7.5 雨宮さんの自覚②
ーー恋。
そのたった一文字の単語は、私の中にストンと綺麗に落ちた。
そっか、そうなんだ。
私は晴間くんに恋をしているのか。
だから晴間くんとお友達になれたとき、とってもとっても嬉しかったのに、同時にちょっと物足りなく感じちゃったのか。
無意識に、雫型のピンに触れる。
いつから私は晴間くんに恋をしていたのだろう。
このピンをくれたときから?
私なんかのことを『可愛い』って言ってくれたときから?
公園で助けてくれた憧れのhikariさんが、晴間くんだってわかったときから?
それとも、いつも掃除を手伝ってくれている人が、晴間くんだってどこかで気付いていたときから?
わからないけど……。
私はきっと、たぶん、絶対に、晴間くんが恋愛的な意味で、好き。
「う、ううううう」
自覚した途端、耳から手足の先まで赤くなって、唸り声をあげながら私はベンチの上で縮こまった。
このままもっともっと小さくなって、泡みたいに消えちゃいたい。
そんな私に雷架さんは「ありゃ、茹でダコみたい。タコ焼きたべたいね」なんて呑気なコメントをしている。
「ーーあっ、ハレくん!」
「えっ!」
心臓がドキン! と痛いくらいに脈打つ。
もう晴間くんが戻ってきたのか。
いま彼に会ったら、どんな顔をすればいいかわからないよ……!
だけどいっこうに晴間くんは現れなくて、私は「あれ?」と首を傾げる。
「えへっ、嘘でしたー!」
「う、嘘?」
「ごめんね、アマミンの反応があんまり可愛かったから、イタズラ心でついつい」
「も、もうっ、雷架さんっ!」
「ごめんってー!」
私が熱の引かない顔で抗議すれば、雷架さんは一房結んだ髪をピョンッと跳ねさせ、手の平を合わせて謝ってくる。
心臓に悪すぎるよ!
「でもなあ、さっきの瞬間惜しかったなあ! シャッター切っとけばよかった!」
「さっきの瞬間? というと……」
「ハレくんが来たって聞いたときの、アマミンの一瞬の表情とか仕草! まさに私の理想通り! 最高のシャッターチャンスだったのにぃ」
なでなでと、ピカリさんを撫でる雷架さん。
さっきの私がシャッターチャンスだったなら、撮られるときに晴間くんのことを考えていれば、上手くいくってことかな……。
それってスッゴく恥ずかしいけど、ちょっとだけ撮影成功の希望が見えてくる。
「まあ、それよりも」
雷架さんはニヤリと口角を上げる。
「アマミンはあ、ハレくんに告白とかしないの?」
「こっ……! し、しないし、出来ないよっ! そんなの!」
「えー、なんでなんで? お付き合いしたいとかないのー?」
「なんでって……晴間くんは優しいから私のことを構ってくれているだけで、別になんとも思ってないだろうし……フラれちゃって、気まずくなったらイヤ、だから」
自分で喋りながらどんどん落ち込んでしまう。
でも晴間くんの優しさを、私が勘違いしちゃダメだと思うんだ、うん。
あんな優しくてカッコよくて、hikariさんになったら可愛い晴間くんに、自分が並べるとは思わない。
それに今みたいに……友達として一緒にいられるだけでも、私は嬉しいから。
だけど私の回答に、雷架さんは不満そうだ。
「ううーん? そんなことないと思うけどなあ。ハレくんだってアマミンのこと、きっと好きなのに」
「それは、えっと、それこそ友達として想ってくれているっていう、友愛の範囲で……」
「じゃあもっとハレくんが好きになってくれるように、アマミンからアピールしようよ! アマミンだって、ハレくんにもっともっともっと、好きになって欲しいでしょ?」
しばし悩んだが、それに私は小さくコクンと頷いた。
『私をもっと好きになって欲しい』
それは本心だったから。
告白なんて到底出来ないし、お、お付き合いなんて夢のまた夢だけど……今より少し、距離を縮めたいって思うくらいなら、許されるよね?
「ごめんなさい、雷架さん……私、恋なんて初めてで……。こういうときどうやってアピール? すればいいかもわからないんです……。お、教えて、くれる?」
「アマミン……!」
「わっ!」
恥を忍んで頼んでみれば、雷架さんがいきなり『むぎゅっ!』と抱き着いてきた。
椅子に立てかけてあった傘が、地面にポトリと転がる。水滴はもうだいぶ乾いたようだ。
「なになになに、初恋なの? しかもなにその頼み、超可愛いね! アマミン可愛い! もちろん教えるし、いくらでも協力するよ! 私とアマミンはもうお友達だもん!」
「お、お友達……」
クラスで目立たない地味な私が、学校中から人気者な雷架さんの友達になってもいいのかな。
でも、嬉しい。
「ありがとう、雷架さん」
「今さら思ったんだけど、友達なのにその呼び方は寂しいかも! 小夏って呼んでよ、アマミン!」
「こ、小夏ちゃん……?」
「うん!」
おそるおそる呼んでみたら、小夏ちゃんは私なんかよりも、余程可愛らしく笑ってくれた。





