではおりますが、あまり良くはありませんですだ。この田舎じゃあ限度がありますだ」
「手紙には十年か二十年に一度の危機とあったが」
ラダンはベルゼルから見せられた手紙を思い出したながら言った。
「へぇ……ごくたまに現れやがるんでさ。フラワー種の奴らが……!」
村長は力を込めた。
そう、この辺りではたまにフラワー種が大発生するのだ。
「なるほどな……。しかし事前の下調べのおかげで手間はだいぶ少なくなった。さきほども宣言した通り、数日で終わるだろう」
「ありがとうございますだ……。そうだ、ひとつだけ、少し変なことが」
村長があごに手をやってラダンを見上げる。
言うべきか迷っているようだ。ラダンは言うように促す。
「申してみよ、何でも良い」
「それがちょっと前に、赤い光があちらの山に見えたんでさ」
村長が指差したのは、まさに魔物の大発生を起こしかけている場所だった。
明日からラダン達が掃討に行く所である。
「向こうの、西の方から綺麗な赤い線を引いて……」
「ほう……」
「聞いたことのない光なもので、見当もつかないのでございますが」
「俺もすぐには思い当たらないが……。わかった、心に留めよう」
「へへぇ……!」
村長がかしこまると、村でも名うての冒険者が息を切らせながら走り寄って来た。
彼は魔物の監視役の冒険者である。
「村長様〜!」
「なんだ、どうしたんでさ!」
「そ、それが……」
ふうふうと息を整えた冒険者を見て、村長と騎士達は緊張した。
これほどの慌てぶり、ただごとではない。
「魔物が……!」
「まさか、急激に増えたんでさ?」
「い、いえ……!」
首を横に振る冒険者。
「木の棒を振り回すエルフの冒険者が! ヴァンパイアの冒険者と一緒に、あっという間に魔物を全滅させちまったんだ!!」
村長は目をぱちくりさせながら、唖然とした。
「なん……だと? フラワー種が百体はいたはず。冒険者二人でどうこう出来るはずが……」
「嘘じゃねえ、村長様! もうすぐここに来る!」
村長と冒険者のやり取りを聞いて、ラダンはぽつりとつぶやいた。
「まさか……」
木の棒を振り回す、エルフの冒険者。
ラダンの脳裏にはステラの姿が浮かび上がっていた。
村の危機は終わった!
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