39 ファーストキス、ですか?
「わっ! 本当にここからならよく見えそうだね」
「確かにわかりにくい意外な場所だよな」
会長から教えてもらった穴場はひっそりと置かれたベンチで、座ってみると障害物がまったくなくて空がよく見える。
俺と雨宮さんは並んで星ひとつない夜空を仰ぐ。
「晴間くんの用意も間に合ってよかった」
「中途半端にhikariのままじゃな……」
「ウィッグがボロボロになっても大変だもんね」
花火開始までの僅かな時間を利用し、俺はウィッグを外してメイクを落とし、完全なる光輝に戻っておいた。
波乱万丈ではあったけど、雨宮さんとの思い出深い一日の最後……カレシとしての顔でいさせてくれてもいいだろう。
「改めてありがとうね、晴間くん」
ふと、雨宮さんがかしこまって言った。
夜風が彼女の青いシャツをはためかせ、下の水着から覗く肌をチラチラ晒す。彼女の水着姿についてはきっと、見慣れることは一生ないだろう。
「俺は特になにもしてないけどな」
「そ、そんなことないったら!」
「だってhikariの技は使ったけど、茶髪野郎に言い返したのは雨宮さんだし……あとは雷架と雲雀のコンボで、後始末は会長だしな」
口に出してみると見せ場がほとんどないぞ、俺。
周りの女子たちが強すぎるんだよな、雨宮さんも含めて。
そう遠い目をする俺に、雨宮さんはフルフルふるふると首を横に振る。
「晴間くんは真っ先に、勝手な理由で泣いてる私のところに来てくれた。私のために過去のことも怒ってくれて……庇おうとしてくれたのも、すごくカッコよかったよ」
「……そうか?」
「そうだよ」
即答される。
『可愛い』は言われ慣れていても、『カッコいい』は言われ慣れていない。
hayateみたいにスマートな受け取り方は俺にはハードルが高いようだ。どうにも小っ恥ずかしくて、意味もなく頬をかく。
「私は晴間くんが言ってくれたみたいに、私はちゃんと変われていた……私のなりたかった自分に。だから次は、hikariさんの隣も目指してみようかなって」
「ん? それはどういう……」
ハテナを飛ばす俺をおいて、雨宮さんはシャツのポケットに入れていたスマホで時間を確認する。
「あ、そろそろだよ」
雨宮さんが空を指差したのと、ほぼ同時だった。
ドンッ!
遠くの方で破裂音がして、黒い空にパッと光の華が咲いた。赤、黄、青。鮮やかで迫力満点だ。
「わぁ、綺麗!」
「風情があるよな」
こうして真面目に、誰かと花火を見上げるなんて、いつぶりだろう。ご近所の花火大会はひとりで流し見くらいしかしないし。
一発上がるごとに歓声を上げる雨宮さんが可愛い。
「えっ! 今のどら焼きクンの花火だったよ⁉ 凄いね!」
「凝ってんなあ、謎に……」
「晴間くんと見られてよかった……来年もまた見たいな」
……そうだ。
来年こそは、水着もいいが浴衣の雨宮さんと、それこそご近所の花火大会に行きたいものである。
「もちろん! 来年も再来年もその先もずっと、一緒に見よう!」
次々と打ち上げられていく花火は、花開いた先から光の粒になって夜空に溶けていく。それが少し物悲しくも美しく、何度だって雨宮さんと見たい光景だ。
未来を約束する言葉と共に、彼女の方を振り向いた――その瞬間だった。
フッと己の顔に影が差す。
唇の端に柔らかな感触が当たり、俺は息を呑んだ。
鼻孔に残る清楚な香り。
瞬く間に離れた雨宮さんは、耳まで真っ赤な顔をして「ふぁ、ふぁーすときす、です」と拙く伝えてくる。
「お、おれも、です」
辛うじてそう返した俺は、実は唇ではなくギリギリ口の端……雨宮さんのキスの照準がズレていたことは黙っておいた。
しょ、初心者同士だもんな。そういうミスもある。
「あー……」
……ここで今度は俺から、正しくいくべきなのかもしれない。
だけど雨宮さんは真っ赤なまま「やっちゃった! やっちゃった!」と目をグルグルさせていて、すでにキャパオーバーしていることは明白。
ふはっとなんだか幸せな笑いが出て、俺は雨宮さんを思い切り抱き締めた。柔らかい上に腕の中でジャストサイズだ。
「は、ははははは晴間くん⁉」
「いやあ……俺のカノジョ、世界で一番可愛いなって」
大胆な行動を仕掛けたわりに、腕の中でパニックになっているところも可愛い。
次の機会があったら、俺からキスしようと心に決める。
一際大きな花火が上がって、長い長い真夏の一日は、身に余る幸福な気持ちで幕を下ろしたのだった。





