5 まさかの遭遇?
女の子のトキメキをぎゅっと集めて煮詰めた、女性向け大手ファッションブランド『キャンディインザキャンディ』、通称『アメアメ』には、実は姉妹ブランドがひとつだけ存在する。
それが、ロリータ服専門店『キャンディインザキャンディ・PINK!』である。
界隈では『桃飴』やら『ピンクキャンディ』やら言われているその姉妹ブランドは、主にお姫様のような俗に言う甘ロリ系を取り扱い、コアなファンに熱烈な支持を受けていた。
しかしながら、基本はネット販売のみで、専門の店舗はなし。
実物を手に取って買えないのがファン的には悲しいところだった。
そんな『PINK!』であるが……この度、ファン待望の独立した店舗を構えることがついに決定。
『アメアメ』本社からほど近いところに、まずはお試しに一店だけ開くことになったのだ。
俺こと『hikari』に来たお仕事は、その新規オープンの店舗に赴き、PRを兼ねた紹介写真を撮ること。
つまり。
今回のお仕事で――俺、ロリータデビューしちゃいます。
「やあだ! hikariちゃんが男の子って話、マジだったのねえ! 聞いたときは半信半疑だったけどぉ、君ならわかるわ! パッと見はそんな感じしないのに、よくお顔を見ると化粧映えも女装映えもしそうー! たのしみ!」
「は、はは。今日はよろしくお願いします」
オープン前ということで、まだclose状態の店の裏口から入れば、中は壁に虹やらペロペロキャンディやらの絵が淡い色合いで描かれ、天井からはユニコーンのオブジェが吊り下がるメルヘンワールドだった。
そこで俺は、店長のメロリンさんに迎えられた。
もちろん本名じゃない。
スタッフは全員、こういうテイストのあだ名で働く予定らしい。
メロリンさんは苺柄のフリル満点なロリータ服を着ていて、年齢は二十代後半くらいだと思うのだが、ココロさんの例もあるのでわからない。
格好は可愛いらしいが妙な迫力のある人で、第一印象は苺の化身かと思った。
それを伝えたら「せめて妖精って言ってー!」と肩をバシバシ叩かれた。
関節が砕かれるかと。
メロリンさん強い。
「お着替えは奥のスタッフルームでしてね! 着方わからないところあるだろうし、困ったらすぐ呼んで! お化粧と髪型は着替えのあとに私がするわね。あと今日はお手伝いの子がひとり来ているから、その子にいろいろ聞いてもオーケーよ!」
普段ならこういう店舗に訪問するような撮影は、事前に完璧な『hikari』になってから来るのだが、ロリータ服はロリータ服の専門家に頼もう……ということで、まだ俺は男の格好だ。
「というか、もうスタッフを雇われたんですね」
「あ、本当にボランティアのお手伝いよー? 正式なスタッフじゃないわ。『PINK!』の熱烈なファンの子で、新規オープンの件を聞いて、ぜひ手伝わせてくださいってサイトにメールが来たの。面白いから頼んじゃった」
「自由ですね……」
「ここは私のお城だもの! なにしてもいいのよー」
ウフフと笑うメロリンさんに、やはりこの業界は闇が深いとしみじみ痛感する。
「hikariちゃんの正体を言いふらすような子じゃないから、そこは安心してね! じゃあまずは変身してきてねー」
メロリンさんはオープン前でまだまだ仕事があるようで、俺をちゃっちゃっとスタッフルームに追いやった。
部屋には隅に全身鏡やハンガーラックが置かれ、ラックには水色を基調としたロリータ服がかかっていた。
不思議の国のアリス風? なのだろうか。白いエプロンデザインで、スカートの裾にはトランプやティーカップなどがデザインされている。頭につける用だろう、ドでかいリボンも一緒にあった。
「まあ、hikariには似合うだろうなあ」
想像してみたらアリスな俺、すごく可愛かった。
さすが俺だ。
でも雨宮さんにも似合いそうだ……いや、雨宮さんはもう少しクラシカルなロリータ服の方が……。
どんなロリータ服の種類があるかは、仕事前にちゃんとある程度は勉強してきている。プロなので。
そして勝手に雨宮さんに似合う服もずっと考えていた。
……っと、脱線したな。
「とりあえず着替えるか……」
アリス風のロリータ服をハンガーから取る。
そのとき、ドアがコンコンとノックされ、間髪入れずに開いて誰かが入ってきた。
「すみません、店長。小物の配置についてなんですが…………は?」
「雲雀?」
――なぜかそこにいたのは、毒舌の暗雲姫。
しかも彼女は、学校にいるときのクールなイメージとはかけ離れた、ふわっふわの姫袖に、ピンクのリボンがあちこちに点在する、甘ロリの中でもとびっきり甘いロリータ服を着ていた。
サラサラストレートの黒髪の頭には、ヘッドドレスも乗っけている。
似合っているといえば似合っているが、どことなくミスマッチ感もあるというか……中身とのギャップがでかすぎる。
「なんで晴間先輩がこんなとこに……いや」
雲雀はしばし目を見開いて固まっていたが、次いでニーハイにおでこ靴を履いた足で、ツカツカと俺に近寄ってきた。
ちょ、近い、近い近い近い!
「ひ、雲雀! 待て、ストップ!」
「ちょっと黙ってください。私のこの姿を見られて、タダで生きて帰すわけにはいかないので」
壁際まで追い詰められ、縮こまる俺の横の壁に、雲雀がダンッ! と思い切り手をついた。
まさかの逆壁ドン。
俺、後輩の女の子に壁ドンされてる!?





