表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/138

シロクマ鍋焼きうどん

 そんな私の言葉を聞いて、しずくちゃんは、ぎゅうっと手を握り返してくれた。

 でも、顔は俯いたまま。

 だから、表情は見えなくて――

 私はそんなしずくちゃんの手を握り直し、手を繋いだまま移動できるようにした。


「ハストさん、あの……」

「どうぞ、シーナ様の心のままに」


 握っているからわかる。


 しずくちゃんの手がすごく冷たいこと。

 それがずっと震えていること。


 その緊張を、少しでもほぐしてあげたい。

 だから、座ってゆっくりとできるところにいきたくてハストさんを見上げれば、大丈夫だと頷いてくれた。

 なので、特務隊の方には申し訳ないが、このまましずくちゃんを連れていく。


「スラスターさん、あとをお願いします」


 スラスターさんの権力なら、きっとなんとかしてくれるだろう。

 そう思ってお願いすれば、スラスターさんはふんっと鼻で笑った。

 すると、次の瞬間、レリィ君にゲシッと蹴られて――


「返事は?」

「はい、かしこまりました、仰せのままに」


 うん。兄弟愛兄弟愛。


「しずくちゃん、疲れてるだろうから、座ってゆっくりできるところに行こう」

「……はい」


 すべての出来事は弟力で解決できるので、そちらは任せて、しずくちゃんに声をかける。

 私の言葉に、しずくちゃんは小さく頷いて、答えてくれた。


「場所は私の部屋でいいかな……。大丈夫、こわくないから」


 できるだけ優しい声を心掛けながら、しずくちゃんの手を握って、ゆっくりと歩き出す。

 後ろから特務隊長の声がしたけど、スラスターさんがなにか言葉を返したようだった。

 なので、気にせず、しずくちゃんを連れて、木造の宿舎へと歩いていく。

 そんな私たちに、ハストさんとレリィ君、ゼズグラッドさんもついてきてくれていた。


「今日はいい天気だね」

「……はい」

「風も気持ちいいね」

「……はい」


 歩いている間、なんてことない会話をゆっくりと続ける。

 無言や沈黙も多いけど、それは構わない。

 ただ、しずくちゃんが不安にならないように、声をかけているだけだから。


 こうして初めて会ったしずくちゃんだけど、いろいろと悩んでいたということがわかる。

 だから、まず大事なのは、しずくちゃんの心を落ち着かせることだろう。

 しずくちゃんの不安を聞きたいが、しずくちゃんから話を聞くためには、まずはそれなりの関係性を作らなければならない。


 ――不安を全部受け止める覚悟はした。


 [イサライ・シーナ(かくごのすがた)]である。

 フォルムがチェンジである。

 角が生えていれば、色が変わっていたはずである。


 そして、そんな私にできることは――



***



『台所召喚!』


 唱えて、いらっしゃいませ。そう、ここはいつもの台所。


「……ほかに思いつかなかった」


 私が台所にいる間、、しずくちゃんには、ハストさん、レリィ君、ゼズグラッドさんと一緒に私の部屋で待ってもらっている。

 一人で不安かもしれないが、ゼズグラッドさんのことは知っているだろうし、レリィ君は緊張感を与えるタイプではないから、大丈夫だろう。

 私がずっとそばにいて、話をするだけでも良かったかもしれない。

 でも、しずくちゃんの緊張をほぐすには、ごはんを食べてもらうことがいいと思ったから。


「私が一人だったとき、ベーコンエッグを食べて元気になったもんね……」


 そう。異世界に召喚されて、王宮の端の端にぽいっと入れられて。

 帰れないって言われて、どうしようもなくて。


 ――そんなとき、あったかいごはんを食べた。


 とろっとした黄身と香ばしく焼かれたベーコン。

 あつあつのベーコンエッグが私を笑顔にしてくれた。

 そして、それが、私とハストさんを繋いでくれて――


 ――ごはんには人と人を繋ぐ力がある。


 それを信じて。


「よし! 作る!」


 私にできることは、心を込めて、ごはんを作ること。

 しずくちゃんは王宮で豪華な料理がずっと出されていたはずだけど、日本で食べていたようなものはなかったはずだ。


「まず、食材は……」


 液晶を見て、交換する食材を選んでいく。


「油揚げ、かまぼこ、白ネギ、白菜、にんじん、大根、塩昆布」


 ザ・日本。

 そんな食材を選び、そして最後に――


「――うどん!」


 日本ならどこにでもある馴染み深いそれ。

 しずくちゃんも絶対に食べたことがある。

 今回は冷凍うどん!


