131.とりあえず混ぜる
夜中、そろそろ寝ようかと思っていた頃。
ステラからこんなことを切り出された。
「ところで、この『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』というのはどういう劇なのですか?」
「……知らないのか?」
「『トリスタンの完敗』は私が木像になる前からやっていましたが、これは後から作られた劇だと思います。なので、正確な中身を知らないのです」
「なるほど、時期にずれがあるのか……」
「私とマルちゃんの対決を扱った作品だとは思いますが……」
「うーん、実はちょっと違うんだよな……」
俺は棚から一冊の分厚い本を取り出した。
世界中の人気の劇を要約した本だ。
ちなみにマルコシアスはウッドと綿枕でうとうとしている。もちろん子犬姿で、お腹丸出しだ。
ディアはそんなマルコシアスのお腹を枕にうとうとしていた。
「んー、しっとりぴよー……」
「わふー、しっとりかー……」
「しっとりぴよよー……」
寝る直前だな。
まぁ、だからこそステラが切り出したのだろうが。
『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』
これはステラを取り上げた劇のなかでも、高い人気を誇る。
俗に『ステラ六作』と呼ばれるやつだな。『トリスタンの完敗』もこの六番に含まれる。
数百年前からずっと人気なので、時代や場所によって中身が少しずつ違うが……。
今のあらすじをまとめるとこうだ。
主人公はさる国の若く強い青年貴族。
実はステラじゃないんだな。
彼は臣下とともに王命で魔王を倒すべく、魔王の城へと向かっていた。
なおこの青年貴族と臣下はまるごと架空の人物である。モデルはいるが、ステラが活躍していた時期に生きていた人物ではないらしい。
その途中、魔王の側近で大悪魔であるマルコシアスに襲われる。
追い詰められる青年貴族とその臣下達。
そこに乱入して彼らを救ったのが、滅茶苦茶強い格闘家――ステラである。
彼女はマルコシアスを退けて青年貴族を救うと、すぐにその場を立ち去った。
青年貴族はそのステラに一目惚れした。
しかし、彼は魔王を倒す旅の途中。恋と使命に心が引き裂かれそうになる。
魔王の城の手前の街で、青年貴族はやっとステラを発見する。
ステラと青年貴族はいい雰囲気になりかけるが――その時、マルコシアスが街に襲来する。
暴れまくるマルコシアスに、青年貴族とステラは手を取り合って共に戦う。
そして、ついにマルコシアスを討ち果たす。
青年貴族は恋と使命、両方に燃えながら魔王討伐に向かうのだった……という話。
「……という話だな」
「私の名前と格闘家であること以外、真実の要素がないみたいですが……?!」
ステラはびっくりしていた。
まぁ、予想できた反応だな……。
この作品は有名だから、史実とどう違うかの解説本もある。
ステラの言うとおり、ほぼフィクションである。九割くらい。
「人気の劇はそんなもんだ。少しの史実にたくさんの架空を振りかける」
「は、はぁ……なるほど」
「劇としてはマルコシアスと戦う場面が人気だな。ちなみにこの劇のマルコシアスは、赤い鎧をまとった大男が通例だが……」
「そこも違うじゃないですか……!」
今のマルコシアスは子犬で仰向け、お腹丸出しである。
かわいい。
「まぁまぁ……子どもから大人にまで人気の劇だしな」
「……そこはなんとなくわかりますが……。でもおおよそは把握しました」
そこでステラは壁に飾ってあるデュランダルを見た。
……ん?
「あれを入れましょう」
「えっ、あれって? まさか……」
「デュランダルちゃんです……!」
「……デュランダルちゃん」
なんか、ちゃん付けされてる!
