11 雨宮さんハウス
雨宮さんの家は、オンボロ……いや、廃屋……ホーン⚫ッドマンション……ち、違う!
ええっと、歴史のありそうな古い二階建ての木造一軒家だった。今にも剥がれそうな屋根に、朽ちかけの柱がエキセントリックだ。
「ど、どうぞ、晴間くん。古くてみすぼらしい家だけど……」
「い、いや趣があっていいと思うよ。お邪魔します」
「あっ! そこ! 床が一回抜けたことあるから気を付けてください!」
「お、おう」
ギシギシなる床をおそるおそる踏みつけて、靴をぬいで上がらせてもらう。
雨宮さんは「ちょっと待っていてね」と言って奥に消えていき、俺は大人しく玄関で待機していれば、彼女はすぐにペラペラのバスタオルを持って戻ってきてくれた。
「とりあえずこのタオルを使ってください。これで少し拭いてもらってから、お着替えのために二階の部屋に案内するね」
「……部屋って、その、雨宮さんの部屋か?」
「ちっ、違うよ! 私の部屋なんて晴間くんに見せられたものじゃないから! 晴間くんをお招きするなら三日かけて掃除しても足りないよ! お、弟たちの部屋の方が若干広いし、服もあるからそっちだよ!」
そ、そうだよな。
仮にも男子を軽率に自室には入れないよな。
ホッとしたような、ちょっとだけ残念なような……。
「というか弟『たち』って、雨宮さんは何人きょうだいなんだ?」
受け取ったタオルで軽く濡れた箇所の水分を取りながら、疑問を口にする。
てっきり雨宮さんは弟がひとりいて、ふたり姉弟の長女かなやった新情報ゲットとか思っていたのだが……。
「私は五人姉弟だよ」
「五人!?」
多いな!
「私が長女で、下に中学生の弟が一人、小学生の双子の妹たち、幼稚園に通う末っ子の弟がいるの。あ、あとハムスターもいるよ! ジャンガリアンの金時! うちは母子家庭だから、お母さんは働きに出ていて、家のこととかは私がだいたいやっているの」
「そっか……だから雨宮さんは、そんなにしっかりしているんだな」
「し、しっかりだなんて……お料理とかお掃除とかは、もうほとんど趣味っていうか……」
褒めるとすぐ赤くなって俯く雨宮さんは今日も可愛いな。
しかし磨けば輝く美少女で、天使な内面に家庭的な面も兼ね備えているとは……もしや雨宮さんは、『理想の嫁』の要素をフルコンボしているのではないか?
「雨宮さんはいいお嫁さんになりそうだよな」
「へあっ!?」
やべ、考えていたことがそのまま口に出ていた。
雨宮さんは形のいい瞳を真ん丸にして、「よ、よよよ嫁って、それはつまり、は、晴間くんの……なんでもないです!」と早口で言ったかと思えば、パッと顔を逸らしてしまった。
「ふ、拭き終わったなら、早く着替えよっ! 今はみんな外に出ていて、もしかしたら妹たちがそろそろ帰ってくるかもしれないけど、事情は私から説明しておくから!」
「そうだな、悪いけど服を借りるよ」
タオルを雨宮さんに返して、二階の弟くんの部屋へと案内してもらう。
途中、通った部屋に『しずく』というプレートが下げられていたり、その部屋のドアの開いた隙間から、見慣れた制服がハンガーにかけられていたりと、ここは雨宮さんの生活している空間なんだなあと思えば、俺はにわかに緊張してきた。
平常心、平常心。
こういうときは、素数を数えて冷静さを保つに限る。
「ここは中学生の弟と、末っ子の弟がふたりで使っている部屋です。あと金時もいるよ。洋服は上はこれ、下はこれを穿いてください。あっ、なにか飲み物も持ってくるね! 濡れた服はこっちのビニール袋に入れてね!」
雨宮さんは実にテキパキそう告げると、俺を弟くんの部屋に残して一階へと戻っていった。
学校にいるときより、やはり家にいるときの方が生き生きしているというか、元来のしっかり者さが遺憾なく発揮されている気がする。可愛い。
部屋はベッドがひとつに、畳まれたお布団が一組。
学習机に本棚。プラモデルやロックバンドのポスターが飾ってある男の子らしい部屋だった。
床に車のおもちゃが転がっているのは、末っ子のかな。
あと部屋の隅にはハムスターのゲージもあった。
でっぷりした金時だっけか? が腹を出してスピスピ寝ている。間抜けで癒されるな。
「とりあえず着替えるか」
雨宮さんのセンスがちょっとあれなので心配だったが、渡された弟くんの服は普通の白シャツにジーパンだった。
よかった、前衛的な服じゃなくて本当に。
「ん?」
だが無事に着替えを終えたところで、俺はドアの隙間からなにやら熱視線を感じた。
雨宮さんが戻ってきたのか? と思いきや、長い髪をツインテールにした、雨宮さんと顔立ちの似ている小学生くらいの女の子が、俺をじっと隙間から凝視していた。
よ、妖怪かと思った……もしや雨宮さんの双子の妹そのいちか!





