光あれ
その者、黒き闇を切り裂き、白き光を纏いて降り立たん。
どうしよう。頭の中に荘厳なパイプオルガンの音が響いている。私は今、この目に奇跡を映している……!
しっているか でとっくすすると こうりんする
さっきまであった黒いもやは空気に溶け、後にはきらきらと輝く美少年が残る。
彼は不思議そうに、デトックスウォーターの入っていたガラス瓶を見つめていた。
「体が軽い……」
水は飲みきったようで、その中には果物とハーブが残っているだけ。中に食材が入っているせいか、ガラス瓶が消えてなくなることはないようだ。
……消えなくてよかった。消えるのはどう考えてもおかしい。
ただ、このきらっきらの光も明らかにおかしくて――
「この光は……」
「……気のせいかな?」
元から発光していた美少年がさらに輝いているから、まぶしすぎる。目が潰れる。
なので、とりあえず目を閉じた。
そして、当初の予定通りに誤魔化そうと言葉を返す。
そう。降臨などしていない。この輝きは気のせい。気のせいったら気のせい!
「あなたは……もしかして聖女様ですか?」
「いえ。ただの人です」
「これは……聖水ですか?」
「いえ。ただの水です」
美少年の質問に目を閉じたまま首を振る。
目を閉じているから、もちろん、美少年の表情はわからない。けれど、なんとなく美少年はふふっと笑っているようで……。
「わかりました」
……え? 本当に?
私はなんにもわかってないけど?
あっさり納得してくれたことに驚き、目を開ける。
そこには相変わらず発光している美少年がいて、ガラス瓶を床に置いた。
そして、その両手で私の手をきゅっと握る。
その手はやわらかく、あたたかい。
いや、しかしなぜ、私は手を握られているんだろう? なんか美少年がこっちに近づいている気さえする。なぜなの。
よくわからない展開。それに気を取られていると、美少年はそっと私の膝の上に乗った。
「え」
いや、なんで。
どうして、私は美少年を膝に乗せてるの?
こわい。意味がわからない。
背中には壁。床に座り込んでいる膝の上には美少年。さらに手はきゅっと握られていて……。
……逃げ場がない!
近い! 発光した美少年がほぼゼロ距離!
驚きすぎて声も出せない。
美少年はそんな私を見て、ほんのりと頬を染め、うっとりと笑った。
「あなたは僕の元に舞い降りた神の使いで、これは神に捧げる清らかなる命の水なのですね」
いや、ちがうよ。まったくわかってないね。
さっきの『わかりました』はなんなのか。
「僕の胸の音……聞こえますか?」
「え、いや」
どうかな。聞こえないかな。なんだか今、私の手が美少年の胸元に押し付けられてる気がするけど、聞こえないな。聞こえないよ。聞こえないったら!
「あなたに出会えて……僕、おかしくなっちゃったみたいです」
そうだね。なんせ黒いもやが出て、今は光ってるしね。
とりあえず、きらっきらに輝きすぎている美少年の若葉色の目から必死で顔を背ける。
すると美少年は私の手を彼の頬へと移動させた。
「……お姉さん」
吐息混じりに呼ばれる。まずい。耳に良くない。
しかも手に触れた頬はすべっすべのふわっふわっ。非常にまずい。手に良くない。
私の中のなにかがごりごりとすりおろされている。とろろにされている。
そんな私に美少年はさらに言葉を続けた。
「僕のこと、好きにして……?」
ほんのりと染まった頬が。みずみずしい唇が。シュマロのようなやわらかな手触りがっ。全体的になんかあふれてるよくわからない空気が!
「ハストさぁああん!」
助けて! なにかが限界です!
「ぎゃ…あ…ぁあ……」
私が声を上げた途端、遠くのほうで微かに悲鳴が上がったのが聞こえた。
これは多分、K Biheiブラザーズの声。
距離的に私の声がハストさんに聞こえたとは思えないけれど、なんかしらの能力で私の声を感じ取ってくれたのだろう。うん。よくわからないけど、ハストさんには可能!
「どうなさいましたっ?」
私が呼んでから、だいたい三十秒。すごく早くハストさんが現れた。
早い。早すぎる。
でも、大丈夫。ハストさんはこれぐらいするってわかってた。だから、大丈夫じゃないのは私!
「じ、事案です!」
私がまずいです!
私が不審者です!
ハストさんは美少年を膝に乗せ、ゼロ距離になっている私を見て、ゆっくりと頷いた。
「なるほど。理解しました」
理解が早い。すごく早い。
でも、今はそれがとってもありがたい! さあ、私を署まで連行して!
「言い訳はしません。速やかに一斉配信メールで私という不審者情報を提供してください」
警備兵に瞬時に情報を提供するKアラートがあればそれも使って……!
「不審者? ……いえ、それよりも」
ハストさんは私の言葉に少しだけ不思議そうな顔をしたが、すぐに美少年へと視線を向けた。
「レリィ。イサライ様から下りろ」
「あれ? ヴォルさん?」
「床に座ったままだと、イサライ様が冷えてしまう。もっと周りの環境をよく見ろ」
「あ、そうだね。……ごめんね? お姉さん」
美少年はかわいらしく小首を傾けた後、ゆっくりと名残惜しむように私の膝から下りる。
やった……。
ようやくきらっきらのふわっふわのすべっすべのあたたかくもやわらかい、私をごりごりすりおろすなにかがなくなった……。
安心してほぅと息を吐けば、ハストさんがすっと手を差し出してくれた。
その手をとり、立ち上がれば、美少年はぎゅうと私の腕に手を巻きつける。
ああ……。
また私をすりおろすなにかが戻ってきた……。
「僕、もっとお姉さんのことが知りたい、な」
美少年は頬を染め、うっとりと笑う。
その笑顔はとてもかわいらしい。でも、なぜかな。そのきらっきらの笑顔は私の心のやわらかいところをすりおろすよね……。
「ハストさぁん……」
やっぱり私を署に……連行……して……。
助けて欲しくて呼べば、ハストさんはしっかりと頷いてくれた。
「レリィ。しっかりと前を見ろ。転んだらイサライ様にまで迷惑がかかる」
……うん。私は転ぶことは心配してなかった。
「イサライ様。一度、部屋に戻りましょう」
「わかりました……」
ハストさんの言葉に力なく頷く。
なにがどうなってこうなってるのかわからないけれど、とりあえず、部屋に戻ろう……。
なんだかハストさんはこの状況にあまり驚いていないみたいだし、さっき『理解した』と言っていたから、何か考えがあるのかもしれない。
ハストさんと美少年は名前で呼び合ってるところを見るに、知り合いのようだ。
部屋に戻れば、なにかしらうまくいくんだろう……。
美少年の輝きに、私のハイライトは消えていく。
美少年の腕を振り払う力もなく、美少年にくっつかれたまま部屋に向かって歩き出した。
「もしかして、今からお姉さんの部屋に行くの?」
「ああ」
美少年の言葉にハストさんが返す。
そして、美少年は頬を赤らめた。
「……僕、女の人の部屋に入ったことないんだ」
持病があったみたいだし、あまり外出できなかったのかもしれない。
それは決して頬を赤らめるようなことではないけれど、その後に続いた言葉に私の目から完全にハイライトが消えた。
「お姉さんが、僕のはじめての人だね」
語弊。






