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温泉は一日にして

 目から消えるハイライト。

 カルボナーラはおいしい。

 おいしいのに、左腕から感じる視線が私のやわらかいところをすりおろしていく……。


 そうして、光の消えた目で食べ終わると、私以外のみんなは体がきらきらと輝いていた。

 今日も絶好調にスキルの力を発揮しているようだ。

 そして、いつも通り、消えるお皿(食器洗い不用)。神……。


「シャーシャー?」


 そっと手を合わせていると、ギャブッシュが近寄ってきて、ぺろんと私の頬を舐めた。

 泣きながら食べ、泣きながら体が輝くという不思議な状態になっていたゼズグラッドさんは涙を乱暴に拭うと、丸太から立ち上がり、ギャブッシュの隣へと立った。


「ギャブッシュはまだ伝えたいことがあるようだ」

「あ、さっきみたいに教えてくれるってことですか?」


 ゼズグラッドさんは、ああ、と頷く。


「聞け」


 そして、またギャブッシュの言葉を通訳してくれた。


『オレが一緒に温めようって言ったのを覚えているかい?』

「うん」


 それは朝一の出来事。

 いつもより甘えん坊だなって思って、ギャブッシュがなにかを言おうとしていたのがわかった。

 でも、その時はゼズグラッドさんはギャブッシュの言葉を通訳してくれたわけではないから、一部分しかわからなかったのだ。

 『オレと一緒に温めてくれるか?』

 それがギャブッシュの言葉だとはわかったけど、それ以外のことはゼズグラッドさんの補足で、要はゼズグラッドさんの考えだったのだろう。

 ゼズグラッドさんとギャブッシュは言葉もわかるし、意思疎通もできる。

 でも、それは人間同士と一緒で、誤解や間違いも起こる。

 きっとゼズグラッドさんもギャブッシュの思い、すべてがわかるわけじゃなくて――


『あれは卵のことじゃない』


 そう。ギャブッシュが温めようと言ったのは卵じゃなかった。

 だって、ギャブッシュは私が卵を産めない(胎生)だということははじめからわかってたと言ってた。

 じゃあ、ギャブッシュが温めようと言ったのは――


『その子だよ』


 優しくってかわいい金色の目。

 それが雫ちゃんをまっすぐに映す。


『君がとても大事にしているみたいだったから』


 その言葉に雫ちゃんはパチリと一つ瞬いた。


『温泉に入れば心が解れる。君がその子を温めたいと思ってるみたいだったから』


 ……ごめんなさいと言って泣いた雫ちゃん。

 理由を聞いても話してくれなくて……。

 だから、楽しいことから始めようって思った。つらいこと、悲しいことから始めても、雫ちゃんの心は頑なになるだけだと思ったから。

 そんな私の言葉にハストさんが温泉作りを提案してくれて、みんなが手伝ってくれた。


『さっきも言ったよね。オレは君を愛しく思う。君が笑うとうれしい』


 それをギャブッシュは全部わかってくれてた。

 その上で出た言葉が――


『――オレと一緒に温めよう』


 あ、あ、あ、あ……


「「ギャブッシュー!!!」」

『うおぉぉおお!!』


 みんなで同時に感極まる。

 抱きしめて離さない……!


「……っ……ギャブッシュ……っ」


 そんな私たちを見て、雫ちゃんも感極まったように、丸太から立ち上がった。

 よし、来い、雫ちゃん!


