30 不穏な気配……?
芝生エリアから一歩踏み出したところで、左側に温かな感触。
俺の腕に自らの両腕を絡めた雨宮さんは、ほぼ素肌で隙間なく密着して来る。突然のことで俺は目が点だ。
「あああああ雨宮さん? これは……⁉」
「あの……イチャイチャのつもり、かな」
伏し目がちに意図を明かした雨宮さんに、鼻血を吹かなかった俺を評価して頂きたい。今日の雨宮さんはずいぶんと積極的だ。
ありがとう、夏。
サンキューサマー。
「ええっとええっと、あのあれだ、集合場所ってここか!?」
テンパって話題を探したら、フードコートが目に入った。
ご飯の話題は広げられるぞ、よし!
ふたりでくっついたまま、そちらへ向かう。
パラソル付きのテラス席がいくつも用意され、その奥にレジが何台も並んだ売店がある。規模としてはかなり大きい方だろう。
メニューボードにはアイスやチュロスといったデザート、たこ焼きやホットドッグといった軽食などなどが載っており、種類がかなり豊富な上に値段もお手頃だ。
「なにを食べるか悩んじゃいそう……! 雲雀さんが飲みたがっていたクリームソーダもここにあるね」
「酸辣湯麺やどら焼きクンとのコラボメニューもあるぞ」
「ま、ますます悩んじゃう!」
真剣な目でメニューボードを睨む雨宮さんの隣で、俺も悩む。
雨宮さんとはラーメンといえば酸辣湯麺仲間だし、こんなプールの売店でそれが食べられるとはと、そそられるところはある。外はカリカリ、中はふわトロらしい巨大たこ焼きも気になるんだよな。
まだお昼じゃないし、じっくり後で選んでもいいかもしれない。
人が疎らな今が一番頼みやすそうだけど……と、テラス席を見渡してふと気付く。
「あのツインテールって……」
ハート型というクセの強いサングラスを掛けて、黒フリルのビキニを来た小柄な少女が、トロピカルなジュースを啜っている。
ひとりで退屈そうに椅子に凭れる彼女は、特徴的な長いツインテールをしていた。
どう見てもアイツだ。
一人称が『ハナ』の奴だ。
どうしてこんなところに……と疑問を抱くも、普通に遊びに来たのか、もしくは薄井先輩のようにhikari目当てかもしれない。
俺がイメージキャラを務めていると聞いて来た可能性は大いにある。アイツは拗らせたhikari好きだからな。
「……うん、俺はなにも見なかった」
そっと視線を逸らしてなかったことにする。
今は女装してhikariモードになっていないので、どちらにせよ絡まれることはないだろうがな。
そして逸らした先には、俺たちと同じ高校生くらいの男女の集団がいた。軒並み髪や水着が派手で、ずいぶんと羽目を外している印象だ。
「でさ、告って来た女がマジ芋女で最悪でよ」
「えー! なにそれ!」
「身の程を弁えろってな」
ギャハハハと大きな笑い声が響く。
彼等は他のお客さんなど気にせず騒いでおり、近くの席にいる家族連れが迷惑そうにしている。白い丸テーブルに載った食べ物の散らかりっぷりも酷い。
特にグループの中心人物だろう茶髪の男が、どうにも横暴で眉を顰めてしまう。
「ああいうの、注意もし辛いけど良くないよな……雨宮さん?」
「あの人……」
隣の雨宮さんを見れば、血が一気に引いたような青白い顔をしていた。小刻みに震えているようだ。
俺は一拍遅れて「ど、どうした⁉」と焦りを顕わにする。
「体調悪いのか? 屋内で休むか? 救護班……より、なんかクリスティーナさんの方が頼れそう! クリスティーナさん呼ぶか⁉」
「わ、私は元気だよ! 落ち着いて、晴間くん!」
救急車を呼ぶ感覚でクリスティーナさんを呼ぼうとするテンパり中な俺に対し、雨宮さんは無理やり作った笑顔を浮かべる。
「ありがとう……でも本当に元気だから、ねっ? 早く整理券取りに行こう」
まだ顔色は悪いままだが、明るく振る舞う雨宮さんにぐいぐいと背を押された。ここまで頑な彼女は珍しく、俺も押されるがままになってしまう。
「本当に本当に本当に無理してないか? プールで冷えたのかもしれないし、辛くなったらすぐに言ってくれ」
「……うん。晴間くんがいるから、私は大丈夫だよ」
フードコートを離れるまで、俺はしきりに雨宮さんの様子を確認するも……彼女は「大丈夫」と繰り返すばかりだった。





