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ラグーソースのパングラタン

 ふふんラッシュ……まーくん……ゼズグラッドさんにすべてを遮られていると、同じように鉄板を持ったハストさんがやってくる。

 ハストさんの持つ二枚の鉄板の上にはパンが五つずつと、大きな耐熱容器が一つずつ。

 耐熱容器には、お願いした通り、パンの器に入りきらなかったパンや蓋の部分のパンが切られて入っていて、無駄にしないスタイルだ。

 耐熱容器の重さがあるから、ゼズグラッドさんの鉄板よりも重いはずだが、ハストさんも片手で一枚ずつ持っていても、危なっかしさなどはなかった。

 そうして、ハストさんの持ってきてくれたパンにもホワイトソースを入れていると、チーズをかけ終わったらしい、ゼズグラッドさんとレリィ君が一緒にこちらへとやってきた。


「シーナさん、チーズはこれぐらいでいいかな?」

「うん、ちょうどいいよ。ありがとう」


 どうやら、チーズの量が問題ないか聞きにきてくれたらしい。

 ホワイトソースの上にはしっかりとチーズがかけてあって、ばっちりだ。

 だから、それを伝えると、レリィ君は嬉しそうに頬を緩める。

 その、淡く染まった頬に白いものがついていて――


「あ、レリィ君、ちょっとそのまま」


 どうやら、作業中に頬にホワイトソースがついてしまったようだ。

 私はポケットからハンカチを取り出すと、レリィ君の左頬に手を添えて、右手で頬のホワイトソースを拭う。

 レリィ君はそんな私を輝く若葉色の目でじっと見上げた後、うっとりと笑った。


「僕、シーナさんので、汚れちゃったんだ……」


 はい、語弊。

 私の(作ったホワイトソース)で、(頬が)汚れたってことだよね。うん。


 うっとりとしたレリィ君から逃れるように、そのマシュマロ触感の頬から手を離し、ハンカチも素早く畳んで、ポケットにしまう。

 大丈夫。なにもなかった。

 目からハイライトが消えたし、心のやわらかいところは削られたが、なにもなかった。

 なので、そっと微笑むと、厨房にがやがやとした集団が現れて――


「副団長! スープと肉料理作りにきました!」

「今日はおかずを担当してもらって、本当にありっした!」


 どうやら、今日の料理係の団員がやってきたらしい。

 現れた五人はまずはハストさんに報告をすると、ごはんを作っていた私たちにしっかりと礼をした。

 そして、興味深そうに私の手元や、ハストさんが持っていた鉄板に並んだパンを見る。


「うわぁ、なんすか、これ!」

「パンの中にシチューが入ってる!」

「なんかすげえ」

「やばいな」

「これなに味なんです?」


 五人はおおー!と感嘆の声を漏らすと、ハストさんにわいわいと話しかけている。

 ハストさんはそんな五人を見ると、スッと視線で私を示した。


「今回の料理を教えくださったのはシーナ様だ。詳しくはシーナ様から」


 そんなハストさんの言葉に、団員五名はバッとこちらを見る。

 一斉に私に向いた目は興味深そうに、きらきらとしていて、ごはんを前にしたハストさんの目にそっくりだ。

 だから、私の目にもハイライトが戻り、作ったものを説明できた。


「これはグラタンという料理です」

『ぐらたん』

「油脂で炒めた小麦粉に牛乳を入れたソースを具材と一緒に器に入れて焼くんです。今日はパンをまるごと使っているので、パングラタンですね」

『ぱんぐらたん』

「……っ、ちょっと待ってくださいね」


 どことなく擦れた様子がある男の人たちが、全員で声を揃えて、繰り返すのがおもしろくて、ついつい頬が緩む。

 しかも、目のきらきらが増していくのを見て、こらえきれなくなって、声も出してしまった。

 すると、なぜか団員五名はじーっと私の顔を見つめて――


「かわいい……」

「あー女……」

「これはいくべきでは?」

「まずは自己紹介か?」

「うしっ! 俺は第一斑の班長で――」


 そう口々に言うと、五人のうち、栗毛色の髪の人が私に向かって一歩足を踏み出す。

 すると、私の隣からあの懐かしい冷気! 吹雪!


「……お前らはなにをしにきた?」


 おぉ……寒い。久しぶり、久しぶりの北極!


