4 雨宮さんとバッタリ。
モデルって、俺=hikariみたいな、だよな。
いや、俺の受けている仕事はファッションモデルだから、雷架が撮る写真のモデルとはまた違うのかもしれないけど。
詳しく聞けば、雨宮さんが写真のモデルを引き受けるか否かで、写真部の存続がかかってくるという。
「なんかねえ、生徒会さんから『かんさ』? っていうのが入って。さすがに今の状態じゃあ、部活としては認められませんー! って注意されちゃった」
「ああ、部活動監査か」
うちの生徒会は前期と後期の一年に二回、本格的な部活動の実態調査を行う。俺は帰宅部なのであまり詳しくはないが、部員数が規定より少なかったり、活動実績があまり認められなかったりすると、あっさり廃部にされてしまうそうだ。
昨年も『闇鍋研究部』とか『エクストリームアイロニング部』とか、謎の部活がいくつか潰されていたな……。
そもそもなぜそんな部を容認したのか。
雷架の写真部はそれらに比べればはるかにまともだが、『実質部員一名で活動実績なし』という現状が監査に引っ掛かったらしい。
「でもでも! 今からでも期間内に大きな実績をひとつ残せたら、部を続けてもいいって生徒会長さんが言ってくれたの!」
「チャンスをもらえたわけだな」
「うん! それでなにか写真のコンテストで賞を取ろうと思って! すぐに応募できそうな、学生向けのコンテストを探したんだけど……」
「だけど?」
「一番ちょうどよさそうなコンテストの応募条件が、『被写体のメインは人物に限る』って」
ああ、なんとなく話が読めてきたぞ。
「私、自然を撮るのが好きだから、あんまり人物は撮ったことなくって……私なりに挑戦してみようと頑張ったんだよ! でもね、撮りたいものを見るといつも『これだ!』ってなって、こう、胸のあたりがビビビッー! ってなるんだけど、人物を撮ろうって決めてからなかなかならなくてさー!」
雷架は大袈裟な身振り手振りで、『ビビビッー!』という感覚について伝えてくるが、話自体を要約すると『撮影意欲を刺激してくれる被写体にうまく出会えなくて困りました』ということだ。
このあたりの感覚は、ココロさんとかの方が共感できるかもな。
そしてそんな雷架を、ビビビッー! と痺れさせたのがおそらく……。
「どうしようどうしようって焦っていたんだけどね……まさかの友達が『気晴らしに』って誘ってくれたスイーツ店で、運命の出会いが訪れたのです! ハレくんのお知り合いさんを見たときにね、ビビビッー! ってなったの、ビビビッー! って!」
「いやもう、ビビビッー! はいいから。それで、その彼女を『紹介して欲しい』に繋がるわけだな」
「その通り!」
たどり着くまで長かったが、ようやく雷架の頼みの全貌が理解できた。
ただこれは俺に頼まれても、ぶっちゃけ雨宮さん次第だ。
モデルを引き受けてもいいと、雨宮さんが頷かなければ、雷架には悪いが他を当たってもらわなくてはいけない。
雨宮さんに目をつけた点は、見る目があると言わざるを得ないがな。
「彼女には聞いてみてやるけど、断ったらそれまでだぞ」
「それでオーケーだよ! 無理強いはよくないもんね! ハレくんが口説き落としてくれることには期待してる!」
「俺かよ」
「というか今さらだけど、あの子とハレくんのご関係ってなに?」
サラリと投げられた問いに、俺自身も一瞬「うっ」と言葉に詰まって考える。
――俺と雨宮さんの関係?
そういえばなんだ……?
前まではただのクラスメイトだったが、一緒に出掛けてスイーツ店で巨大どら焼きまで食べたんだ。
さすがにそんな他人行儀な仲でもないよな……? 雨宮さんに他人扱いされたら死ぬが?
「……友達、かな。うん」
自分で口にした『友達』という響きに、なにやらむず痒さと物足りなさを同時に覚えたが、たぶん一番適切な答えだろう。
雷架は「お友達! なるほど!」と納得したように頷く。
「いいなあ、私もあの子とお友達になりたい! あ、ハレくんと私も今日からお友達ね! 連絡先交換しよっ」
「えっ? お、おう」
雷架は陽キャラのアクセル全開でアニマルカバー(睫毛の長いカバの謎キャラだ)のスマホを取り出し、俺はあれよあれよと連絡先を交換させられてしまう。
これが陽キャラのコミュニケーションスキルか……。
まさか雨宮さんに続けて、hikariの仕事以外で、女子の名前が俺のスマホに刻まれるとは。
「じゃあ、私はもう行くね! お返事もらえたらすぐに連絡してね! 待ってまーす!」
そう元気満点に手を振って、雷架はアルバムを突っ込んだスクールバッグを担いで去っていった。
このあと水泳部に顔を出さなくてはいけないそうだ。雷架の運動神経は水中でも変わらず力を発揮するらしい。
「嵐が去ったな……」
雷架に掛けるなら『雷が去った』か。
俺一人になった教室には、茜色の陽が差し込んでいる。その陽を浴びながらどうしたものかと髪を掻いた。
さて、雨宮さんにどう伝えるべきか。
雨宮さんのことだから、この話をすれぱ最初は「私に写真のモデルなんて無理だよ……!」なんて可愛く遠慮して、でも雷架の事情を話せば「わ、私で力になれるなら……」と最終的には可愛く承諾してしまうだろう。
雨宮さんは自分の事情より他人を慮る優しい子だからな……。
だけど雷架も言っていたように、無理はさせたくないから難しい。
俺個人の欲望を明かすなら、雷架の写真モデルをする雨宮さんはぜひ見たいんだけどな。
また新たな可愛い一面が発掘されるかもしれん。そして撮った写真を焼き増しして俺にくれ。
「とりあえず帰って考えるか……」
俺も雷架の出ていったドアから出て、さっさと階段に向かう。だがその途中で前方から誰かが歩いてきた。
「うおわっ……!?」
その人物を確認して、ついつい裏返った声が出る。
「晴間くん……?」
現れたのは、ホウキを両手に握った雨宮さんだった。





