7 雲雀さんと喫茶店。
なにはともあれお仕事優先、ということで、俺は不思議の国のアリスちゃんに変身した。
白エプロンつきのロリータ服に、足には白と水色のしましまのニーハイ。
アリスといえば金髪だろうが、hikariの飴色の髪色だけは変えられないのでそこはそのままに、飴色ロングヘアーにふんわりウェーブをかけ、頭には水色のドでかいリボンを装着した。
ヤバい……まさに絵本の中から飛び出してきた美少女……さすが(雨宮さんは規格外として)可愛いを極めた俺……可愛い。
俺の仕上がりを見たメロリンさんは、「うちの服をこんなに着こなすなんてやばーい! 男の子だなんて信じられない!」と大興奮。
遅れてきた顔馴染みのカメラマンさんも「hikariちゃん、ロリータ界にもhikari旋風を巻き起こしちゃうねえ!」と褒めまくり、撮影は着々と進んでいった。
唯一気になることといえば……。
(雲雀、見すぎなんだが……!)
撮影中、雲雀が俺をずっと、穴が空くほどガン見していたことだ。
彼女も変身した俺と対面した際は、純粋に驚いているようだった。まあ、元の俺を知っていて、そこからのhikari姿を初見ならままある反応だ。なのでそこはいい。
だが驚きを引っ込めたあとも、雲雀から突き刺さる視線が痛い。
しかもなんか、やけに熱が籠っているような……雲雀の考えがわからない。
あれはどういった感情で俺を見ているんだ?
「はい、撮影終了! お疲れ様、hikariちゃん!」
雲雀の剣山みたいな視線にも耐え切り、無事に俺は仕事を終えた。あとはちゃっちゃか着替えて退散するのみである。
この際だ。
俺の秘密も雲雀の秘密も、明るみにでなければもういいから、雲雀が怖すぎるのでいったん逃げることにする。
一度逃げてからもろもろ対処を考えよう、うん。
メロリンさんやカメラマンさんへの挨拶もそこそこに、俺は雲雀がどこかに行っている隙を狙って、裏口から店を出ようとする。
よし、このままいけば逃げ切れ……。
「なにを勝手に帰ろうとしているんですか、先輩? 逃げないでくださいねって言いましたよね」
……ませんでした。
俺の行動を読んだように、裏口にはすでに腕を組む雲雀が待ち構えていた。
彼女も着替えを終えていて、ふわふわあまあまなロリータ姿から一転、シンプルな黒のクラシックシャツに、グレーのタイトロングスカートを穿いた色のない非常に大人びた格好をしている。
クール系女優のオフショット、って感じだ。
こちらの方が雲雀のイメージには合うが、先ほどの『ピンク! ピンク! ピンク!』な姿が俺の目には焼き付いているため、脳内がバグを起こしそうである。
そこは俺、人のこと言えないんだけどさ!
「このあと時間はありますか? ああ、なくても作ってもらいますが。どこかゆっくり話せるところに行きましょうか」
「え、あの、雲雀……」
「なんですか? もたもたせずさっさとついてきてください。先輩はカメかカタツムリかミミズですか」
「ミミズはわりと動き早い気がするぞ! じゃなくて……!」
「いいから歩け」
「はい」
俺って先輩だよな?
という心の問いかけも虚しく、雲雀に付き従って訪れたのは、近くのレトロな雰囲気の喫茶店だ。
チョビ髭のマスターがいて、淹れるコーヒーは確実に美味しいだろう店。そこの窓際の席に、雲雀と向かい合わせに座る。
近くの席でPCを打つサラリーマンが、雲雀を一目見て「うわ、めちゃめちゃ可愛い」と呟いたのが聞こえた。
見目はさすが、我が校の四大美少女だもんなあ……。
雨宮さんが一番だけどさ。
「先輩、これメニューです。なにか好きなものを頼んでください。お会計は付き合わせた私が持ちます」
「えっ、いやいや悪いって! むしろ俺が払うから!」
メニューを差し出して雲雀がそんなことを言うので、俺は首をブンブン横に振った。
雲雀は冷めた目を俺に向ける。
「なんですか? 女性の前だからとカッコつけたいだけなら、私はそういった考えは鬱陶しいとしか思わないので。こちらだって無理やりここに付き合わせたことくらい、わきまえていますよ。侘びに支払いくらいします。変な男のプライドを見せられる方が迷惑です」
「いや、女性の前だからとか、男のプライドとかじゃなくて! 強いて言うなら先輩のプライドだ! 俺は後輩に奢らせたりしないぞ!」
「先輩のこと『先輩』って便宜上は呼んでいますが、別に先輩を先輩として敬ってはいないのでその気遣いも不要です」
「ああ言えばこう言うなあ、お前!」
結局、口論の末に自分の支払いは自分ですることに落ち着いた。
雲雀は怖いだけじゃなく、なかなかに面倒なやつだ。
俺にはアイスコーヒー、雲雀にはメロンソーダ(これまた意外なチョイスで驚けば睨まれた)が来たところで、ようやく本題に入る。





