37 お怒りhikariの七変化
「……雨宮さんはここにいてくれ。あのツーサイドアップの子、一応モデルの知り合いなんだ。助けて来る」
「は、晴間くん! でも!」
「ついでにあのカス野郎、少しでもやり返してやらないと気が済まん」
会長のお高いサングラスを掛け直して、勇んで向かおうとする。
だが一歩踏み出したところで、雨宮さんが俺のTシャツの裾を後ろから引っ張った。
「わ、私も行く!」
必死に叫んだ雨宮さんに、俺は意表を突かれる。
「危ないし、雨宮さんは無理しなくても……」
「ううん! い、今、立ち向かわないといけない気がするの!」
「立ち向かう……」
青褪めて震えながらも、勇気を出そうとする雨宮さんのことを俺は止められなかった。きっと一世一代の覚悟に違いない。
「わかった……でも、俺に任せて無茶はしないでくれ」
「うん!」
コクンッと頷いた雨宮さんも連れて、俺たちは虹色たちのもとへ突撃する。
「――ちょっと、そこの貴方たち」
ああ……この状況は、いつか公園で不躾なカップルから、雨宮さんを助けた時のことを思い出す。
思えばあれが、俺と雨宮さんの縁を繋ぐキッカケだった。
だがモデルとして日々進化している俺の『技』は、あの時より威力を増している。とくと披露してやろう。
「なんだよ……って、うわっ! こっちのふたりもいい感じじゃん」
俺たちに意識を向けた茶髪男の手から、俺はバシッと間髪入れず虹色のハートサングラスを奪い取る。
「おいっ! なにすんだよっ!」
途端、語気を荒げる茶髪男は無視して、虹色にサングラスを返してやった。
「え……あ、あんたもしかして……」
「いいから、行って。念のため人を呼んで来て」
俺がhikariだと気付いた虹色が目をまん丸にするが、今はこの場から逃がすことが最優先だ。
正しく意図を理解した虹色は「よ、呼んで来るから待っていて!」と言い残すと、連中が呆気に取られている隙に一目散に駆け出した。
この間も、雨宮さんはちゃんと俺の背にぺたりと引っ付いている。
「てめぇ……なに勝手なことしてんだ!」
一番短気そうな二の腕に英字のタトゥーを入れた男が、俺の手首を強引に掴んだ。俺はもう一方の手で、サングラスをチラッとずらす。
大丈夫だ、俺は可愛い。
そして『可愛い』は最強だ。
「……痛いな。離してくれる?」
顔を軽く傾けて、タトゥー男にだけ目元が見えるようにする。
ライトの入り方も計算した上で、守ってあげたくなるような、か弱くも儚げな可愛さをセルフ演出でお見舞いしてやった。
「か、可愛い……!」
キュンッ!
そんな少女漫画のようなトキめきの音が、厳ついタトゥー男の胸から確かに聞こえた。こういう可憐な少女がお好みか。
魂を抜かれたように呆けた男は、自然と俺の腕を開放する。
コイツは片付けたな。
撮影時には、モデルとしていろんな表情や仕草の引き出しが必要だ。先ほどのは、hikariが百パターンは持つ引き出しのひとつ。
名付けて『庇護欲を刺激するバージョン』。
ちょっとあざとめのコーデで撮影する際には、このバージョンが役に立つ。
「な、なに、この女!」
「いきなり出て来てムカつくんですけど!」
ギラギラメイクの女性陣もキレ始めたので、俺は切り替えて背筋を伸ばし、クスッと口元に冷笑を乗せる。
お次は『クールビューティーバージョン』だ。
腕を組んで、女性陣を見比べる。
「右のお姉さん……ウォータープルーフのファンデーションを使っているようだけど、肌ノリが悪くて困っているんじゃない?」
「な、なんでそのこと……っ!」
「高いやつを買うと合っていなくても使い続けたい気持ちはわかるけど、肌荒れしかけているわ。今すぐ変えた方がいい……左のお姉さんは、足のむくみ対策でお悩みだったりしない?」
「うっ……き、今日は朝からむくみが取れなくて……っ!」
「寝る前のストレッチはしているかしら? 『アメアメ』のサイトで美容体操動画があって効果的だから、毎晩やることをオススメするわ」
彼女たちは顔面蒼白になったのち「ちょっとファンデ落としてくる!」「今すぐ動画を検索しなきゃっ!」と、血相を変えて散って行った。
恥をかかせて申し訳ないが、このくらいの意趣返しは許されたいところだ。
ついでに『アメアメ』の宣伝もしておきました。
「お、お前らどこ行くんだよ⁉ お前もどうしたんだ⁉」
去っていった女性陣と、恋煩いで呆け続けるタトゥー男に、ひたすらオロオロするジャラジャラピアスの男。
コイツはなんだかチョロそうだなと、俺は一気に仕留めることにした。
「私はね、そこの茶髪のお兄さんに用があるの。退いてくれると嬉しいなっ!」
ニパッと『無邪気なアイドルバージョン』で、サングラスを一瞬だけ外して天真爛漫な笑顔を作る。
「うっ!」
ピアス男は心臓を射抜かれたようで、頭から爪先まで真っ赤に染まって固まった。このバージョンは汎用性が高くていい。
俺は流れるようにまたサングラスを装着。
残すは茶髪野郎ひとりだ。
「す、凄いよ、hikariさん!」
「まあね」
興奮する背後の雨宮さんに癒やされたところで、茶髪野郎をじっと見据える。
雰囲気イケメンってやつだとは思うが、心までイケメンな親友の御影や、自他共に認める超絶美少年なhayateが傍にいるので、妬みなど当然沸かない。
むしろ過去に雨宮さんを傷付けたコイツに、怒りが募るばかりだ。
「く、くそ! なんなんだよ、いきなり出て来て……!」
たじたじになった奴はいい加減、降参するかと思いきや……ふと閃いたように、雨宮さんの方を指差した。
「そこの女、アレだろ! 何年か前に俺が付き合ってやるって言ったのに、断りやがったブスだろ!」
ビクッと、雨宮さんの小柄な体が大きく跳ねる。俺は「なんだと?」と、つい素よりも低い男声が出た。
コイツ、当時から目が腐ったままなのか?
雨宮さんのどこ見てそんな暴言吐いてやがる!





