22 雨宮さんとワンピース
さすが用意のいい雨宮さんは、提げているかごバッグの中に折り畳み傘を忍ばせていたようだ。
俺があげた雫型のピンで前髪を留めて、ミディアムボブの髪はおそらくふんわり内巻きにしている。服装はノースリーブの白いワンピースに、薄手のベージュのカーディガン。足元のウエッジソールの厚底サンダルは黒で、全体のファッションをきゅっと引き締めている。
いつぞやのとんでもファッションから進化を遂げた、あまりにも清楚かつ華麗な雨宮さんの姿に、俺は全力疾走してきたからだけではなく、心臓がドキドキ苦しくなった。
可愛い、どうしよう可愛い。
というか、あの襟付きのマキシ丈で、裾にさりげなく花柄レースを取り入れた、『可愛らしさ』を前面に押し出したデザインのワンピースは……。
「は、晴間くん! 濡れているよ! 傘、早く傘に入って!」
「へっ?」
つい雨宮さんに見惚れていた俺は、名前を呼ばれてハッとなった。
駆け寄ってきた彼女は、慌てて俺に傘を傾けてくれる。身長差で持つのもツラいだろうから、俺は反射的に柄を預かった。
手が空いた彼女はすかさず、バッグからハンカチを取り出すと、俺の濡れた髪を背伸びして拭こうとする。
柔らかな感触が俺の全身に当たって、ピンク色のリップを塗った雨宮さんの唇が眼下に映る。
い、いやいやいやいや……!
狭い傘の中で相合傘、しかもこの距離で密着するほど体を寄せられたら、いろいろとマズイだろう。
雨宮さんは必死なためか、現状をわかってなさそうだが……このままだと俺、死にます。
死因:雨宮さんの可愛さ。
「あの、雨宮さん! 拭いてくれるのは有難いけど、さ、さすがに近いかなって……!」
「え……? ひゃっ! ご、ごめんなさい!」
堪らず叫べば、雨宮さんは爆発したように顔を真っ赤にして、ピャッ! と驚いた猫みたいに距離を取った。といっても、傘の中にはいるわけだから、肩が触れ合う近さなことは変わらない。
とにかく告白……いや待て、心臓を落ち着かせてからだ。
雨宮さんだってホラ、インターバルが欲しいだろうし、うん。
俺はまず、気になっていることを確かめてみる。
「ええっと、そ、そのさ、白いワンピースってもしかして……hikariがモデルデビューしたときに着ていたやつじゃないか?」
「あ……さすが晴間くんだね。すぐにわかった、かな?」
「そりゃもちろん」
俺が姉さんに女装をさせられるキッカケとなった、とある年のアメアメの夏の新作ワンピだ。飛ぶように売れて、hikariの名と共に有名になったことは今でも鮮明に覚えている。
でも、どうしてそれを雨宮さんが……? 私物で持っていたのか?
聞けば、雨宮さんはフルフルと首を横に振る。
「実はこれ、小夏ちゃんが貸してくれたの」
「小夏……っていうと雷架か」
あのアホ娘が? という言葉は呑み込む。
「昔ブームに乗って買ってみたけど、自分には似合わなかった服があるって。アマミンには似合いそうだからって……それで」
「ああ、まあ……スポーティーファッションが好きそうな雷架には、そのワンピースはイメージとズレるかもな。アイツもまったく似合わないこともないだろうけどさ。ブームに乗って買うってところが、雷架らしいけどな」
「ふふっ、そうだね。私には……どうかな? 似合っている?」
雨宮さんがハンカチを持ったまま、スカートの裾をそっと摘まみ上げる。
少し恥じらった様子も可愛すぎて、俺は「最高だ! 雨宮さんのために作られたワンピースだ!」と大声で叫んでしまった。
周囲に人、誰もいなくてよかった。
「……晴間くんたら。お、大袈裟だよ」
嬉しそうに「でも、ありがとう」とはにかむ雨宮さんに、俺は胸が高鳴って仕方ない。
動悸は収まるどころか悪化していないか……?
雨の中でも、傍の噴水は見事な飛沫を上げ続けているが、俺には雨宮さん以外視界に入らなかった。彼女の周りだけ、こんな悪天候でも明るいから不思議だ。
「そもそもね、この服を借りたのも……雷架ちゃんが『あるジンクス』を教えてくれたからなの」





