2 告白フラグはありますか?
雷架と約束した放課後になるまで、教室での俺は針のむしろだった。
誰もなにもあえて直接言ってはこないが、ひそひそと露骨に噂されているし、「なんでお前が雷架と……」という男女双方からの圧力も受け続けた。
せっかくゲットした半額焼きそばパンもあまり味わえない、深刻な事態。
爆弾を落とした張本人である雷架は、元気に特大メロンバンを齧っていたが。
俺がなにをしたっていうのだ。
「光輝、これから校舎裏に行くんだろう? 不安なら俺もついていってやろうか?」
『やっと』という気持ちと、『もうか』という気持ちで、訪れた放課後。
のろのろとした動作でスクールバッグに教科書を詰める俺に、御影が心配三割、好奇心七割の顔でそう問いかけてきた。絶対に面白がっているな、コイツ。
そんな御影に対し、俺はゆるく首を横に振る。
「……いや、『人のいるところじゃ言いにくい』って雷架も話していたし、いいよ。一人で行くわ」
「そうか、残念」
「本音漏れてるぞ」
「冗談だって。でも俺が行かなくても、クラスの連中が何人かは絶対に隠れて様子を見に行きそうだけどな。聞かれたくない話なら、雷架もあれだけ大声出さなきゃいいのに。クラス全体に響いていたぞ。雷架なら仕方ないけど」
「そうだな、雷架なら仕方ないな」
アホの子扱いは全生徒公認なので、女子には紳士的な御影ですらこの言い様だ。
それ故の愛されキャラでもあるがな。
「だからこっそり、破ったノートの端に待ち合わせ場所を変えようって旨を書いて、なんとか周りにバレないように廊下で雷架に渡したんだ。落ち合うのは校舎裏じゃねえよ、もう」
「へえ、やるな。さすがコソコソすることにおいては、光輝はプロフェッショナルだな」
「人を犯罪者チックに褒めるな」
コソコソするって、たぶん誰にも知られずhikari活動をしていることを指しているんだろうが、御影の言い方では誤解を生む。
「雷架のやつがノートの切れ端を開いた瞬間、また大声で『ねえねえ、ハレマくん! この新しい待ち合わせ場所ってー!』とか喋りかけたから、黙らせるのに間一髪だったけどな」
あのときは雷架の恐ろしさをしみじみ感じたわ。
天然アホガール怖い。
「でもさ、マジで告白だったらどうするんだ? 雷架と付き合うのか? 光輝が女子と付き合うなんて、俺は遠い未来だと思ってたんだけどなあ」
なんか御影がしみじみと、お付き合い報告をしてきた娘に対する、ちょっと鬱陶しがられていそうな父親みたいなコメントをしている。
いつからお前は俺の保護者になったんだ。
でもはっきり言って、告白フラグなんてないと断言できる。
hikariになれば告白されることなんて、息を吐くように当たり前のことだが(その場合は男からの告白になるが)、ただの俺だぞ? ありのままだぞ?
日常生活で雷架とたいした接点もないし。
だからこそ、なんの用事かは未知数なわけだが。
「うし、いくか」
まだ「ついに光輝も……」なんて父親面している御影を置いて、俺はバッグを持って立ち上がった。
うだうだ予想していても仕方ない。
行って話を聞けばわかることだからな。
変更後の待ち合わせ場所は、旧校舎の音楽室だ。
とにかくわかりにくくて、声のでかい雷架でも音漏れせず密談できそうだからと選んだだけで、深い意味はない。
多少身構えつつ、ガラリとドアを開ける。
中は音楽室らしく、五線譜の書かれた黒板や、壁に貼られた音楽家たちの肖像画があった。
ただ新校舎の方にグランドピアノは移動済みで、ピアノがあったであろう床にはくっきりと跡だけが残されている。
「ーーあ! ハレマくん!」
雷架はすでに来ていたようだ。俺と御影が話しているうちに、教室をささっと出ていったのは見ていたからな。
窓の外を眺めていた彼女はドアの音で振り向き、俺に目を留めると「やっと来たんだね、待ってたよ!」と顔を綻ばせる。
「ハレマくん遅刻だよー! 罰として購買のメロンパンおごってね」
「遅刻って……まず『放課後に集合』ってだけで正確な時間は決めてないし、無理やり約束を取り付けたのは雷架だろ」
「あれ? そっか。じゃあ私がメロンパンおごらなきゃいけない方だ! 無理やりごめんね! おごります!」
「いや、別にいらないけど」
いろいろ心配になるな、この子。
「メロンパンは嫌い? ハレマくんはカレーパン派? それともどら焼き派?」
「唐突にブッ込んできたな。やっぱりどら焼きブームなのか……じゃなくて」
「ハレマくんって長くて呼びにくいから、今度から『ハレくん』って呼んでいい?」
「一字しか変わってねえし……でもなくて!」
マイワールドを展開する雷架に、もうここは強引にでも話を進めるべきだと判断した。
俺は「本題だよ、本題! 俺になんの用事なんだ?」と切り込む。
雷架はようやく思い出したように「そうだった!」と手を打った。
一房だけ結んである髪がぴょんと跳ねる。
「この前の日曜日ね、夕方頃かな? ハレくんって街中に新しくできたスイーツ店にいなかった? 『幻のどら焼き』が人気なとこ」
「は……」
「私もね、その日のその時間帯にクラスの友達と行ってたんだ」
急に斜め上からの話題を出され、俺は軽く動揺する。
スイーツ店ってことは……あの後ろの席にいた、クラスメイトの女子集団か!
俺に気付いた女子がひとりだけいたっぽいけど、あれが雷架だったらしい。
どうすれば正解かわからないが、念のためシラを切ってみる。
「ひ、人違いだろ」
「それはないの! 私、歴史上の人物の顔は覚えられないけど、知り合いの顔は間違えないもん。ザビエルと豊臣秀吉は間違えても、そこは自信ある!」
歴史上の方も覚えてやれよ。
ザビエルと豊臣秀吉、国籍からして違うだろ。
「クラスメイトの顔はぜーったい、間違えない! あれはハレくんだった!」
「……仮に俺だとして、それが雷架になにか関係あるのか?」
「あるよ! ハレくん、すっごく可愛い女の子と一緒にいたでしょ?」
雨宮さんの存在を引き合いに出され、俺はドキリとする。
クラスメイトの顔は間違えないと豪語する雷架も、あそこまで化けた雨宮さんでは、さすがに正体まで判定不可能のようだ。
そして雷架は「私にあの子を紹介してください!」などとのたまった。





