第84話:あなたが望むなら私は身を引くまでです
バンと勢いよくグレイソン様の部屋のドアを開けた。
「ルージュ、勝手に人の部屋に入ってこないでくれ。今すぐ出ていくんだ」
いつもの穏やかな表情のグレイソン様とは打って変わって、怖い顔で私に詰め寄って来るグレイソン様。やはり私は、グレイソン様に嫌われているのだ。そう悟った。でも、ここまで来て引くつもりはない。
「グレイソン様、どうして急に家を出ていくとおっしゃるのですか?私におっしゃってくださったではありませんか?“僕と一緒に公爵家を支えて行って欲しい”と。あの言葉は嘘だったのですか?」
黙り込んで何も話さないグレイソン様。そんな彼の手をそっと握った。でも、次の瞬間、思いっきり振り払われてしまったのだ。
「確かにあの時の僕は、君にそんな事を言った事もあった。でも今はもう、君に対する気持ちは一切ない。それに何よりも、こんな大きな公爵家を継ぐことが、負担でしかないのだよ。僕は気心知れた仲間たちと一緒に、騎士団でずっと過ごしたい」
「本当にずっと騎士団で過ごしたいのですか?それならどうして、そんなに辛そうな顔をしていらっしゃるのですか?グレイソン様は、何に悩んでいるのですか?本当にもう、私の事を嫌いになってしまわれたのですか?」
必死にグレイソン様に訴えた。
「ああ…そうだよ。僕はもう君なんて好きじゃない。正直今はもう、顔も見たくないんだ。だからどうか、出て行って欲しい。今すぐに」
「グレイソン様は…そこまで私の事が嫌いになってしまったのですか?」
お願い、そんな酷いことを言わないで。私はあなたを愛しているのに…
「ああ…嫌いだ。顔も見たくない程に…義父上や義母上の事も、正直重荷に感じていた。だから僕は、これからは自由に生きたいのだよ。どうかもう、僕を自由にして欲しい」
切なそうに訴えるグレイソン様。
私の顔も見たくない程嫌いか…
私はそこまで彼に嫌われる様な事を、してしまったのね…
ゆっくり呼吸をして、まっすぐグレイソン様の方を向いた。
「あなた様の気持ちは分かりました。ただ、たとえグレイソン様が私の事が大嫌いでも、私はグレイソン様が大好きです。でも、私が傍にいる事で、あなた様を苦しめてしまうのなら…私は喜んであなた様の前から消えますわ。どうか…どうか笑顔を忘れずに、幸せに暮らしてください。あなた様の事を、遠くから見守っております」
最後は笑顔でお別れしたい、そんな思いで笑みを作るが、涙が溢れ出る。必死に涙をぬぐい、クルリと後ろを振り返ると彼の部屋から出ていく。もう二度と、グレイソン様の前に姿を見せるつもりはない。
そう自分に言い聞かせ、部屋から出て行った。
「ルージュ…待って…」
後ろでかすかにグレイソン様の声が聞こえた様な気がしたが、きっと気のせいだろう。
部屋から出ると、再び居間へと向かった。居間にはお父様が頭を抱え、お母様が涙を流していた。
「お2人とも、落ち着いて下さい。今グレイソン様とお話をして参りました。どうかグレイソン様の思う様にさせてあげてください、この4年、もしかしたらグレイソン様はずっと、辛い思いをしていたのかもしれません。だから、最後くらいは彼の願いを叶えてあげたいのです」
溢れる涙を止める事が出来ずに、泣きながら両親に訴えた。もしかしたらグレイソン様は、最初からこの家が嫌だったのかもしれない。
お節介な私に、ついに嫌気がさしたのかもしれない。そもそもグレイソン様は、両親を喜ばせたくて、私との結婚を望んでいたのかもしれない。私はこの家の、両親の血を引く唯一の娘。私と結婚すれば、両親の血は公爵家に残り続ける事になるから…
責任感の強いグレイソン様なら、皆の期待に応えるために、私と結婚したがっていたとも考えられる。私達はいつの間にか、グレイソン様の負担になっていたのだろう。
それなのに私は、盛大な勘違いをしていた。グレイソン様は私が好きで、私が気持ちを伝えれば喜んでくれると思っていたのだ。本当に恥ずかしい。
こんな勘違い女の私だが、やっとグレイソン様の本心が知れたのだ。それなら私が出来る事はただ1つ。彼の前から姿を消す事だけ。
「お父様、お母様、私からもお願いがあるのです。グレイソン様の為に、私が唯一出来る事。その為にも、どうしてもこのお願いを聞いていただく必要があるのです。」
グレイソン様、もう二度とあなた様の前に姿を見せる事はしません。それが私があなたに出来る、最後の愛情表現です。どうかこれからは、自由に生きて下さい。
グレイソン様の幸せを願い、私は旅立ったのだった。
次回、グレイソン視点です。
よろしくお願いしますm(__)m




