9 雨宮さんのお願い
なんだ?
この浮かれたコンテストは。
チラシに軽く目を通せば、要は一番『可愛い』ロリータガールを決める、一般人向けのコンテストのようだが……。
「これに出るのか? 雲雀が?」
「……いけませんか」
「いけなくないから睨むなって! むしろ俺はいいと思うぞ、こういうの。可愛いさにあえて優劣をつける、素晴らしい趣旨の祭りだ。俺が出たら確実に場を荒らすな、可愛いすぎて」
「先輩もたいがいおかしいですよね」
クリームソーダをすする雲雀に失礼なことを言われたが、このくらいで傷つく精神は持ち合わせてないぜ。
パッと、雲雀の唇がストローから離される。
「別に先輩のようなモデルになりたいとか、そんなことは考えていません。……将来の夢は、別に一応ありますし。ただこのコンテストで、自分の趣味に自信を持ちたいというか……一度だけでいいから、とびっきりの『可愛い』を目指してみたいんです。そして誰かに、認めてもらいたい」
「雲雀……」
上向きの睫毛がフルリと揺れる。
俺は雲雀の切実なその想いに感銘を受けた。
世界の可愛い代表・hikariとして、可愛くなりたい女の子は全面支援しなくてはいけないと、妙な責任感がムクムクと沸いてくる。
「そ、それで少し、先輩にアドバイスをもらえたらと……」
「いや、どうせやるなら天辺を目指そう、雲雀」
「……は」
ガシッと、俺は雲雀の白魚のような手を取った。
雲雀は怜悧な印象のツリ目をまん丸と見開く。そうすると大人びた綺麗系の美少女フェイスが、少し幼い印象になる。
「俺が全面的にバックアップしてプロデュースする。hikariのプロデュースだ、コンテスト一位の座を必ずお前にやってみせる」
「そこまでしなくてもいいのですが……ま、まあ、先輩が進んで手伝ってくださるというのなら……」
ハキハキ喋る雲雀らしくなく、ごにょごにょと「よろしく、お願い、します」と頼まれる。
ああ、任せろ。
俺は可愛くなりたい女の子の味方だ。
――こうして俺は、コンテストで結果を残すまで、雷架の次は雲雀と、またもや四大美少女の手助けをすることになったのだ。
※
ざわざわと放課後になってやかましい教室。
じゃあなと御影と手を振り合い、一方的にブンブンと元気いっぱいに手を振ってくる「小学生か?」と突っ込みたくなる雷架に苦笑で返し、俺は雨宮さんと当たり前のようにふたりで下校する。
今日の空模様は小雨だから、俺も雨宮さんも傘をさして移動中だ。
「そ、それでね、そのとき澪ちゃんがね、霞ちゃんにボディーブローを決めようとしたんだけど、霞ちゃんは華麗に避けて足払いをかけて、マウントをとろうとしたところでやっと、慌てて零くんが止めに入ってくれたの」
「プリンひとつを勝手に食べられたってだけで、そんな血の気の多い喧嘩もするんだな、雨宮さんツインズは……」
雨宮さんが姉弟の微笑ましい……いや、わりとバイオレンスな喧嘩エピソードを話して、俺は歩きながらその話に耳を傾ける。
姉弟が大好きな雨宮さんは、内容はどうあれ一生懸命に語るから可愛い。
とても平和だ。
「あっ、ご、ごめんね! また私が好きな話しちゃって……つまんないよね?」
「いや、いいよ。雨宮さんの話なら俺は永遠に聞けるし」
素直な返答をしただけだが、雨宮さんは「晴間くんって絶対にモテるよね……」なんて柔らかな頬をほんのり染める。
モテないけどな。
ただの晴間くんは。
「そういえば晴間くんに、私のお家に来て欲しいって話なんだけど……ほら、この前の日曜日は、晴間くんが忙しかった日の……次はいつなら空いているかな?」
おずおずと傘の下から、不安そうに聞いてくる雨宮さんに、俺は即座に「いつでも!」と答えたくなった。
ただでさえもう一回すでに、仕事でロリータを着るために雨宮さんからのお誘いを断っているのだ。重罪だ。すでに極刑が確定しているくらいの。
だけどまた、またまたごめん、本当にごめん雨宮さん……!
「それがな、しばらく予定が空きそうになくて……」
「も、もしかして、お仕事がとっても忙しいのっ? 大丈夫?」
「仕事、では、ないんだけど……」
そう、仕事じゃない。
ただしばらくは、意外と近かったコンテストの一次審査の〆切日までに、雲雀を完璧な『可愛いロリータガール』にするために時間を使わなくていけないのだ。
プロデュースすると約束したからには、手を抜けない。
でも雲雀のことは秘密だから、雨宮さんに事情を説明できないのが苦しいところだ。
優しくて聡い雨宮さんは、そんなの俺の苦悩も察して控え目な笑みを作る。
「無理に理由は言わなくていいよ。ざんねん……というか、ちょっとさみしい、けど、予定が空いたらまたお願いしたいな」
「それはもちろん!」
「で、でもあのね、ひとつだけワガママ言ってもいいですか……?」
「なんでも言ってくれ!」
「どうしても再来月の三週目の土曜日だけ……そこだけは、私と一緒に行って欲しいところがあるの。ダメかな?」
再来月の三週目の土曜日?
わりと先だが、なにかあるのか? その日。
わからないけど、コンテスト関係も一次審査が終わればいったん落ち着くだろうし、仕事もいまのところない。
「わかった、死んでも空けとくよ」
「し、死なないでね! ありがとう、じゃあその日はよろしくね」
そう言う雨宮さんの瞳には、なにやら決意のようなものがこもっていた。