「……っ椎奈さん!」


 ギャブッシュに右手を回したまま、左手を雫ちゃんへと伸ばす。

 雫ちゃんは私の隣へと収まり、ぎゅうっとギャブッシュへと抱き付ついた。


「ギャブッシュせんぱぁぁあい!」

「男っす!」

「男の中の男っす!」

「鱗がすべすべっす!」

「ひんやりきもちいいっす!」


 抱き付いたみんながすりすりとギャブッシュの鱗を堪能している。

 うん。わかる。ギャブッシュのひんやり感は素晴らしい。

 でも、ギャブッシュはそれが嫌だったようで、私を抱きかかえると、しっぽをブオンと一振りした。


「来た! またしっぽきた!」

「避けろ!」

「逃げろ!」


 そして、さっきと同様にさっと身を離し、逃げていく一班のみんな。

 でも、そこにはまだ雫ちゃんもいて――


「ええっ!? ギャブッシュ、雫ちゃんも!?」


 なんとギャブッシュは雫ちゃんも転がした。

 一応、手加減はしているようで、優しくしっぽでころん、と。

 扱い的には子供の相手をするパパといった感じだから、怪我はないだろうけど、焦る。

 急いで下ろしてもらって、慌てて雫ちゃんへと駆けよれば――


「……っふ、ふふ……」

「雫ちゃん、大丈夫!?」

「はいっ……椎奈さん、私、ドラゴンに転がされちゃいました」

「……っうん、うん、そうだね」

「すごく、変ですねっ」

「そうだね、貴重な体験だね」


 私がそう言うと、雫ちゃんは地面に転がっていた体を上半身だけ起こした。

 おかしそうに笑う雫ちゃんは、あははって声を上げていて――


「はいっ」


 ――雫ちゃんが笑ってる。

 ちゃんと声を上げて。


「……良かった」

「椎奈さん?」

「ううん。なんでもない」


 ポツリと漏れた言葉に雫ちゃんがこちらを見上げる。

 でも、それにはただ笑顔だけを返した。

 雫ちゃんは少し不思議そうだったけれど、ギャブッシュへと顔を戻す。

 そこには懲りずにギャブッシュに抱き付きに行っては、しっぽを振り回されている一班のみんな。

 それを見て、こらえきれなかったようで、雫ちゃんの肩が揺れて、また、あははって声が漏れた。


 ――今までのどこか遠慮した笑顔じゃない。

 本当に嬉しそうに、きらきらと輝く笑顔。


 ……雫ちゃんはこんな風に笑う子だったんだね。

 きっと明るくて、活発で。

 みんなと冗談を言い合って笑って。

 そんな普通の日常を送ってたんだよね。

 ここに来て、ずっと。

 そんな風に笑えることもできなかったんだよね。


「いつまで遊んでいる」


 そうしていると、今まで見ているだけだったハストさんがすくっと立ち上がった。

 その言葉にギャブッシュに抱き付いていた一班のみんなの視線が一斉にハストさんに集まる。


「シーナ様と聖女様を見ろ」


 続けた言葉にみんなの視線は私と雫ちゃんへと移って――


「あ、土で汚れちゃってるっすね……」

「ギャブッシュせんぱいが土埃をあげるから……」


 その言葉に雫ちゃんと顔を合わせてお互いを見る。

 ……うん。たしかに土汚れがあるね。


「ギャブッシュの話を聞いたな。ギャブッシュは源泉を探し出し、浴槽を作った。では私たちにできることは」

「材木を調達する!」

「脱衣所を作る!」

「目隠しを作る!」

「洗い場を作る!」

「砦からここまでの道を整備する!」

「そうだ。わかってるな」

『うっす!』

「今日中に作る」

『おー!!』

『お・ん・せ・ん! お・ん・せ・ん!』


 沸き起こる温泉コール。

 いやしかし、落ち着いて欲しい。

 温泉とは1日でできるものだろうか。

 もしかしたら温泉さえ湧けば、浸かることは可能かもしれないが、ハストさんが言ってるのは、あくまで脱衣場や目隠しつきなやつだよね。入浴施設だよね。


「シーナ様の料理には疲労回復や体力強化の力がある。お前たちはそれをいただいたな。それを最大限に発揮しろ」

『おー!』

『お・ん・せ・ん! お・ん・せ・ん!』


 沸き起こる温泉コール、その2。

 いやしかし、落ち着いて欲しい。

 私のごはんにはそういう効果があるが、だからと言って入浴施設が一日で――


 ――一日で。


「できたね」


 私は目の前に広がる、離れ宿の露天風呂。これはもう旅館ですね。を見ながらふっと笑った。


 しっているか おんせんは いちにちして なる

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