第87話:ルージュが出て行っただと?~グレイソン視点~
屋敷に戻ると、義両親が僕を待っていた。
「グレイソン、お帰り。大事な話があるから、着替えたら居間に来て欲しい」
義両親に言われるがまま、着替えを済ませ、居間へとやって来た。そして、義両親と向かい合わせで座った。
「今日騎士団長に会って来たよ。騎士団長は何も知らなかった様で、心底驚いていた。グレイソン、君も今日騎士団長から話しがあったと思うが、貴族が平民となり、騎士団で生活するという事は、非常に大変な事の様だ。今までの仲間たちとは一緒にいられないし、もしかしたら平民の騎士団員から酷い虐めを受けるかもしれない。ただ、グレイソンがこの家にいたくない気持ちもわかっている。だから、このまま公爵家の人間として、騎士団の宿舎で生活をしたらどうだろうか?」
「でも…僕は…」
1度目の生の時、僕は大切な家族に多大な迷惑をかけ、命まで奪ったのだ。それなのに、僕が公爵家の人間でいていい訳がない。
「もちろん、公爵家を継げだなんて言わない。ただ、公爵家という後ろ盾はあった方がいいと思うのだよ」
「グレイソン、お願い。私はあなたが心配なの。もし騎士団で酷い虐めを受けたら…あなたはただでさえ、子供の頃酷い目にあって来たのですもの。またあの様な仕打ちを受けると思うと、私は…」
義母上が泣きだしてしまった。
「グレイソン、頼む。私はもう、4年前に君を引き取った時に受けた後悔と悔しさを味わいたくはない。大切な親友の子を、再び過酷な環境下に置きたくはないのだ。どうか私達を助けると思って…」
義父上までもが、泣きながら頭を下げて来たのだ。
この人たちは、どこまで優しいのだろう。僕の為にここまでやってくれているだなんて…
それなのに僕は、また彼らの気持ちを踏みにじろうとしているのか?本当にこれでいいのか?このまま義両親の気持ちを突っぱねて、2人を傷つけるつもりなのか?
「分かりました。義父上、義母上、僕の為にありがとうございます。ただ、やはり僕はこの家では生活は出来ませんので、早急に騎士団の宿舎での生活を希望します。その方が、ルージュも喜ぶでしょうし…」
ルージュは1度目の生の記憶が残っているのだ。きっと僕がこの屋敷に居座り続ければ、ルージュも嫌な思いをするだろう。ルージュの為にも、早くこの屋敷を出ていかないと。
「その件なのだが…ルージュは昨日の夜、この家を出て行ったよ。“グレイソン様が少しでも穏やかな気持ちでいられる様に”と言って」
今なんと言った?ルージュが屋敷から出て言っただと?
「出て行ったとは、一体どういうことですか?どこに行ったのですか?」
どうしてルージュが、屋敷を出ていく必要があるのだ。確かに昨日、僕はルージュの顔なんて見たくないと言った。
それに対し、ルージュは…
“私が傍にいる事で、あなた様を苦しめてしまうのなら…私は喜んであなた様の前から消えますわ”
そう言っていた。まさか本当に…
「義父上、ルージュはどこに行ったのですか?領地ですか?ルージュはこの家の娘だ。出ていく必要なんてないのです。今すぐ呼び戻してください。ここは彼女の家なのですから」
そうだ、出ていくのは僕の方で、ルージュではない。ルージュはこの家の本当の娘なのだから。
「それが、あの子がどこに行ったのか、私たちも分からなくてね。私達の反対を押し切って出て行ったから。まあ、アリーもいるし、きっと大丈夫だよ」
何を呑気な事を言っているのだ。この人は。
「義父上、彼女は公爵令嬢なのですよ。万が一何かあったらどうするのですか?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。あの子はそんなに軟じゃない。グレイソン、ルージュが決めたことだ。私達はグレイソンもルージュも同じ様に大切だと思っている。ルージュは頑固だからね。私達が何を言っても聞かないよ。それに今は、ルージュの思う様にさせてあげたい。もちろん、グレイソンにも」
「だからと言って、行先も告げずに出ていくルージュをそのままにしておくだなんて…」
いてもたってもいられず、部屋から出た。
「グレイソン、待ちなさい」
後ろで義父上の声が聞こえるが、今はそれどころではない。向った先は、ルージュの部屋だ。
「ルージュ、いるのかい?いるのなら返事をしてくれ」
必死に問いかけるが、返事はない。ゆっくり扉を開ける。いつもと変わらないルージュの部屋。でも…なんだかガランとしている。
机の上には、殿下から貰ったと聞いている時計が置かれていた。でも、僕があげたオルゴールの姿はない。
あれ?これは…
“グレイソン様へ”
と書かれた1通の手紙が置いてあった。




