1 新たな予感
「だーかーらー! あの今メンズ界で超話題のイケメンモデル『hayate』から、ぜひぜひコラボ撮影をお願いしたいって依頼がきたの! これは近年一番の大仕事よ、コウちゃん!」
「……えー、うん」
放課後の学校、正面玄関口。
そこで俺は下駄箱に背を預けて、スマホで美空姉さんと通話をしていた。待ち人が来るまでの間だけ……と最初に俺が言っておいたからか、電話の向こうの美空姉さんはやたらと早口だ。
いや、単に興奮状態なだけかもしれないが。
「もー! なんでそんなに反応薄いの! 『hayate』よ、『hayate』! 数いるメンズモデルや俳優、男性アイドルを押し退けて今季の女性人気ブッチぎりの一位! 『付き合いたい男』やら『抱かれたい男』やら、あらゆるランキングでも上位をかっさらって、『世界一カッコいい』ってどの雑誌にも書かれている彼から、hikariさんとぜひって直接のオファーなのよ!? 普通の女の子なら泣いて喜ぶ案件なんだから!」
「姉さん……忘れてるかもしれないけどさ、俺は一応男なんだぜ」
「でもイケメンとのコラボ撮影よ? テンション上がるでしょ?」
「上がんねぇよっ!? むしろ下がるから!」
つい大声でツッコミを返してしまい、前を通りかかった男子生徒がビクッと肩を揺らしていた。隣のクラスの吉村だ。
すまん吉村、無視してくれ。
――メンズモデルの『hayate』といえば、姉さんの言う通り現在、世間の注目を一心に集めている男だ。
名前が現れたのはhikariより少し後くらいか。
整った甘いマスクと抜群のルックスを誇り、まさに王子様のような見た目で、瞬く間に女性からの圧倒的支持を得てしまった。その人気はとどまることを知らず、彼を雑誌やWEB上で見ない日は来ないくらいだ。
そんなhayateだが、素性は正確な年齢も出身も、ほぼほぼ今のところ明かされてない。事務所側がSNSでふざけて出した「実はお忍びで日本に来た某国の王子様なんです」という冗談だけが、マジなんじゃないかとまことしやかに囁かれている。
王子様説、さすがに俺は信じてないけどな。
まず某国ってどこだよって話。
俺だってデビュー当初、そのあまりの可愛さから「hikariはお忍びで日本に来た某国のプリンセス」なんて噂がネットで流れていたし。
そして、『hayate』についたあだ名は『世界一カッコいい男の子』だ。
そう……なんか全体的に、hikariと被っているのである。
今や女性人気一位は『hayate』、男性人気一位は『hikari』。
世界一カッコいい男の子は『hayate』、世界一可愛い女の子は『hikari』。
しかも共に同性からも、憧れの存在として一定以上の支持がある。
その彼らのコラボとくれば、確かに世間は大騒ぎになるだろう。これまでhayateもhikariも、誰ともコラボなどしてこなかったし、男女仲を勘ぐる要らぬ憶測まで飛び交いそうだが、それよりも単純に素晴らしい組み合わせなことは間違いない。
話題性は十分すぎるほどだ。
しかし、気は進まない。
「イケメンは御影だけで腹いっぱいだよ……男の俺が、イケメン死すべしと怨嗟を持ってhikariから出てきそうでさ……」
「あら? hikariじゃないコウちゃんだって、ちゃんとイイ男よ。顔は地味だけど」
「地味なんじゃん」
「もう、そこからいくらでも生まれ変われるんだからいいんでしょっ!」
そういうものだろうか?
腑に落ちない。
「いい? hayateとのコラボが嫌だっていうなら、前に話していたhikariの相方候補を、コウちゃん自身が一刻も早く見つけてきて! 私も探しているけど、ビビッと来ないのよ、ビビッと!」
「まだ生きてたんだな、その案件……」
俺は下駄箱により体重をかけて、以前にも打診された『hikariの相方候補』について考えてみる。有力候補に虹色ハナコが一瞬あがったこともあるそうだが、あのワガママ娘は「hikariとなんて、私が目立たないからイヤ!」と断ったそうだ。
俺だってイヤだけどな! 舐めんなよ!
それにhikariの相方なんて、俺に並ぶくらい可愛くないといけない。
そう、俺のか、か、か、か……彼女、くらいに!
「まあ、お仕事のことはこのくらいにして……コウちゃん? おねえちゃんに、なにか報告があるんじゃないかなぁ?」
ほら、噂をするとなんとやらだ。
美空姉さんは這い寄る蛇のような声を出す。





