23 雷架さんは死んでいる
荷物は置きっ放しで、俺と雨宮さんは隣の教室へ移動した。そこではど真ん中の席で、雷架が机に突っ伏して死んでいた。
「こ、小夏ちゃん! 大丈夫⁉」
「アマミン……雷架ちゃんはもうダメかも……」
救急隊員の雨宮さんが走り寄ると、雷架はのろのろと顔を上げた。
元気が取り柄のはずがどんより沈み切っている。稲妻マークの髪飾りで留めた髪は、生気を失って萎れていた。
「問題は解けたのか?」
「これだけ……」
「おい! ほぼ真っ白じゃねぇか!」
「ううううう! だってわかんないんだもん!」
雷架が差し出したプリントを受け取れば、雨宮さんお手製の英語の基礎問題は、解答欄がほぼ白紙だった。
力試しにひとりで解かせるために、十五分間測っていたのだが……。
一応ミミズがのたくったような跡はあり、努力の欠片は伺える。
「ごめんね、アマミンンン! 私のために作ってくれたのにっ!」
「わ、私こそごめんね! ちょっと難しかったかも!」
「すっごく難しかったー!」
うわあああん!
なんて泣きつく雷架の頭を、雨宮さんは慈愛の精神で必死によしよししている。羨ましいぞ雷架そこ替われ。
驚くほどアホの子な雷架は、俺以上に赤点の危機だ。
スタジオ見学なんてしている場合ではなかったのである。俺の正体に関する話は一通り終えているが、正直それどころじゃない。
「いよいよ雷架ちゃん、ピカリさんとお別れの予感⁉」
雷架の宝物である一眼レフのカメラは、名をピカリさんと言う。
あまりにも孫の成績が酷いため、雷架のおじいさんはそれこそ雷を落とした。次の試験でひとつでも赤点を取れば、カメラは没収だそうだ。
これはそもそも、教え方を変える必要があるのか……?
当人が勉強に身が入っていない気もする。
雷架みたいなタイプは『出来なかったら罰がある』という危機感より、『出来たらご褒美がもらえる』という目標がある方がいいのかも……。
腕を組んで方向性から考え直していると、新たにふたつの声が聞こえた。
「あら、偶然ね」
「……御三方でなにをされているのですか」
黒板側のドアから入って来たのは、会長と雲雀だった。
会長はもちろんウィッグに黒のカラコン着用で、雲雀はなにやらバインダーを抱えている。会長とはhayate関係で案件は進んでいるが、会うのはゲーセン以来だ。
「コイツの勉強を見ているところで」
入って来た生徒会組に、俺は椅子に座る雷架を指差した。雷架はアホ面で舌を出したままだ。
たちまち雲雀は冷ややかな目になる。
「雷架先輩、頭の残念さはお変わりないようですね」
「ヒバリンったらシンサツ!」
診察……おそらく、辛辣と言いたいのだろう。
雷架と雲雀は出身中学が同じであり、家が近所という繋がりがある。
それにしても、改めて凄いな。
今ここには校内四大美少女が全員揃い踏みな上、世界で一番可愛い俺もいるわけか。この世の楽園だな。
「えっと、会長さんたちは生徒会のお仕事中ですか?」
「ええ、旧校舎の見回りよ。でも晴間くんと雨宮ちゃんが揃っているなら、ちょうどよかったわ。生徒会入りをふたりとも承諾してくれたわけだし、夏休み中に歓迎を兼ねて交流会を企画したいと思っていてね」
パンッと両手を合わせて、会長はそんな話題を嬉々として出した。雨宮さんも生徒会加入の返事は済ませたと俺も聞いている。
そして、交流会。
これこそ例の取引に関することなため、俺は「来たか!」と体をそわつかせる。
「ど、どんなことをするんですか……?」
「会長、私も初耳ですが」
大きな瞳をパチパチと瞬かせる雨宮さん(可愛い)と、まだ知らなかったらしく眉を寄せる雲雀。
会長は春風の如き微笑みを絶やさない。
「新しい生徒会メンバーで、プールに行くなんて素敵じゃない? 七月の最終日に、うちの親族が運営する大型プール施設がリニューアルオープンするの」
なんかもう、このあたりの事業は軒並み彼女の一族が牛耳っている気がする。悪の組織かな。
会長が「そこで過ごしたら、最高な一日になりそうじゃない?」と、俺に目配せする。交流会が決行されるかどうか、重要な局面だ。
ゲーセン帰りに交わした会話を思い出す。
俺と会長の取引内容は……。





