14 雨宮さんの過去話
「えっとね……実は私、中学の終わりの頃にいきなり、他校の男の子に告白されたことがあって」
「――は」
雨宮さんの過去話開始の冒頭一行目で、俺は早々にショックを受けて目と口をポカンと開き、思わずハニワのような顔になった。
い、いやいやいや、落ち着け。
こんなに可愛い雨宮さんなんだ、その隠れた魅力に気付いて告白してくる男子の一人や二人、いてもおかしくはないだろう?
むしろ喜ばしいことじゃないか。
そもそもなんでここまで、俺はショックを受けているのか……。
「は、晴間くん? 大丈夫?」
「……おう、今邪念を打ち払って心頭滅却したから大丈夫だ。続けてくれ」
「う、うん。……その人はね、たまたま通学路が一緒なだけで、告白されるまでは話したこともない相手だったの。だけど、なんか前髪が風で乱れたときに私の顔がよく見えたとか言って、『それまでは暗そうな女子だなって思っていたけど、けっこう可愛い顔していてタイプだったし。どうせ告白されたのも初めてだろう? 付き合ってやるから頷きなよ』とか迫られて……」
「…………なんだソイツ」
てっきり雨宮さんの魅力に気付いた、見る目はある奴かと思えば、とんだ自意識過剰な勘違い野郎じゃないか。
聞けばそこそこのイケメン風の優男だったとか。
しかし、断言できる。
同じイケメンなら、絶対に俺の親友である御影の方がイケメンだ。アイツは外見だけでなく、腹立つが中身も言動もイケメンそのものだし、そんな勘違いの似非イケメン野郎など確実に足元にも及ばない。真のイケメンは雨宮さんに告白に見せかけたマウントなど取らないだろう。
「ま、周りにはその人のお友達も何人かいて、みんな制服とかオシャレに着崩した人たちで、『おーい、今度はその地味子ちゃんにするの?』とか『趣味変わった?』とかケラケラ笑っていて、囃し立てられて……すごく怖くて……」
当時を思い出しているのだろう、膝上に置かれた雨宮さんの手が小刻みに震えている。
そりゃイキナリわけのわからない奴に上から目線で告白されて、ソイツの取り巻きだろう連中に囲まれたら、誰だって怖いに決まっている。
「それで、どうしたんだ?」
「こ、怖かったけど、ちゃんと言わなきゃと思って『すみませんが、あなたとは付き合えません』って断ったの。そうしたら、その、いろいろ捲し立てられたんだけど、最後に『誰がお前なんか相手にするかよ、調子に乗んなブス!』って吐き捨てられて……」
「あぁん?」
やべえ、自分でもこんな低音出せたんだと驚くほど、おそろしく低い声が出た。hikariが出そうものなら、イメージ崩壊もいいところなドスの効いた低音だった。
雨宮さんがピャッ! と肩を強張らせている。
ああ、違うだ、雨宮さん!
君を脅かすつもりはないんだ!
ただ……。
「とりあえず手始めに、ソイツの名前とドコ中か、もっと外見の特徴とかわかることすべて教えてくれ。特定して報復しにいくから」
雨宮さんにそんな暴言、到底許せるはずがない。
おそらく俺が報復する前に、『私たちの報復は怖い』と自ら宣言した雨宮シスターズはじめ雨宮家のごきょうだいが、(雨宮さんに知られず)すでにえげつない報復をしていそうだが。
上級天使な雨宮さんはきっと「は、晴間くんはそんなことしなくていいよ! 私が彼に恥をかかせちゃったから……」なんて言い出しそうだが。
よく『復讐なんて得るものはなにもない』なんて台詞が小説や映画などに出てくるが。
総じて知らん。
俺は俺の私怨100パーセントで報復するし復讐する。
「は、晴間くんはそんなことしなくていいよ! 私が彼に恥をかかせちゃったから……それに、本当にどんな人だったか、あんまり覚えていないの。名前も知らないし、言われたことしか記憶になくて……」
雨宮さんは俺の予想通りの言葉を紡いだあと、小さく小さく縮こまってしまう。
まあ、報復うんぬんは後回しだ。
「ご、ごめんね、本当にこれだけ、たったこれだけなの。でもこのことがあっただけで、周囲の目が全部怖くなっちゃって……顔、隠せるようにわざわざあんな分厚い眼鏡を買ったの。またあんなことがあったらって、怖くて……気にしなければいいってわかっているし、本当の本当に自分が情けないんだけど……」
雨宮さんの長い前髪の隙間から覗く瞳が、潤んで今にも泣きだしてしまいそうだ。
俺は雨宮さんの震える手を咄嗟に握り、「雨宮さん、聞いてくれ」となるべく静かに話しかけた。





