6 雲雀さんは怖い
後輩女子に壁ドンされながら、俺はまさに蛇に睨まれたカエル状態。情けなくも指一本動かせない。
だって雲雀の鋭い睨みが怖いんだもの。
確実に二、三人は過去に殺ってるよ、この子。
「聞きたいことは互いにあるでしょうが……そもそもどうして、晴間先輩がこんなところにいるんですか? 今日はモデルのhikariさんが来られると聞いていたのですが。それにその手にしている服、hikariさんが着る予定のものなのですが?」
俺はhikariの正体がバレたかと危惧していたが……そうか、俺はまだhikariに変身していないじゃないか!
今はありのままの俺だ。
雲雀からしてみれば、ただの同じ学校に通う知り合い未満の先輩が、フリフリのアリス仕様のロリータ服を着替えようとしていただけだ。
……その時点でアウトだな!?
でもまだ誤魔化せる! 俺はhikariじゃない!
「あ、ああー……これはだな……」
適当に「お前と同じ手伝いを頼まれて」だとか、「迷い混んだだけなんだ、アリスだけに、ははっ」だとか、それらしい言い分けをでっち上げようとする。
しかしながら、思わぬところから刺客がやってきた。
「hikariちゃーん! あっ、まだ光輝くんのままかしら? アリスのお洋服見た? 女装男子の君から見ても、とってもとってもキュートでしょー! うちのイチオシ商品になる予定なのよっ!」
全身ストロベリーなメロリンさんが「わざとなのか?」というくらい、俺の正体を普通に口にしながら入室してきたのだ。
雲雀が「hikari……? 晴間先輩が?」と、驚き半分、訝しげ半分の表情で眉を寄せる。
ああ、もう誤魔化せない。
「んん? あらまあ、なにこれどういう状況? ヒバちゃんが光輝くんに迫ってる? ふたりはお知り合い?」
『ヒバちゃん』とは雲雀のあだ名か。
これまた普段の雲雀とはかけ離れたフラットなイメージの呼び名で、学校の奴等が聞いたら一様に戸惑いそうだ。
「……学校の先輩です」
「あ、あら、そうなの?」
俺に壁ドンしたまま、淡々と答えた雲雀。
対してメロリンさんは、露骨にオロオロしながら俺に視線を遣る。
「ご、ごめんなさい、まさか知り合いなんて……! hikariちゃんのこと、知人には知られたくなかったわよねっ?」
「それは、まあ……」
「大丈夫ですよ。私は人の秘密を吹聴なんてしませんから。今だって快く彼の着替えを手伝っているところでした。ねえ、先輩?」
俺の返答を遮って、いいから話を合わせろと雲雀が圧力を掛けてくる。
「他人の秘密を言い触らすなど、人間の行いとして底辺もいいところ。クズでカスでゴミがすることです。先輩もそう思いますよね?」
それは言外に、『私のこの格好のことも言い触らしたらどうなるかわかってんだろうな』という脅しだった。
やはりこの睨み、殺し屋のそれだ。
俺はコクコクと頷くことしかできない。
クズでカスでゴミで底辺でもないです、はい。
「ああ、それならよかった。じゃあ光輝くんは早く着替えてきてね! ヒバちゃんは悪いんだけど、ちょっと手伝って欲しいことがあるからこっちに来てちょうだい」
「……わかりました」
やっと壁ドンから解放される俺。
しかし雲雀はそのピンク色の唇を近付けて、俺の耳元でそっと囁いた。
「事情はあとでお聞きしますから。……逃げないでくださいね?」
フリルいっぱいのスカートを翻し、雲雀はメロリンさんと部屋を出ていった。
ひとりきりになった室内で、俺は壁に背を預けたままズルズルと座り込む。
「こ、こえぇ」
さすが毒舌の暗雲姫。
あの告白して散った男子、改めてよく立ち向かったよ。
「でも俺の事情を話すなら、雲雀の事情も聞けば教えてくれるかな……」
雲雀があんな格好をしている理由。
まあ単純に趣味かもしれないが、それにしたって意外な一面を持っていた彼女の話を、俺も素直に聞きたいと思った。
だけど今は、優しい雨宮さんに癒されたい。
これから仕事なのにもう俺はくじけそうだよ、雨宮さん。
「が、頑張って、晴間くん!」と、俺を励ましてくれる雨宮さんの声が、幻聴だが聞こえた気がした。





