36 最悪の遭遇
「――雨宮さん!」
あちこち探し回って、彼女はキッズ島というプールエリアにいてくれた。
ライトアップされ出したプールには、トランポリンやウォーターロール、バナナボートなどの様々なアスレチックが水の上に浮いている。如何にも子供が喜びそうだが、今は人っ子一人いなかった。
雨宮さんはそのプールの縁に座り、足だけ水に浸して夜に塗り替わる空をぼんやりと見上げていた。
「え……hikariさん? 晴間くん?」
「な、泣いてるのっ、ステージから見て……急いで来たっ!」
ゼーゼーと息が荒いのは、俺に体力がないからに他ならない。雷架と明日から走り込みでもした方がいいだろうか。
ずり下がったサングラスは額の上までグイッと押し上げる。ここには雨宮さん以外いなし、騒がれることもないはずだ。
俺の登場に驚いた雨宮さんが立ち上がると、チャポンッと水面が静かに波打った。
「私のこと、ステージから見つけてくれたの……?」
「目が合ったよな? 最初から発見は余裕だったよ」
「は、恥ずかしいな……私ったら、なんか急に晴間くんが遠い存在になったように感じちゃって……気付いたらなんか涙が出ていて……」
目元をこする雨宮さんには、ハッキリと涙の痕があった。こすり続けると痛むから、そっと腕を取って制止を掛ける。
薄暗い中で真正面から、雨宮さんと相対した。
悲しい顔はさせたくない。
「hikariが雨宮さんにとって遠い存在なんて、そんなことはあり得ないぞ。君がもしひとたびステージに立てば、きっと俺の方が霞むくらいだ」
「そっ、それこそあり得ないよ! 私なんて、まだ過去を引き摺っていて、眼鏡を外しても昔のままで……」
「……過去って、なにがあった? 全部ゆっくりでいいから話してくれ」
雨宮さんの腕から両肩に手を置き、なるべく柔らかく促す。
隠さず打ち明けて欲しかった。
しばらく躊躇していたけど、雨宮さんはたどたどしく唇を動かす。
「フ、フードコートにね、いたの」
「誰がいたんだ?」
「中学の時……私に『調子に乗んなブス!』って、吐き捨てた男の子」
衝撃と一気に押し寄せる怒りで、俺は目を見開いた。
雨宮さんはかつて、見知らぬ他校の男子に突然告白されたことがある。
ソイツは雨宮さんに真っ当な好意を抱いたというわけではなく、雨宮さんの顔がたまたまタイプで『根暗でカレシもいないだろうし、俺が付き合ってやるよ』などとほざいたカス野郎だ。
口が悪いが勘弁してくれ。俺はソイツが話を聞くだけで大嫌いである。
あまつさえ一緒にいた数人で雨宮さんを笑い者にした上、フラれたら暴言を叩き付けていった。
それが雨宮さんのトラウマになってしまい……周囲の目が怖くなり、眼鏡を掛けて俯いて生きるようになったのだ。
改めて許せん。
そのカス野郎が、この施設にいただと?
あの横暴そうな茶髪か。もしかしたら周りの連中も当時の仲間かもしれない。
「ソイツがいたから、雨宮さんはあんなに青褪めていたんだな。悪い、ただの体調不良と勘違いして……」
「は、晴間くんはなんにも悪くないよ! 私がまだあの頃のまま、変われていないせいで……!」
「トラウマが目の前に現れたら、誰だって怯える。雨宮さんが変われていないなんて、絶対にない!」
強く断言する。
雨宮さんは俺に『変わりたい』と宣言したあの日から、自分を奮い立たせて頑張って来たんだ。
俺のカノジョは優しくて強い。
そして世界で一番可愛い。
「やっと取り戻した自信を失わないでくれ。俺はどんな雨宮さんも大好きだから!」
「晴間くん……」
恥もかなぐり捨てて好きとか言っちゃえば、雨宮さんは伏し目がちに「私も……」と答えようとしてくれる。
そんな超絶いいところで、割り入ったのは甲高い少女の声。
「離してよっ! ハナは帰るんだってば!」
……無視しようにも、切羽詰まった響きは無視しがたい。
なにより知っている相手だ。そういえばコイツもいたんだったな。
そうっと声のした方を振り向けば、キッズ島の注意事項などが記された立て看板の前に、ツーサイドアップを荒ぶらせた虹色がいた。黒フリルのビキニ姿のままで、昼から変わらずハート型のクセ強サングラスを掛けている。
そして、そんな虹色に絡んでいるのは……。
「なあ、ひとりなんだろう? 暇ならいいじゃん? モデルみたいにスタイル抜群だよね、俺たちと遊ぼうって!」
「あれ、あの子に似てない? 地雷系の」
「似てる似てる~! サングラス外してみてよ!」
茶髪の男を筆頭に、ピアスやタトゥーが派手な男が三人。ギラギラしたメイクの女が二人。フードコートで騒いでいた集団だ。
そして茶髪の男は、もはや俺の宿敵でもあるカス野郎。
ソイツは嫌がる虹色からサングラスを無理やり外し、「おおっ!」と囃し立てる。
「マジで地雷系モデルの子じゃん! 名前なんだっけ?」
「か、返して! 返してよ!」
サングラスを取り返そうとする半泣きの虹色を、囲んでゲラゲラ笑う連中。
胸糞の悪い光景だ。
もう我慢の限界だった。





