おいでよ! 南の海!
コミカライズ2巻発売しました。
小説3巻は11/9発売です。よろしくお願いします。
王太子とは王位継承の第一順位の者のこと。
つまり、目の前のこの金髪の巻き毛の男性は、ゆくゆくはこの国のトップに立つ人。次期王様ということだ。
たしかにきらきら感がすごい。
さらに金髪と王太子という言葉で、過去の記憶が呼び起こされて――
「そういえば、すごく前に雫ちゃんと一緒にいたのを見たことがあるような気が……」
私が王宮の隅の隅でひっそり暮らしていたころ。
裏庭に行ったときに、雫ちゃんを見かけたことがある。
声をかけることもできず、こっそりと姿をうかがうことしかできなかったけれど、雫ちゃんの周りには色とりどりの髪のイケメンがいた。
その内の一人がスラスターさんで、さらにゼズグラッドさんもいた。
で、このきらきらの金髪の人が雫ちゃんの隣に立っていた気がする。
そのときに、アッシュさんがぽろぽろと情報を零してくれて、金髪=王の血筋=王太子という公式も覚えたんだったっけ……。
「ボクのことを知ってくれていたんだネ!」
王太子はパァッと顔を輝かせ、私に向かって手を差し出した。
が、すぐにまた、ハストさんがパァンと叩き落とす。
……さすがハストさん。素早いし力強い。
「……あの、結局なんの用なんですか?」
雫ちゃんが王太子から私を庇うように、体を前に出した。
口調は明らかに歓迎していない。でも、王太子は気にすることなく、ハハハッ! と笑って――
「なんの用ということもないよ! ボクたちは一緒にいることになったからネ!」
「……一緒にいる?」
雫ちゃんの不信感いっぱいの視線。
王太子は紫の目で、パチンと一つウインクをした。
「そう! ボクも君たちと旅をするのサ!」
え。
「楽しみだナ!」
え。
「南の海でたくさん遊ぼうじゃないカ!」
旅をする。海で遊ぶ。
この国と次期トップと?
「……ちょっと厳しいですね」
お断りします。
「ハハハッ! シーナ君は正直だネ!」
私の心からの本音。思わず出てしまった言葉を、王太子は爽やかに笑い飛ばした。
……うん。この高笑いの感じ。血を感じるな。さっきまで襟を取られそうになっていたアッシュさんにそっくりだな。
「よし。まずは自己紹介が必要だよネ。ボクの名前はエルジャール・レングレ・ブルア・リディアータ」
呪文か。
いつか聞いたことがある呪文か。
「ボクが君たちと一緒に行くのはちゃんとした理由があるんダ。ボクは南の海に行く必要があってネ」
「はぁ」
「というわけで、私から説明します」
これまでのやりとりの間中、レリィ君の足元に縋りついていたスラスターさんがすくっと立ち上がる。
うん。そうだね。侍っている場合じゃないね。早く説明が欲しいね。
「実は貴女と聖女様と特務隊が向かうことにしていた南の海についてですが、異変があるという情報が上がっています」
「異変、ですか?」
「はい」
スラスターさんが私の言葉に頷く。
すると、ハストさんが申し訳ありません、と目を伏せた。
「南の海は近海で獲れる魚が名物で、遠浅の海と港がある観光スポットです。ここならシーナ様の望みも叶えられ、聖女様……ミズナミ様にもいいのではないか、と」
「ああ。俺はギャブッシュと一緒に行ったことがあるが、問題とは無縁のいい土地だった。だから選んだんだけどな……」
ハストさんの言葉に続けたゼズグラッドさんも申し訳なさそうで、わりぃと呟いた。
「まあ、この二人が南に行き場所を選ぶのも無理はありません。今上がっている情報も、問題があると断言できるようなものではないので」
スラスターさんの言葉になるほど、と頷く。
つまり、南の海へ行こう! と決めたときは平和で、私と雫ちゃんとみんなで楽しく旅ができる予定だったのだろう。
だけど、スラスターさんが言うには、なにか問題があるようで――
「情報は大したものではありません。最近、海がなにかおかしいという曖昧な感覚のみの苦情、密漁者がいるという国ではなく地域で対応するレベルの陳情、それぐらいですから」
スラスターさんは淡々と説明を続ける。
が、私を見てふっと笑った。
「だが、そこに魔魚を見たという情報が入りました」
「まぎょ?」
いつもの右口端だけを上げる笑み。
その聞き慣れない単語に、え、と言葉を返してしまった。
まぎょ? まぎょとは?
「魔獣と同じようなものです。海には魔力がたまりやすい場所があり、そこを魔海と呼んでいます。魔海に入った生物は魔力を吸収し、生命の輪を離れる。それを魔魚と呼んでいます。魔獣の森と魔獣の関係性とまったく同じですね。――が、魔魚は魔獣と違い、結界がなくとも魔海から出てくることはない」
つまり地上にいれば魔獣、海にいれば魔魚ということかな?