「いえ、あ、そっすね、料理番?」


 そんな冷気を一番浴びた、栗毛色の髪の人はハストさんと距離を取るため、じりじりと下がっていく。

 それに合わせて、周りの人も私から離れていった。


「ねぇ? お兄さんたち、僕の前で階級と名前を言うってことはさ……」


 そんな離れていく団員たちを追撃するように、レリィ君がふわりと微笑む。

 けれど、その目は瞬く間に暗さを増し――


「処罰希望?」


 やだ、なにこれ、こわい。

 北極withゴミを見る目。


「っよし!スープ作るぞ!」

「スープだな!」

「いつものスープ!」

「じゃがいもとにんじんのスープな!」

「スープ!」


 そんなコラボレーションを前にして、団員五人はスープスープと言いながら、寒冷地帯から距離をとっていった。

 何人か倒れても、おかしくない冷気だけど、彼らは寒そうにしているが、倒れたりはしない。

 きっと、ハストさんの吹雪を何度も浴びたことがあるのだろう。

 王宮のK Biheiブラザーズよりは慣れている感じがある。

 ……まあ、顔色は青いけど。

 そうして、スープを作り始めたらしい団員たち。

 離れた彼らを確認すると、ゼズグラッドさんは鉄板をオーブン前の作業机へと持っていき、レリィ君はチーズの場所へと戻った。

 私も作業を再開させ、パンにホワイトソースをかけていく。

 気温も戻り、安心していたけれど、どうやら、団員五人はハストさんに報告することがあったようで――


「ふ、副団長!」


 栗色の髪の人が声を裏返らせながらも、ハストさんに声をかけた。

 その声にハストさんが水色の目を向ける。

 栗色の髪の人は、それに促されるように言葉を続けた。


「さっき、村のおばちゃんに差し入れをもらってます!」

「差し入れ?」

「はい、これなんすが……」


 そう言って、栗色の髪の男の人が見せてきたのは瓶詰。

 その中には茶色のものが入っていた。


「ああ、ひき肉のソースか」

「はい。どうやら羊で作ったみたいなんすが、俺達にって。みんなで食べてくれって言われたんすが、量が少なくて……」

「数は?」

「三つです。芋にでもかけようかと言ってたんすが、全員分にならないんすよね」


 栗色の髪の人の言葉にハストさんは、そうか、と頷く。

 瓶詰の大きさは私の握りこぶしぐらいの大きさで、たしかにそれが三つでは、男ばかり三十人以上の口に入る量にはならないだろう。

 なので、持て余している、と。


「どうしましょう?」


 栗色の髪の人がハストさんの指示を仰ぐ。

 きっと、ハストさんならいい解決策を出すんだと思う。

 これは瓶詰になっているから、日持ちもするし、今すぐに結論を出さなければいけないものでもない。

 でも、私にはその瓶詰がすごく輝いていて――


「あの、そのソースってどんな味ですか?」


 だから、思わず、二人の会話に口を挟んでしまう。

 ハストさんはそんな私に優しい水色の目を向けてくれた。


「これはひき肉と細かく切った野菜を煮込んで作られたソースです。味は……そうですね。たまねぎの甘みとひき肉のうま味、それにスパイスが効いています」

「辛い感じですか?」

「いえ。どちらかというと甘めのソースだと思います」


 私の質問に、ハストさんは詳しく、真摯に返してくれる。

 それを聞いて、そのソースがより輝いた。


「少しだけ、食べてみてもいいですか?」

「あ、そりゃ、もちろん、いいですが」

「では、少しお待ちください」


 栗色の髪の人を見れば、困惑したように頷く。

 ハストさんは手に持っていた鉄板を、一度、レリィ君のところへと置いた。

 そして、小さな銀色のスプーンを私へと差し出してくれる。

 そんな私とハストさんのやりとりを見て、栗色の髪の人は瓶詰を開けた。

 私はそこに、そっとスプーンを入れ、口に運べば――


「……おいしい」


 粗く挽かれた羊肉はしっかりと効いたスパイスのおかげで、臭みはない。

 たまねぎ、セロリ、にんじん、トマトなどと一緒に煮込まれたそれは、まずはよく炒められているようで、香ばしさとともにうま味がきた。

 日本なら、牛肉や豚肉を使い、パスタによく使われるミートソースと呼ぶんだろう。

 でも、ここは日本ではないから、肉と野菜を煮込んだソースという意味のラグーソースと呼ぶのがいいかな。


「これ、グラタンの仕上げに使わせてもらってもいいですか?」

「いや、でも、三つしかないから、このグラタン全部に乗せれないんじゃないすか?」

「はい、しっかりと味をつけようと思えば、足りないと思います。でも、少しだけ、スプーン二杯ずつぐらいなら使えるかな、と」

「そりゃ足りると思いますが……」


 そんな私の説明に、栗色の髪の人はより困惑した顔で私を見返している。

 『意味あるのか?』と、ありありと伝わってきた。


「このベーコンとたまねぎのパングラタンなんですけど、もちろんこれだけでおいしいです。でも、このソースがアクセントにあれば、味が変わって、ずっと食べていられると思って」


 一つのメニューでも、その食べる場所、時間、食べ方によっていろんな味になる。


 ――次はどこを食べようか、どうやって食べようか。


 そうやって考えるのも、食事が楽しくなる一つだと思うから……。


「ぱんぐらたんにソースがアクセント? 味が変わる?」


 私の答えに栗色の髪の人は、まったくわからない、と首を傾げて、『?』をたくさん飛ばしている。

 すると、そんな栗色の髪の人の肩にポンと手を置いた。


「シーナ様の料理には、驚きと楽しみが詰まってるからな」

「驚きと楽しみ?」

「食べればわかる」


 ハストさんはそう言うと、栗色の髪の人に瓶詰を全部持ってくるように言い、スープ作りへと戻した。

 どうやら、栗色の髪の人はこの話を団員に伝えたようで、五人とも私を不思議そうに見る。

 きっと、食事に驚きと楽しみと言われても、だれもピンとこなかったのだろう。


「ハストさん、ちょっと私、ドキドキしてきました」


 そう。ハストさんが『驚きと楽しみが詰まってる』、『食べればわかる』なんてハードルを上げるから。

 さっきのハストさんの言葉を嘘にはしたくないから。


 ――ごはんを食べたとき。

 ――みんなの顔がぱぁっと明るく輝くところを見たいから。


「シーナ様の料理なら無敵です」


 胸を押さえる私に、ハストさんの水色の目はやわらかく細まっていて……。

 だから、よし、と気合を入れ直して、最後の仕上げをしていった。


 パンにホワイトソースをかけて。

 その上からチーズ。

 そして、最後の仕上げにラグーソースをパンの真ん中にちょこんと置いた。

 あとは、温めたオーブンでチーズに焼き目がついて、パンの器がカリッとするまで焼けば――


 ――ラグーソースのパングラタン。


「できあがり!」

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