18 無自覚ですか?
「わかった……雨宮さんがそこまで言うなら、代役を引き受けるよ」
俺の承諾に、雨宮さんより先に反応したのはココロさんだ。
「よっしゃー!」と雄叫びをあげて、金髪のサイド三つ編みを跳ねさせる。
「ありがとう、ありがとうね、雫ちゃん! hikariの出番が終わったら、秒で光輝くんに戻してそっちに行かせるから! あ、また今度雫ちゃんも変身させてね! お姉さんがんばっちゃう!」
『は……はい! お忙しくなければまた……!』
「忙しくても、無償でメイクもヘアアレンジもするから! hikariに負けないくらい可愛くなろうね!」
バカだなあ、ココロさん。
すでに雨宮さんは、俺を可愛さで超越しているというのに。
一頻り喜び終えたココロさんは、関係各所にか連絡をスマホで始める。俺も切る前に、雨宮さんにもう一度「必ずこっちが終わったら行くな」と念を押しておいた。
『うん、待っているね。晴間くんに……どうしても、伝えたいことがあるの』
そこで通話は終わった。
俺が雨宮さんに想いを馳せる間もなく、ココロさんにガシッと腕を取られる。
「さあさあ、お着替えの時間だよ光輝くん! 出番はすぐそこ、君をとびっきり最高のロリータガールにしてあげる!」
「やっぱりロリータ着るんスね……」
あれよあれよという間に、本来は虹色ハナコが使うはずだった楽屋へと連行された。
目の前に突き出された服は、雲雀が着た白を基調としたロリータ服に似ていたけど、真っ赤なハートが山ほどあしらわれている。頭に乗っけるミニハットにも、巨大なハートを持ったウサギちゃんのぬいぐるみが縫い付けられていた。
つまりはコテコテのラブリー路線。
これは……確かに着こなすには、少々覚悟がいるな。
「なんかねー、虹色ハナコったらこういう路線、もう卒業したいんだって。もっとカッコいい女子に転換したいって希望、前から話していたみたいで」
「へえ……真逆ですね、今のあざカワ路線と」
ハナコ本人は最初からそっちでやりたかったのに、事務所が無理に今のイメージ戦略を強いたパターンかな。業界ではよくあることだ。
だからって、仕事のボイコットは絶対にダメだけど……ハナコも苦労してんのかな。
「今はハナコのことは置いといて! とりあえず秒で着替えちゃって! その後にヘアアレンジとメイクするから! あ、hikariの飴色髪のウィッグも、今アシスタントに持って来させているし!」
いつも以上にテキパキ動くココロさんに、俺も急かされつつもhikariへと変身していく。
程なくして壁にかかった全身鏡の前には、長い飴色髪をふんわり靡かせた、世紀の美少女が立っていた。ハートだらけのロリータ衣装も難なく着こなしているし、珍しく真っ赤な口紅にグロスを乗せた唇は、ちょっぴり色気のある小悪魔的な魅力も醸し出している。
「相変わらず……可愛すぎるだろう……俺」
うっとりする俺に、ココロさんはもはや御影のようにツッコむこともなく、「やっぱり今の歴史を作る、最高のモデルはhikariしかいないわ! そして私も会心の出来!」と胸を張っている。
「ステージに立ったら、パフォーマンスとかは特にしなくていいから。イベントタイムはモデルさんのお披露目がメインだからね。でもだからこそ、存在だけで魅せて欲しいっていうか……」
「得意技です」
「うん、さすがの自信だね! ちなみにコーデ全体のテーマって教えたっけ?」
そんなものあったのかと初耳のため、俺は首を横に振る。だがどんなテーマだろうと、俺に体現できないはずがない。
そう、自負していたんだけど……。
「テーマはねぇ、『恋する女の子』だよ!」
「……恋する?」
ドクリと、心臓が大きく跳ねる。
その単語ひとつがやけに引っ掛かる。
そしてなぜか、唐突に過ったのは雨宮さんの可愛い顔で、んん? と首を傾げてしまう。
「まあ、『恋する男の子』な光輝くんには問題ないよね!」
「俺……恋なんて生まれてこの方、したことありませんけど」
「ちょっとぉ、おねえさんにそんな誤魔化しはもういいって! 鈍い通り越して恋愛回路が死んでるさすがの光輝くんも、自分の気持ちにいい加減向き合ったでしょ? むしろもう付き合ってるから、この後デートに行くんじゃないの?」
「えっ? いやいやいや、マジでわかんないッス。なんの話ですか」
「へ……」
俺の本気のキョトン顔に、からかいモードだったココロさんは一瞬、真顔になる。
次いで楽屋に響き渡るビックボイスで、「ウソでしょっ!? まだ無自覚なの!?」と叫んだ。
耳がキンキンします、ココロさん!





