19 会長様とゲーセン
「あー! 落ちた、落ちたわ! あとちょっとだったのに! 晴間くん、この機械はカードか小切手は使えないのかしら?」
「小銭オンリーです……クレーンゲームなんで」
店内は雑多な音であふれ返っている。筐体のガラスを覗く会長のお金持ちボケに、俺は律義にツッコミを入れた。
ここはゲームセンター。
スタジオから徒歩三分と近く、ビルの狭い一階にクレーンゲームやプリクラ、音ゲーの機械などが犇めくように置かれている。
会長は入店時からはしゃぎにはしゃぎ、すでにあらゆるゲームで遊びまくった後だ。天才肌な彼女は、初めてやるはずの格ゲーで奇跡のコンボを決め、モグラを叩くゲームでは最高点を叩き出した。
ただクレーンゲームとは相性が悪いようで、先ほどから課金を続けてもマスコットが取れないでいる。
「もう諦めましょう……こういうの、簡単には取れないようになっているんですよ」
「夢がないわねぇ」
「そんなものです」
それでも会長は諦めず、クレーンゲームにお金を落としまくって、辛うじてショボい景品をいくつか取った。
彼女はそれでも満足せず、ノリノリで俺の腕を取る。
「ほら、まだまだ時間が許す限り遊びましょう!」
「はいはい……」
その後も会長はダンスゲームやシューティングゲームなどでも遊び倒した。
会長はプリクラも撮りたそうだったが、これは雨宮さんに悪い案件だということでナシに。だいたい俺たち、さっきまで写真はプロにカシャカシャ撮られていたしな。
どちらも偽りの姿で、だけど。
思えばただゲーセンで遊んだだけで、そのへんの『お話し合い』は会長と微塵もしていない。
「それでどうして……あー、会長は男装してメンズモデルを?」
スタジオへの近道を選んで、細い路地を並んで歩く。大通りより陽が当たらずほんのりと涼しい。
人気のない道を行くのは、俺たち以外では野良猫くらいだ。
「あら、聞きたい?」
「聞くために出掛けたんだと思っていました」
「出掛けたのは単に、私が晴間くんと遊びたかったからよ」
ペロリと、会長は赤い舌でアイスキャンディーをひと舐めする。
汗ばむ俺たちの手には、同じアイスの棒が握られていた。俺がクレーンゲームのアイスキャッチャーで取ったもので、会長はスイカ味、俺はパイン味だ。
会長いわく『食べ歩き』も庶民への憧れのひとつらしい。
「私が男装を始めた理由なんて、なんてことないのよ。強いていうなら、当てつけ? 報復? 復讐?」
「単語がなんてことなくもなさそうですが?」
「面白くもない話よ」
カラコンで黒くした瞳を細め、会長はつまらなさそうに語ってくれた。
彼女の父は祖父の代から続く『神風リゾート』のトップ。日本各地に点在する高級旅館や有名ホテルの元締めで、他にも美容や福祉、飲食や農業と幅広い分野の多角経営で成功を収めている。経済界の大物だ。
しかし会長は性別が『女である』というただそれだけで、父の不興を生まれた時から買っていた。
父は跡継ぎ問題にうるさく、子供には男子をご所望だったらしい。期待に反して生まれた会長に「どうして男じゃないんだ」とか「お前が男だったら……」とか、事あるごとに文句を吐いたという。
「何時代よって感じよね」
会長は忌々し気に吐き捨てた。
挙句、男児として生まれなかったなら、せめて完璧な淑女でいろなど勝手な要望を押し付けられたらしく……。
俺は月並みな感想だが「大変だったんですね」としか零せない。
そこで会長はニッと笑顔を見せる。
「でもね、運命の出会いがあったの……。晴間くん、あなたよ」
「へ?」