「あとは、めんつゆと……」


 ちゃんとダシを取ったほうがいいかもしれないが、今回はみんなが一度は食べたことがある味がいいだろうと思ったので、めんつゆを使うことにした。


「ザルと野菜の抜き型かな」


 食材だけでなく、調理器具も。

 今回はこの二つが大事なのだ。


「交換、と」


 たくさんのものを交換したけれど、ポイントのことはあまり気にしていない。

 北の騎士団に来てから、厨房でごはんを作ることも多くなったため、経験値がどんどんたまっているのだ。

 スキルを使ったほうが効率はいいが、一度に三十人分ほど作ると、やはりよくたまる。


 そうして、液晶を操作すると、いつも通りに調理台が輝き、交換したものが現れた。


「まずは野菜」


 調理台へと向かい、乗っていた食材を避けながら、大きなまな板を置く。

 そして、聖剣……じゃない、包丁を手に持った。

 食材を必要な分量にしていくためだ。

 これから使う分だけ確保して、残りは冷蔵庫に。

 そして、食材を切っていった。


 油揚げは短冊切り。かまぼことにんじんは輪切り。

 白ネギは斜め切りにして、白菜はそぎ切り。

 まな板の上で野菜が姿を変えていく。


「で、にんじんは花の形にして……」


 さっき交換した野菜の抜き型は花型だったのだ。

 それを輪切りのにんじんの上からぎゅっと押さえて、上から体重をかける。

 にんじんは最初に体重をかけると抵抗があるが、真ん中あたりを越えると、一気にストンと下まで抜けていった。


 ぎゅっストン。

 ぎゅっストン。


 それを何度か繰り返して、花の形のにんじんを作る。

 そして、それが終わると、調理台が光って――


「……一人用土鍋!!」


 そう。現れたのは土鍋。それも一人用。

 ぽってりとした形とやわらかな灰色の釉薬がとてもかわいい。


「さすが……ありがとう……」


 調理台はぎゅうぎゅうだから、撫でるところがないので、調理台下の開き戸をすりすりと撫でる。

 もう……台所には私の気持ちなんて、お見通しだよね……。


「好き……」


 すりすり、なでなで。

 いつまでも続けていたいけど、しずくちゃんを待たせているのだ。急がなくては。


「土鍋は新品なら下処理が必要だけど、たぶん大丈夫だよね」


 きっと。スパダリなら。

 新品の土鍋は米の研ぎ汁を沸かしたり、少し時間を置いたりしなくちゃいけないけど、その辺りはすでに終わってそう。

 なので、土鍋をコンロに置くと、そこにめんつゆと水を足していった。

 めんつゆは三倍濃縮のもので、めんつゆ:水は1:7。

 それを菜箸で混ぜた後、白菜の芯、白ネギ、花の形のにんじんを入れる。

 そして、コンロに火をつけて、沸くのを待つ。


「よし、次の作業」


 調理台に残っているのは、半分になった大根。

 それを持ち、まずは皮を剥いていく。

 そして、ボウルの上にザルを置き、最後に包丁をおろし金に持ち替えて――


「大根おろし!」


 大根を動かせば、ショリショリショリと音を鳴らしながら、すりおろされていく。

 今回はかなり多めの大根おろしが必要なので、手早く、でもケガには気を付けて。

 大根は水分が多いため、力を入れなくても、どんどん出来ていく。

 そうして、切り分けた半分の大根をすべてすりおろせば、ザルには水分たっぷりの大根おろし。

 その状態もとてもおいしそうだけど、ザルを上げ、その水分をぎゅうっとしぼっていく。

 てのひらで押せば、ザルからボウルに向かって、水分が出ていった。


「あ、沸いた」


 そうこうしているうちに、土鍋にいれていた、うどんつゆが沸騰している。

 なので、しぼった大根おろしが入ったザルはボウルに。そして、土鍋に冷凍うどんを凍ったまま入れた。

 冷凍うどんを入れたため、うどんつゆの温度が下がり、ふつふつと沸いていたのが落ち着く。

 そこに白菜の葉と油揚げを投入して、もう一煮立ち!


