16 聞けなかった言葉。
俺たちの来た道の方から現れたのは、赤リボンが編み込まれた金髪のサイド三つ編みを、ぴょんぴょんと揺らすココロさんだった。
体に見合わない大きなバッグを肩から掛けていて、他所で仕事をこなして、今まさにアメアメ本社に戻るところなのだろう。
しかしながら、タイミングは最悪だ。
俺は思わず、ジトリとした視線をココロさんに向けてしまう。
「え!? なになに、もしかして私、空気読めないことしちゃった感じ!? やらかしちゃった感じ!? ちょ、やだやだ光輝くん、睨まないで! 怒ってる?」
「誠に申し訳ありませんが、ただ今の僕はあなた様には殺意に似た感情を抱いておりますね」
「そんな丁寧な殺意の申告ある!? ごめんって!」
「……冗談ですよ」
確実にココロさんが、雨宮さんの発言の邪魔をしたことは明白だが、もう先ほどの話は続けられそうにもないし切り替える他ない。
雨宮さんも可哀相に、しばし口をパクパクさせて固まっていたが、やがてハッとしてココロさんに「あのあの、今日は素敵な髪型やメイクをありがとうございました。おかげで助かりました……!」と行きにも述べたお礼を何度となく述べ直している。
はあ、ぐうの音も出ない清らかな可愛さ。
拝みたい。
「雫ちゃんはイイ子ね! とってもイイ子! それで……こ、光輝くーん? ココロお姉さんもね、なにもわざと、若者たちの甘酸っぱい雰囲気を邪魔しようとしたわけじゃないのよ? ねっ、ねっ?」
ココロさんが、俺のご機嫌を取るようにすり寄ってくる。
「いや、わかりましたって。さっきのは本当に冗談ですから。ココロさんにはいつもお世話になっていますし、感謝していますよ」
「やだ優しい言葉が響く! デート終わったところなんでしょっ? これから本社に行って、お着替えとメイク落とししようね? お詫びにこのココロお姉さんが、お化粧後のケアまで手伝ってあげる! 普段メイクしない子がファンデーションとか残したまま寝ちゃったら、せっかくのツヤツヤお肌がダメになるからね! さあさあ、行こう! 早く行こう! やれ行こう!」
「わ、私ですか? ええっと、はいっ」
ココロさんは戸惑う雨宮さんの手を取って、わざとらしく声を張り上げながら本社の方へとぐいぐい引っ張っていく。
これはいいところを邪魔したお詫びと見せかけて、単にココロさんが、雨宮さんの玉の肌をまた触りたいだけと見た。
肩を竦めつつ、雨宮さんたちの後を俺も追う。
それからテキパキと迅速に、雨宮さんは変身する前の雨宮さんに戻り(二匹のクマも森から帰ってきてしまった)、なんと帰りはココロさんがマイカーでそれぞれの家まで送ってくれることになった。
夜なのにファッションだろうサングラスをかけて、真っ赤なBMWに肘をつきながら「ついでだ、乗ってきな」と無駄にカッコつけたココロさん。
よい子な雨宮さんは「すごい、カッコいいです……!」と目をキラキラさせていたが、俺はココロさんのおふざけには塩対応と決めているので軽く流した。
送ってくれるのはとてもありがたいが、ココロさんは一度ふざけて調子に乗ると長いのだ。
ココロさんが車を運転する姿は、俺は見るのがなにもこれが初めてではないが、相変わらずロリがハンドルを握る絵面的にハラハラするものがあった。
けっこう安全運転なのはわかっているんだけどな……。
俺の家の方が先に着いたので、雨宮さんはココロさんに託してお別れをする。忘れずにココロさんにスイーツ店のキーホルダーを渡せば、大袈裟に喜んでくれた。
雨宮さんも最後までニコニコ楽しそうだったのでよし。
※
「――はあ、今日は充実した一日だったな」
帰宅して夕食と風呂を済ませ、俺は自室のベッドにゴロリと転がった。
俺の部屋は簡素なパイプベッド、勉強机、クローゼット、本棚があるだけの一見すると面白みもなにもない部屋だが、クローゼットを開けるとたまに女物の服が出てきたり、ベッドの下からエロ本ではなく髪を巻くコテが出てきたりと、わりと魔境である。
家族も俺がhikari活動をしていることは知っているし、他人が部屋に来ても御影くらいだから、別に隠す必要もないんだけどな。
それでもなんとなく、hikariに繋がる物は忍ばせてある。
「……ん? メッセージか?」
寝巻き用のスウェットのポケットに入れていたスマホが、ブルブルと振動した。
取り出してみれば、雨宮さんからのメッセージ。
『今日はとっても立川です
いろいろアミノ酸がとう
晴間くんさえよければ、まみゃ晴間くんとアコギにいきたいです』
……うん、対上司みたいな固い文面は緩和されたけど、誤字がすごいことになっているぞ。
立川さんって誰だ?
アミノ酸?
アコギってアコースティックギターのことか?
いや、それとなくなにを書きたかったのかは、わからないでもないけれど。
次いでスマホがまたもや振動し、『ごめんなさい! 誤字です!』『正しく送りたかったのはこちらです!』と雨宮さんから訂正文が送られてきた。
『今日はとっても楽しかったです
いろいろ蟻がとう
晴間くんさえよければ、また晴間くんと遊びにいきたいです』
また一ヶ所誤字っているが、もういいよオーケーオーケー。
可愛いから全部許す。
俺は『俺も楽しかったよ。またぜひ行こう』と返信を打ちながらも、ココロさんの登場で聞けなかった言葉の続きを、ここでメッセージで聞いてしまおうか悩んだ。
「うーん……だけどなあ」
雨宮さんは勢いで言おうとしたみたいだし、下手に聞くのは困らせてしまうか?
でもなんて続けようとしたのかは気になるし……。
いやいや、流すのが正解か?
けど気になるし……。
いいことを言ってくれようとしたのか?
それとも俺がなにかしてしまってその苦情だったり?
あの流れで苦情はないと思いたいが……ないこともないな。
雨宮さんを強引に振り回しすぎたか?
やべえ、ネガティブになってきた。
考えれば考えるほどわからなくなってくる。
「あー、くそ!」
結局、俺はそのことを聞くのは情けないがビビって断念し、ポツポツと雨宮さんとメッセージのやり取りをしたあと、さっさと電気を消して寝ることにした。
明日は学校だしな。
ああ、だけど、どうも今夜はすぐに眠れそうにない。
次回は雨宮さん視点です!
もうすぐ一章ラストなので、なるべく間を空けずに更新します。





