7.5 雨宮さんの自覚①
「アマミン、こっちこっち! ここで座って、ハレくんを待っていよ!」
晴間くんが飲み物を買いに行ってくれたあと、私と雷架さんは、さっきまで晴間くんが座っていた屋根付きのベンチに移動した。
ここなら晴間くんが戻ってきたらすぐわかる。
濡れた傘をたたんで、雷架さんと並んで腰掛けた。傘から雨粒がポツリと落ちる。
染みの出来たアスファルトを見つめながら……私の頭の中は、自己嫌悪でいっぱいだ。
カメラを向けられると、どうしても体が強張ってしまう。笑顔だって上手く作れないし、動きだってぎこちなくなっちゃう。
私のせいで何度撮り直しになったんだろう。
雷架さんは部活を守るために、シチュエーションまですごく考えて頑張っているし、こんな私を見限らずに励ましてくれている。
だけど肝心の私がダメダメだ。
このままずっといい写真が撮れなくて、雷架さんの部が潰れたらどうしよう。
晴間くんも、私にせっかく期待してくれたのに……。
じわっと、目に涙が浮かぶ。
すぐネガティブになるのは悪い癖だとはわかっていても、鬱々としてきて俯いていたら、雷架さんが「アマミーン! そんな暗い顔していたら、せっかくの可愛さが台無しだよ!」と、隙間を埋めるように体をくっつけてきた。
「アマミンはやっぱりもっと自分に自信を持つべき! まずは笑おうよ! ほら、『笑う犬には福来る』って言うじゃん? スマイル、スマイル!」
「えっと、もしかして『笑う門には福来る』かな……?」
「あれ? そうだっけ? 犬は笑わないか! 棒にぶつかる方? ポメラニアンは可愛いよね!」
ど、どこから犬が出てきたんだろう……。
他のことわざと混ざったのかな?
『雷架の思考回路は時々ぶっ飛ぶ』って晴間くんも言っていたけど、いきなりのポメラニアン発言には私も驚いた。
底抜けに明るい雷架さんは、じめじめした空気なんてかき消すような、カラッとした笑顔を向けてくる。
「ハレくんも言っていたみたいに、気分転換が大事だよん! 今みたいにさ、なんか楽しい話をしようよ!」
「楽しい話……」
こ、ここは私が、話題提供をすべきだよねっ?
楽しい話、楽しい話、楽しい話……。
「ス、スーパーのお野菜売り場で、新鮮な野菜を見極める方法とか……!」
「えっ! アマミンの『楽しい話』って、『スーパーの野菜売り場で新鮮な野菜を見極める方法』なの? ヤバい、アマミンめっちゃ面白いね!」
「そ、そうかな……?」
「うん!」
ほ、褒められたんだよね……。
同級生の女の子とこんなふうに自然に話すことなんて、ほぼなかったから焦っていたけど、雷架さんは話しやすいから安心する。
だけどその安心も、次の瞬間に吹っ飛んでしまった。
「お野菜の選び方はまた今度聞くとしてさ! ズバリーーアマミンって、ハレくんのこと好きなの?」
「へあっ!?」
なんだかバカみたいな声が出てしまった。
スキ?
スキってえっと、『好き』ってことだよね?
好きはあの好きだから、つまり好きが好きで……。
「ちなみに私は、ハレくんのこと好きだよー」
「えっ」
「いいヤツだよね、ハレくん。私が写真部って言うとさ、だいたいみんな『今からでも運動部に集中した方が……』みたいなこと、友達ですらぼかして伝えてくるのに、ハレくんはそんなことは一切なくって。好きならやれば? みたいな感じで。人に対しての『きょよーはんい』? 広い感じ」
『きょよーはんい』は『許容範囲』かな。
それはわかる気がする。
晴間くんは自分が女装とか自信を持ってしているからかな、人への受け入れ方の度量が大きいよね。そこは晴間くんのたくさんある人間的魅力のひとつだと思う。
でも……なんでだろう。
雷架さんが晴間くんのいいところをわかっていてくれて、それが嬉しい気持ち半分、なんだかモヤモヤする気持ちが半分だ。
「だから、私はハレくんが好き! お友だちになれてよかったよ!」
「友達……」
今度は『友達』と聞いてホッとする。
そんな自分に首を傾げてしまう。
「アマミンは? アマミンはハレくんのこと好きだよね。というか、ぶっちゃけ友達以上の好きでしょう?」
「友達以上……?」
「あれ? もしかして『むじかく』ってやつ?」
パチッと、雷架さんは瞬きをひとつ。
「私は見ていてすぐわかったけどなあ、アマミンのハレくんに向ける気持ちってさ、要はラブの方の好きでしょ?」
「ラブ……ラブっていうと、ええっと」
「もう、アマミンたら私より賢いのに、こういうのはダメダメなんだね! 仕方ないから雷架さんが教えてあげる! こう言った方がわかりやすいかな? アマミンは……ハレくんに『恋』、しちゃっているんじゃない?」





