19 一歩進む時
「うーわー……マジか光輝くん。今はhikari? どっちでもいいけどね、おねえさんはドン引きだよ。君さぁ、自分の気持ちに鈍すぎない? それも『自分可愛い病』の症状のひとつ? 知っていたけど重症だね。元凶は社長だけど。雫ちゃんに同情するよ……」
「なんなんスか、さっきから。雨宮さんがどうして出てくるんですか」
わけがわからず、鏡に写る俺もムッスリ顔になる。
おっ、この表情もアンニュイさがあって可愛いじゃないか。さすが俺。
うん……これこそが、ココロさんの言う俺の持病だが。
「じゃあいくつか質問するけど……あ、時間が迫ってるから、手短に答えてね? 君は雫ちゃんのことをどう思ってる?」
「世界一可愛い」
「笑っている雫ちゃんを見たら?」
「一生守る」
「じゃあ、もし泣いていたら?」
「俺も泣きそう……だけどまず理由を聞いて、慰めるとか励ますとか……。もし泣かした相手がいるならシバきます」
「あら、存外男前。じゃあ、雫ちゃんとずっと一緒にいたい?」
「ずっと一緒に……」
俺は鏡の前でしばし考える。
雨宮さんといると、自分の知らなかった、たぶん眠っていた感情が無理やり揺さぶられて起こされて、わりと戸惑うことは多い。本当に、hikariを超える可愛い女の子なんて、出会ったのは雨宮さんが初めてなんだ。
だけどその戸惑いは悪いものではなく、むしろ新鮮な驚きに満ちていて楽しい。
可愛い雨宮さんの可愛さを、もっと傍で見ていたい。
つまり答えは……。
「……そうですね、ずっと一緒にいれたら幸せなんじゃないッスか」
「もう……っ! なんでそれでまだ無自覚なのかな、このお馬鹿さん! ばかばかばかばーか!」
急に怒り出したココロさんは、「私がヘアセットしてなかったら、スリッパで頭叩いているよ!」とエア素振りをする。
どうしたどうした、本日のココロさんは情緒不安定だな。
「とにかく、ヒントは出したから! 自分で気付くのはムリそうだし、あとはどっかの誰かさんに任せた、バトンタッチ! 私は道具の片付けあるから、もうさっさとステージに行って!」
「急に扱い雑ッスね……」
「引き受けてくれたことはマジ感謝しているわよ、鈍ちんボーイ! 間違えた今はガール! 最高のステージよろしくね!」
追い立てられるように、俺は楽屋から押し出された。
なんなんだ……と赤く熟れた唇を尖らせながら、ステージまでの廊下をラブリーなロリータスタイルで歩く。
通りすがるスタッフさんたちが、俺の靡く飴色髪を見て「え……ちょちょちょ、hikari!?」「なんでここに!? 出演予定あったか!?」「マジ可愛い……」と二度見するのが気持ちいい。もっと褒めていいんですよ、可愛い俺を。
「は……晴間先輩、ですか?」
「ああ、雲雀か」
悦に浸りながら進んでいたら、前方から歩いてきた白ロリちゃんは雲雀だった。
驚いたように目を丸くしたあと、冷たい眼差しで「またなにがあってそんな恰好をされているんですか。というか、言伝もなしにどこへ行っていたんですか」と淡々と尋ねられる。
もしやステージを降りたあと、俺が雲雀の楽屋にいなかったから探した……とかだよな、絶対!?
俺は慌てて謝罪し、イベントタイムで代役をすることになったと事情を説明する。
「なるほど……なんというか、先輩らしい巻き込まれ方ですね」
「俺を最初に、このロリータワールドに巻き込んだお前が言うか」
「ほぼ自ら飛び込んだようなものでしょう。私のせいにしないでください」
「……まあ、今回の代役は、雨宮さんの頼みってのもあるけどな」
あんな後押しされたら断れないだろう。
そう説明すると、雲雀はいつかも見た複雑そうな顔をする。
そこで俺は、恋する男の子がどうやら、俺が鈍ちんやら、ココロさんに散々言われたけどイマイチ要領を得なかった発言の数々を、雲雀に相談してみた。
そんな時間がないのはわかっている。
でもこのモヤついた気持ちのまま、ステージに立つのは精神衛生上よくないからな。
「それを私に聞きますか……先輩は本当に、酷い人ですね」
「えっ……」
「くたばれ」
「シンプルに暴言だな!」
しかし、俺の相談に対し、雲雀は殺意あふれる睨みをきかせてきた。清廉な『森の妖精さん』の格好をしているクセに、その殺意は歴戦の暗殺者のそれだ。
ビビッていると、雲雀は「はあー……」と地獄の底を這うような深いため息をついた。
「先輩……私は今から、『損な役回り』というものをさせて頂きます。不本意ですが、卑怯なことはしたくないので」
「お、おう」
迫力に圧倒されて、意味を理解する前に頷いてしまう。
雲雀は淡いサクラ色に塗った爪を向けて、俺を真っ直ぐに指差す。
「端的に事実を申し上げます……晴間先輩は、雨宮先輩がお好きですよね? 恋愛感情として」





