20.5 雲雀さんのふたつの秘密
雲雀視点です。
私・雲雀鏡花にはふたつの秘密がある。
ひとつは、他者から勝手に決めつけられた『クール』やら『知的』やら、意味不明な『毒舌の暗雲姫』などというあだ名に反して、可愛いものに強い憧れがあるということ。
特にロリータ服には夢しかない。
ブランドは『キャンディインザキャンディ・PINK!』が一番ですね。
キラキラ、ふわふわ、まるでお姫様みたいで、私の思い描く理想の『可愛い』が詰まっているのだもの。
他者からのイメージの押し付けだけでなく、厳格な母になにかと制限されてきたことで、溜まりに溜まっていた私のフラストレーションを、可愛いお洋服は手に取るだけで癒してくれた。
……そう、はじめは手にとってみるだけでよかったのに。
私に似合わないことは百も承知。
それでも着てみたくなって、着て外を歩いてみたくなって、誰かに見て欲しくなって、私はそちらの界隈に身をズブズブと沈めていった。
そんな折に開催を知ったのが、『集まれ! ロリータガール! 一番可愛いのはあなた★ コーディネートコンテスト』でした。
自分を隠して押し殺してきた私が、一大決心で参加を決めた。
一度でいいから、私の『可愛い』をいろんな人に認めてもらいたくて。
まさかこのコンテストに向けて……晴間先輩が手伝ってくれることになるなんて、予想だにしなかったけど。
晴間先輩は、一言で現すなら変人です。
まず、れっきとした男性でありながら、彼は『あの』hikari本人だというのだから、変も変。変の極みでしょう。
hikariの存在は、SNSなどに興味がない私でも知っている。空前絶後の支持率を誇る『世界一可愛い』と噂のモデル。
……まあ、確かに女装した先輩は、悔しいけど可愛かったです。
私の憧れ、そのものの『女の子』でした。
そうして、あれよあれよという間に、ふたりでコンテストに挑むことになって……やっぱり先輩は変だった。
まずは私の趣味や求める可愛いさを、絶対に否定しない。
勝手なイメージの押し付けもしない。
ファッションのことだけでなく、ライターになりたいという夢のことも、ひたすら褒めて肯定してくれる。
それが嫌味や媚がなく、自然というか……私の周りにはいなかったタイプの男性でした。
hikariになったときに魅せる強い輝きと、普段の素朴だけど飾らない優しさ。
ーーそれに気付いた時には、もうダメだったのかもしれません。
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「はあ……本当に損な役回りですよ、もう」
ひと波乱あったらしいイベントタイムが、モデルの代理を引き受けた晴間先輩の、いえ、hikariの活躍によって大成功をおさめた後。
女装を解いた先輩があわただしく会場から出ていく姿を、私は楽屋前の廊下の窓から、なんとも煮え切らない気持ちで見送りました。
「雨宮先輩に会いに行くのに、あんな必死な顔されたら……やっぱり敵いませんよね」
しかも無自覚だったところ、私がわざわざ自覚までさせてしまって。
あまりの鈍さ加減に焦れて指摘してしまったけど、後悔は少なからずある。
指摘せず無自覚のままにしておけば、私にもまだ希望があったのかな……なんて。
私らしくない。
私のもうひとつの秘密……それは、晴間先輩に、最初から失恋確定の恋なんてしてしまったことだ。
彼が特別『可愛い』と思うのは、たったひとりに対してだと嫌でもわかっていたのに、ままならないものです。
またその『たったひとり』のお相手も、私から見ても文句なしに可愛い女性なのですから……。
心の底から、やってられない。
「……でも、あの魔法は私だけのものですし」
ステージに上がる前に、晴間先輩が励ましてくれたことを思い出す。私にはあれだけで十分。
いえ……それは少しウソをつきました。
まだ先輩を諦められない気持ちはあるので、もうちょっとだけ、彼を想っていようかと。
例えば、本当に例えばいつか。
hikariと、モデルデビューでもこのまましそうな雨宮先輩が、ふたりそろって雑誌の巻頭にでも載った日には、私がその記事を書いて、おふたりに笑ってもらって……それでようやく諦めがつく気もします。あくまで未来の妄想、ですけどね。
「……ああ、そろそろ結果発表でしょうか」
フィッと、窓から視線を逸らす。
とっくに晴間先輩の姿は眼下にない。
とにかく今は、迫るコンテストの結果発表に集中しようと、私はみっともなくも泣きそうな涙腺を引き締め、無理やり口角を上げた。
私は笑った方がもっと可愛い。
そうですよね、先輩?