で、魔魚は結界がなくても大丈夫ということだから、とくに心配することはなさそうだけど……。
「じゃあ魔魚を見たというのも魔海にいたよ、ということですか?」
「いいえ。それが魔海とは違う海域にいた、という情報です」
スラスターさんは笑ったまま私を見ている。
不思議ですよね? と付け加えて。
そんなスラスターさんの言葉に、雫ちゃんがぎゅっと私の手を握った。
「それって……」
雫ちゃんはすべては言わない。
でも、きっと頭に浮かんだのは同じ考えだと思う。
そう、それはきっと、ここにいるみんなも。
つまり――
「――私の食欲が暴走してる」
――魚、食べたい。
ごくり、と喉を鳴らす。
すると、きらきらの金色の髪が震えて――
「……っ! ハハッ! ハハハッ!!」
……うーん。笑ってるね。
お腹を抱えて笑うってこういうことなんだね。王太子なのにこんなに爆笑していいのかな……。
「あー、本当におかしい! お腹痛くなっちゃうヨ!」
体をくの字にして笑ってる王太子を引いた目でみつめる。
すると、レリィ君が腕に絡めていた手にきゅっと力を入れた。
「シーナさん、そんなに心配するような話じゃないと思うんだ。僕は兄さんが旅についてこようとしてるだけなんじゃないかなって……」
「たしかに」
ありえる。すごくありえる。
王宮から離れるレリィ君についていきたい。でも、ただついていくことはできない。スラスターさんはこんな人だけど、次期宰相だし。
そんな人が王宮から離れるには、なにか大きな理由がいる。
前回、北の騎士団へは聖女である雫ちゃんの付き添いとして、レリィ君についてきた。
そして今回は――
「南の海の異変、もし魔魚がこれまでの世界の理から外れはじめたのなら、国としては早急に知っておく必要がある」
これまで笑っていた王太子が笑顔を引っ込め、姿勢を正して私を見る。
きらきらと輝く金色の巻き毛。長めの前髪から覗く紫色の目はすごく深い色。
ただ笑みを消して、正面に立っただけなのに、今までの軽い雰囲気ではなく、こちらのすべてを見透かせそうで……。
「この国は魔獣と魔魚の脅威から逃れられない。ボク自身が見るべきだろう」
――王太子自らが南の海へ視察へ行く。
スラスターさんは、その付き添いとして、私たちについてくるつもりなんだろう。
王太子の毅然とした姿に一瞬息を飲む。
でも、雫ちゃんは飲まれることなく……。
相変わらずの不信の目で王太子に告げた。
「……それなら、ちゃんと護衛をつけて、椎奈さんとは関係なく行けばいいんじゃないでしょうか」
本当だね。
「そうだよね! 僕もそう思う!」
雫ちゃんのまっとうな意見に、レリィ君も賛成! と声を上げる。
なんなら、ハストさんも深く頷いているし、ゼズグラッドさんも王太子を睨みながら、そうしろ、と言っている。
が、そんな意見に王太子は姿勢を崩すと、いやだネ! と舌を出した。
「堅苦しいヤツらと行ってもなんにも楽しくないだろう! ボクは絶対にシーナ君と行くヨ! 出会ってすぐにこんなに笑えたんだから、もっと知れば、もっと楽しいはずダ! 一緒についていけば、シーナ君についてもっと知ることができるし、南の海についても知ることができる。一緒に旅をすれば、すべてうまくいく!」
だから、絶対一緒に行く! と王太子は高らかに宣言した。
えぇ……いや……えぇ……。
「まあ、このバカは王宮に飽きていたので」
「そうだネ!」
ハハハッ!と笑う王太子。バカって言われても、すごい笑ってる。
スラスターさんも普通にバカって言った。
そうだよね。スラスターさんはレリィ君について行きたいだけだろうからね。そのために王太子になんか言って、こんな風に差し向けたんだろうしね。
「大丈夫! ボクだって王太子がついていけば迷惑だってわかってるからネ! 今回は王太子ではなく、ボク自身が行くだけサ! だから、気軽にエルジャって呼んで欲しい」
まさかのお忍び宣言。
差し出される手。秒で叩き落される手。
「来るな」
「いやだネ! ボクは絶対に行く! 自分たちばかり楽しいことをして! ボクはずっと王宮で努力してたんダ!」
「王太子だからだろ」
王太子の言葉にゼズグラッドさんの鋭いツッコミが入る。
だけど、王太子――エルジャさんはめげない。
「ボクだって、シーナ君の作った料理を食べたい!」
そうか……。王太子だし『台所召喚』のことは聞いているんだろう。
それなら――
「……一品作ったら、王宮に留まりますか?」
作らないとは言わない。
作るから、王宮に留まろう……。
「留まらない! 海までは絶対についていくヨ!」
あまりにはっきりと言うから、ああ、これはもうどうしようもないのでは……と諦めが出てくる。
すると、雫ちゃんがそっと耳打ちしてくれて――
「この人と話したことあるんですけど、まったく人の話は聞かないです」
「……そっか」
「王太子だからネ!」
「そっか……」
うん。
「……よし。じゃあ、一緒に行きましょう」
当初の予定とはちょっと変わってしまったけれど――
「みんながいればなんとかなりますよね」
――きっと楽しくなる。
小説の3巻はについて詳しくは活動報告にて。
第三部もがんばります!






