15 雨宮さんは変わりたい。
「『こんなことくらいで傷ついた自分が情けない』とか、そんなふうに思わなくていいんだ。辛かったことは辛かったことでいいんだよ。大事なのはきっと、雨宮さんがこれからどうしたいかだと、俺は思う」
「私がどうしたいか……?」
「おう。俺はそれに友達としていくらでも手を貸すよ。雨宮さんに無体を働いたヤツらに報復したいっていうなら、全力でするし」
「そ、それはいいって! もう、晴間くんたら」
わりと本気八割だったのだが、二回目の報復発言で冗談だと思われたのか、雨宮さんはちょっとだけ涙を引っ込めて笑ってくれた。
その笑顔はとっても可愛い。
結果オーライだ。
報復は本当、わりと本気だったんだけど。
「それなら、雨宮さんはどうしたい?」
「私、私は……」
雨宮さんが迷うように、天然物であるパッチリ上向きな睫毛を揺らす。
もともとの控え目な性格に、我慢しがちな長女気質。
加えてたった今聞かされた過去のトラウマから、自信を失くしている彼女が『どうしたいか』なんて自ら意思表示をするのは、けっこう難しいことなんじゃないかな。
そう簡単にきっと、口にできることではない。
でも俺はだからこそ、雨宮さんの意思をここでハッキリ聞いてみたかった。
やがて意を決したように、雨宮さんは俺の手をぎゅっと握り返す。
「私はーー変わりたい」
震え声ながらもはっきりと告げられた意思に、可愛いけど強い眼差し。
握る手に力が込められる。
「もう、見えないものに怯えたくない。しっかり顔を上げて歩きたい。過去にも怖がりたくないの。……晴間くんの隣に、自信を持って立てる私になりたい」
まさか俺の名前が出てくるとは思わなかったが、それも相まって俺の心臓はぎゅうううと絞られた。
熱い血潮が体内を巡る。
オマケに「晴間くんは、こんな願望でも後押ししてくれる……?」と、おずおず聞いてくるので、そろそろ心臓が弾け飛びそうだ。
問いの答えはイエスに決まっている。
「もちろん! 全面的に応援させてくれ! 大丈夫だ、雨宮さんはこの元世界一可愛いhikariが認めた子なんだから、いくらだって変われる! 変わらなくても可愛いのにもっともっともっと可愛くなれる! 俺の代わりに世界どころか宇宙も獲れる! ミスユニバースどころかミススペース! そうだな、まずは手始めに……」
「あ、あの、晴間くん! ちょっと近い、かも……」
「ん?」
変わりたいと宣言したときと、打って変わって蚊の鳴くような弱々しい声。
そこで俺は、興奮して雨宮さんにぐいぐいと迫り、無意識に顔と顔の距離を縮めていることに気付いた。
ふたりきりの室内。
しかも手は固く握り合ったまま。
ーーこれはマズイ。
だけど俺も雨宮さんも、自覚したその至近距離に、お互い顔を赤らめて硬直してしまっている。
一ミリも動けない。下手に動いたら、本当に雨宮さんと……な、なんかいろいろ、くっついてしまいかねない。
「う、あ、えっと」
「あ、あのね、晴間くん……」
それでもどうにかこうにか口だけ動かし、二人同時になにかを言おうとしたときだった。
ピーヒョロロロロと、高らかに鳴り響く間抜けな音。
「な、なんだ、敵襲か!?」
次いでバンッとドアが勢いよく開いたかと思ったら、ホイッスル代わりなのかリコーダーに口を当てた澪ちゃんと、即席で作ったらしいレッドカード(というかあれだ、英単語とかを覚えるときに赤字を消せるあの赤シートだ)を掲げた霞ちゃんが、ポニーテール&ツインテールを靡かせて仁王立ちしていた。