「うーん……いい香り……」


 一度、沸いたうどんつゆは、土鍋の鍋肌で焼かれ、チリチリと音を鳴らす。

 そこから、香ばしい匂いが上がり、鼻腔をくすぐっていった。

 鍋焼きうどんはこの香りも重要だよね……。


「じゃあ、最後の仕上げ!」


 今回はただの鍋焼きうどんではない。

 ここからが大事なポイントなのだ。

 気合を入れて、水分を切った大根おろしの半分を手で持ち上げる。

 そして、形を丸く整えて――


「まずは体……で、前足を作って……、うん、よし」


 呟きながら、丸くなった大根おろしの塊の形を変えていった。


「……雪だるま作るのにちょっと似てるな」


 うん。白いふわふわを集めて、何かを集める作業が、雪だるまを作ったり、雪うさぎを作ったりするのと同じ気がする。雪と違って冷たくないけど

 作業としては、粘土細工とかにも似ている。


 ただの丸だった大根おろしは、前足が二本、ひょこっと前に出ている体へと変わった。

 それをまな板に置き、ザルに残っていた残りの大根おろしを手に取った。


「あとは、頭……、耳はまんまるで……鼻をつけるために、ここはちょっと前に出して……」


 さっきと同じように、まずは丸くして。

 そこから、耳を出したり、鼻を前に出してみたりする。


「……立体造形って難しい」


 平面じゃないから、いろいろと角度を変えて、どこから見てもいいように整えていく。

 そして、できあがった頭の部分を、まな板に置いていた胴体に乗せ、繋ぎ目を箸の先で優しくなでながら、くっつけていく。

 指だけでは難しい細かいところも、箸を使えば、なだらかに整えられた。


「うん、上手にできたかも」


 水分を切った大根おろしはしっかりとくっつき、安定性もある。

 今はただの白い造形だけど、これに顔の表情などをつければ、かわいくなるだろう。


「あとは細かい作業」


 気合を入れて、交換して置いた塩昆布を袋から少しだけ取り出す。

 顔などはこの塩昆布で作っていくのだ。

 

 まず、塩昆布を包丁でちょうどいいサイズに切る。

 それを前足の指の模様や、目、鼻、口などにしていった。

 最後に、花型で抜いたあとのにんじんもおろし金でする。

 そして、それを耳の模様や、ほっぺの赤みに使えば――


「シロクマの大根おろし!」


 会心の出来に、思わず、にんまりと笑ってしまう。

 ごはんをこういう風に飾るのを嫌いな人もいるだろうが、今回は女子高生のしずくちゃん、ということでかわいさを求めてみた。


 ――冷たい手。小さく震えた手をあたためたいと思うから。


 そうして、私がシロクマを作っている間に、土鍋も沸き、冷凍うどんもほぐれて、野菜にもしっかり火が通っていた。

 あとは盛り付けだが、シロクマが沈まないように、うどんや具材を配置し、中央の土台を作る。

 そして、かまぼこを乗せた後、真ん中に上半身と前足二本のシロクマを乗せれば、まるで、シロクマがお風呂に入っているようで――


 ――シロクマ鍋焼きうどん。


「『できあがり!』」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新作】魔物をペット化する能力が目覚めたので、騎士団でスローライフします

【11/10】カドカワBOOKS様より小説4巻発売
【書き下ろし】事なかれ令嬢のおいしい契約事情【コミカライズ無料配信中】
台所召喚    事なかれ令嬢のおいしい契約事情

B's-LOG COMICS様よりコミック全2巻発売中
台所召喚コミックス2巻
― 新着の感想 ―
[一言] こんな時にまでシュバって料理で評価アゲ狙いしなくても。 料理をしている間、知らない男の中にしずくさんを放置しているわけで。走って逃げてくるぐらいメンタル緊急度が高いと思われるので、すぐできる…
[一言] 拉致するだけで威張るのが流行ってるみたいだし、テンプレだか王道だか知らんがそればっかりでつまらないよね(笑)
2021/03/15 20:18 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