「野ボールの普及のため……!」
「えぇ?」
「私をネタにするなら、どうか……!」
「わ、わかった……!」
俺はぶんぶんと頷く。
気持ちはわかる。全然史実と違うから、色々と複雑なのだろうし。
でも俺はまた別の言葉を思い浮かべていた。
ちょっと違うかもだけど、これがスポンサーからのごり押しという奴か……。
◇
数日後。コカトリス祭りの準備は順調に進んでいった。
暦は十二月に入っている。この世界も一年は十二ヶ月で、月に約三十日だ。
あと数週間でコカトリス祭りだな。
寒さも強まってきたと思う。
今日はレイアがお祭りで売るコカトリスグッズのサンプルを、色々と持ってきていた。
ぬいぐるみ、木製コップ、毛布、服、帽子などなど。
高いものになると、銀製の食器にコカトリスのマークとか。
「こんなにコカトリスグッズがあるんだな」
「こちらは定番商品ですね。いつでも売れます」
「いいですね……! コカトリスのふわもこ感がうまく出ています」
ステラはぬいぐるみが気に入ったようだ。
彼女はザンザスのダンジョンでもコカトリス大好きだったみたいだしな。
「おや……お腹回りがもちっとしてますね。もしや、この村のコカトリスを参考に?」
「お目が高い……! その通りです」
「ふむ……なるほどな」
俺にはいまいち違いがわからん……。
「……そしてこの着ぐるみは?」
そしてレイアは着ぐるみをひとり連れていた。なんだか無言だったので、話題にしづらかったのだが。
「……それがしでござる」
「ハットリか。どうしたんだ?」
「お察しでござる……」
察した。
レイアに着てもらうように言われたか。
対するレイアは得意満面だった。
「このニューコカトリスは素晴らしいですよ。動作性を大幅にアップ! 大盛り上がり間違いなし!」
「……どれだけ用意したんだ?」
「百着です!」
「お、おおぅ……」
凄いな。
まぁ、観光地ザンザスの一大イベントだ。
これくらいの話題性は必要なのかも。
さながらコカトリスランドみたいな……どこを向いてもコカトリスの着ぐるみがいる、みたいな……。
「それであちらでは……ははぁ、劇の練習ですか」
レイアが視線を向けた先には、劇を練習するディア達がいる。
「あそこを見るぴよ、あのあかいよろいを! だいあくまのマルコシアスがきたのぴよ!」
「ウゴウゴ、どうかおにげください……。わたしがじかんをかせぎますから……」
ディアがステラ役、ウッドが青年貴族役に収まりそうだな。
色々と無茶かもだが……。
「わははは、どこだ! 我に恥をかかせた、あの者共は! 今日こそ血祭りにあげて、魔王様に捧げてくれよう!」
マルコシアスはノリノリだな。
……まさかの完璧な本人役である。
「何の劇でござるか?」
「『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』のティティ後期バージョンですね。名劇作家ティティが晩年に公開したやつです」
「おー、その通りだ。よくわかったな」
解説本によると『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』は五十以上のバージョンがある。それだけ色々と受け継がれてきたわけだ。
その中でも近年演じられるのは五バージョンくらい。今、ディアが演じているのがそれだな。
「もしかして演劇に詳しいのですか……?」
「もちろんです、ステラ様。ステラ様を題材にした劇を把握するのは、ザンザスを預かる者のひとりとして当然の教養ですから」
「へ、へぇ……」
ステラが言葉に詰まる。
この前まで自分の作品は全然知らない、みたいなことを言っていたからな。
「レイア、それで忙しいところ悪いんだが……誰か劇に詳しい人を紹介してくれないか? お祭りでやろうかと思うんだが、俺もステラもその辺りはちょっと疎くて……」
「なら、私がやりましょう!」
ばばーん!
レイアが大見得を切った。
「い、いや……忙しいだろ? ちょっと劇を見てくれる人でいいんだが」
「ご安心を! 実は着ぐるみショーで『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』をやる予定がありまして……。つまりプロの手によって色々と進んでいるのです!」
「それは着ぐるみショーなんですよね?」
「ここにいるじゃないですか、たくさん動けて物覚えも良い着ぐるみが……!」
ぽん!
レイアがハットリの肩を叩く。
「それがしでござるかっ!?」
「それがしでござるよー。いやぁ、青年貴族の臣下は色々とバージョン違いも多いですしね。ちょうど、ヴァンパイアの着ぐるみ臣下バージョンもありますし」
「……そんなのがあるのか」
「日中、野外でやるならその方がいいですしね」
「お、おう……」
なおステラは目を開いてフリーズしている。
メンタルの許容ラインを超えつつあるな……。
「ぴよ、このなかまもさんかするのぴよ?」
話が聞こえていたらしいディアが振り向く。
「ええ、ぜひ。役に立ちますよ……ふふふ」
「うごけるぴよ?」
「逆立ちも出来ます!」
「ほんとぴよっ!? わくわくぴよ!」
きらきらしたディアの瞳。
「ほら、逆立ちを……!」
「うう……こうなればヤケでござる……!」
「で、できるのか?」
ハットリは意を決して、逆立ちになる。
着ぐるみのまま。
「すっごいぴよ!」
「こ、これしき……!!」
凄い根性だ……。
プライドが着ぐるみを支えていた。
「げきもたのしくなるぴよ!」
「そうだな、我が主! 間違いないぞ!」
「まちがいないぴよー!」
ステラがおそるおそる、俺の耳元でささやく。
「と、とんでもない劇になりそうなのですが……!」
「……大丈夫。温かく見守ればいいんだ」
着ぐるみが舞い、悪魔役をマルコシアス本人が演じる。
闇鍋……圧倒的な闇鍋学芸会。
もう俺達に出来るのは、優しく導くことだけなのだ。
コカトリス祭り準備度
40%
草だんご祭り完了
地下広場に宿設置
エルフ料理の歓迎
ディアの劇(着ぐるみコカトリスedition)
私は元演劇部の部長でした。
その経験が反映されているかは、ご想像にお任せいたします。
お読みいただき、ありがとうございます。







