4 雨宮さんと下校。
「えっ、じゃあ私の下駄箱に入っていたあのお手紙って、生徒会さんからだったんだね」
「ああ、書記をやっている雲雀からだってよ」
雲雀との一悶着を経て、日直を終わらせた俺は現在、夕暮れの中を雨宮さんと下校している。
道が途中まで一緒なだけだが、肩を並べてゆったり歩くこの時間は癒しだ。雨宮さんの手入れするようになったミディアムボブの髪が、茜色の陽に照らされて淡く輝いている。
髪からふわりと香るのは、彼女らしい清潔な香り。
雨宮さんは可愛いだけじゃなくて綺麗。でもやっぱり可愛い。
いついかなるときも雨宮さんは最強だ。
「でも一年生なのに生徒会書記ってすごいね。私はインタビューを受けることを考えるだけで、ドキドキして緊張しちゃうのに……」
「噂に違わない『猛毒の暗雲姫』っぷりだったけどな。後輩なのにめちゃめちゃ怖かったぞ、雲雀」
あの告白したのにフラれて泣かされたイケメンくんを思うと、『雲雀こわい』しか感想が出てこない。
でも……。
「……まあアイツも、暗雲姫なりにいろいろ悩みがありそうだったけどな」
周囲のイメージの押し付けに、疲れた様子の雲雀を思い出す。
hikariの自分と気持ちがちょっとシンクロしたせいか、なんか気になるんだよなあ。
しかし、ぼんやり雲雀のことを考えていたら、ふと横を見ると雨宮さんが眉をムムムと寄せて複雑そうな表情をしていた。
え、どうした雨宮さん。
そんな表情も可愛いが、俺がなにかしてしまったのかと焦る。
「わ、悪い、雨宮さんに俺、失言でもしたか?」
「あっ……! ち、違うよ! 晴間くんはなにも悪くないよ! ただ私自身の心の狭さに、ちょっぴり自己嫌悪しちゃっていたというか……!」
「心の狭さ?」
「晴間くんが面倒見がよくて優しいのはわかっているのに……他の女の子の心配をしていると不安で、い、いま一緒に帰っているのは私なのになんでとか、こっちを見て欲しいとかそんな……ご、ごめんなさい! 今のナシです! 忘れてください!」
「お、おう」
雨宮さんの発言を噛み砕く前に、忘れろと言われたなら今すぐ忘れなくてはならない。
俺は雨宮さんのお願いには従順だ。
赤い顔で俯いて、「うー」と唸る雨宮さん。
よくわからないけど可愛いからいいか。
「……私、晴間くんといると、いつもはこんなことないのにワガママになっちゃうな」
これは雨宮さんの独り言。
だからこれも一応、聞かなかったフリをする。
俺は雨宮さんはもっとワガママになってもいいと思うけどな。雨宮さんのワガママなら絶対可愛いし、俺なら全部聞いてやりたい。
そんなやり取りをしていたら、もう雨宮さんと別れる曲がり角まで来てしまった。だけどバイバイと手を振る前に、雨宮さんが「あっ、そういえば晴間くん!」と声をあげる。
「なんだ?」
「今週の日曜日って、晴間くんはお暇かな……?」
「ん? 雷架のときみたいになにかあるのか?」
「そういう特別な用事ではないんだけど、またうちに遊びに来て欲しいなって……霞ちゃんと澪ちゃんが、晴間くんに会いたがっていて」
「雨宮さんツインズか」
あの小生意気な双子に、俺はいよいよ懐かれている。
「あと零くん……弟も、晴間くんに一度会いたいって。なんか『拳で語り合いたい』って言っていて、零くんは空手の有段者だから、零くんなりのえっと、仲良くなりたいって表現だとは思うんだけど……」
いや、それは言葉の通りの意味だと思うぞ、雨宮さん。
むしろ『語り合いたい』っていうか、大好きな姉と仲良くしている俺を一方的にぶん殴りたいんだと思う。
モデルなので顔は守るとして、勝算はゼロだ。
だけど残念ながら、今週の日曜日は俺は戦いのリングには上がれない。
「ごめんな、日曜日はhikariの仕事があって……雨宮さんのお誘いを断るのは、本当の本当の本当に心苦しいんだが……!」
「い、いいよ! お仕事なら仕方ないよ! 晴間くんにはhikariさん活動を頑張って欲しいし……! また新しいお洋服の写真を撮るの?」
「ああ……今回はちょっと、俺にとっても未知の領域なんだけどな」
まさかのジャンルの服を着ることになったので、今から俺も珍しく緊張している。
ああいう服、着ている女の子は見たことあっても、手に取るのも初めてなんだよなあ……俺よりいっそ、雨宮さんに着て欲しいものだ。
「た、大変そうだね。応援しています!」
「雨宮さんの応援があるなら頑張るよ」
そんな会話をして、今度こそ俺たちは道を別れた。
本当、hikariの新世界デビューも雲雀のことも、悩ましいことばかりだが、雨宮さんに癒されるなら頑張れるな。
可愛いは癒し。やはり最強。





