第94話:初めての外海です
「見て、アリー。魚が見えるわ。それに真っ白な鳥も飛んでいる。風も気持ちいいわね」
「お嬢様、あまり船から身を乗り出さないで下さい。落ちたらどうするのですか?それにしても、急に国を出るだなんて。本当にお嬢様は…」
はぁっとため息をついているアリー。
私はグレイソン様の願いを叶えるため、国を出る事を決意したのだ。グレイソン様と話したあの日の夜、両親に自分の気持ちを伝えた。
最初は反対していた両親だったが、私の決意は固く、何とか了承してもらえたのだ。その結果私は、公爵家所有の船で、国を出る事になったのだ。
ただ…
「お嬢様、旦那様から通信が入っております」
「えっ?またなの?今日で何度目の通信なのかしら?もうお父様ったら、心配性なのだから」
国を出てまだ1日しか経っていないのに、何度も通信を入れてくるのだ。
“ルージュ、元気にしているか?船酔いをしてないか?ルージュは船に乗った事がないから、お父様は心配で…”
「お父様ったら、とても快適に過ごしておりますわ。それよりも、叔母様には連絡をして下さいましたか?」
“ああ、しておいたぞ。ルージュが行くと言ったら、大喜びをしていた。ルージュ、本当にパレッサ王国に行くのか?あそこは船で1ヶ月もかかるのだぞ”
「ええ、もちろんですわ。もしかしたらずっと、パレッサ王国で暮すことになるかもしれなませんね」
“またその様な事を!グレイソンの為とは言え、私はルージュにずっと会えないのはさすがに寂しいよ。ルージュ、やっぱり今すぐ帰って来なさい。そうだ、今からお父様が迎えに…”
「お父様、今忙しいので通信を切りますね。それではまた」
“待て、ルージュ、話しはまだ…”
お父様が何かを叫んでいる声が聞こえたが、さっさと切った。本当にお父様は!
私は今から1ヶ月かけ、お父様の妹、叔母様の嫁ぎ先でもある、パレッサ王国に向かう事になったのだ。
子供の頃、とても可愛がってくれた叔母様。そんな叔母様も、今から10年前、パレッサ王国の王太子殿下に見初められ、そのまま嫁いだのだ。そして今は、パレッサ王国の王妃殿下になっている。
いつか会いたいと思っていたが、何分非常に遠いため、中々会いに行くことが出来なかった。せっかく国を出るのなら、叔母様の居るパレッサ王国を目指すことにしたのだ。
もしかしたらもう二度と、母国でもあるアラカル王国に戻る事はないかもしれない。でも、グレイソン様が幸せならそれでいいと思っている。
ちなみにセレーナ達にも、パレッサ王国に向かう事は話してあり、一応いつでも連絡を取れるように通信機の連絡先を教えてある。
最初は驚いていたが、きちんと話をしたら快く見送ってくれた。ただ4人全員が
“どうせすぐに帰ってくることになるだろうから、目いっぱい楽しんでおいで”
そう言って見送ってくれたのだ。私はもう二度とアラカル王国の地を踏むことはないかもしれないと、覚悟を決めて出て来たのだけれど…
再びデッキに出ようとした時だった。通信機が鳴ったのだ。今度はセレーナだ。
“ルージュ、どう?初の外海は?”
“ルージュ、楽しんでいる?”
“船酔いはしてない?て、ルージュなら大丈夫か”
“いいなぁ、私も付いていけばよかったわ”
「セレーナ、マリーヌ、メアリー、ミシェル。皆元気そうね。今、目いっぱい海を楽しんでいるわ。どこを見渡しても海しかないのよ。こんな世界、初めて見たわ。それにさっき、魚も見たの。とても大きな魚だったわ」
“そう、随分楽しんでいる様ね。せっかくだから、ゆっくりしてくるといいわ。帰国したら、旅の話を沢山聞かせて。楽しみにしているわね”
「私はもう国に帰る事はないかもしれないと、話しをしたでしょう?」
“そうだったわね。最短でも2ヶ月は帰ってこないのだったわね。でも、その方がいいわ。少しは頭を冷やさせた方がいいし…こっちの事は任せておいて”
“とにかくルージュは、何も心配しなくていいからね”
“パレッサ王国を、目いっぱい楽しんできてね。と言っても、まだ1ヶ月かかるのよね”
“やっぱり私も付いていけばよかったわ。楽しそうね、船の旅”
「ありがとう、皆。それじゃあ、そろそろ通信を切るわね」
どうやら皆、元気そうでよかったわ。ただ、皆グレイソン様には触れないのね。グレイソン様、私が出て行ったことを気にしていないかしら?
未練たらしい手紙を残してきてしまったけれど、やっぱりあんな手紙、残していくべきではなかったかもしれないわね。
て、今更そんな事を考えても仕方がないか。パレッサ王国に着くころには、少しは気持ちが落ち着いているといいな…
「お嬢様、クジラです!クジラがいますわ」
「何ですって?クジラですって?今行くわ」
やっぱり国を出てよかったのかもしれない。きっと屋敷にずっと居たら、グレイソン様の事を思い、涙を流す日々だっただろう。
初めて見る大きなクジラに興奮しながら、自分の為にもこれでよかったのだと実感したのだった。




